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10  婚約者の暴走 ①

 パーティーに出かけていったお兄様が帰って来たのは、屋敷を出ていってから七日後のことだった。予定よりも早くに帰って来たので何かあったのかと尋ねると、お兄様は眉根を寄せて答える。


「シエッタ様から婚約者になれって言われた」

「ええっ⁉ で、ど、どうしたの? なんて答えたの?」

「断るに決まってんだろ。ミリルをいじめてた相手だぞ」

「それなら良かった! お兄様にはもっと良い人がいるもの。あんな人と結婚なんてしてほしくないわ」


 私が胸をなでおろしていると、お兄様が尋ねてくる。


「ノンクード様から連絡はあったか?」

「ノンクード様から? 特にないわ。今はフラル王国に行っているはずだけど、もしかして、ノンクード様もパーティーに出席していたの?」


 フラル王国へ行くとは聞いていたけれど、どこへ何をしに行くのか聞いても、言葉を濁されるだけで教えてもらえなかった。

 パーティーに出席すると言いたくなかったのかしら。でも、それって怪しいわよね。


「ああ。公爵夫人と出席していた」

「公爵夫人なら別にかまわないじゃない。それなのに、どうしてそんなに不機嫌そうなの? もしかして、多くの女性に声をかけたりしていたの?」

「……あぁ、まあ、その辺の話は本人から聞いてくれ。別にミリルは彼のことは好きじゃないんだろ?」

「好きではないわ。……って、もしかして、婚約の解消をしてくれそうな何かがあったの?」

「だから、それは本人に聞いてくれ」


 お兄様は面倒くさそうに答えたあと、遅れて迎えに出てきたお母様に尋ねる。


「父さんはいますか?」

「執務室にいるけれど、どうかしたの?」

「ここではちょっと……。執務室で詳しく話します」


 お母様が心配そうな顔でお兄様を見ているので、苦笑して小声で話しかける。


「シエッタ様から婚約者になれと言われたそうです」 

「シエッタ様から⁉ ど、どういうことなの⁉」


 お母様が焦って叫んだ時には、お兄様の姿は見えなくなっていた。慌てて追いかけていくお母様を見送って部屋に戻ってしばらくすると、何の先触れもなしに、ノンクード様が尋ねてきたと言われた。

 本当は家族の誰かに付いていてほしかったけれど、三人とも執務室で話し合いを始めていたから、遠慮して声をかけられないとメイドは言った。

 私が話をしに行くと言うと、メイドは怯えた表情で「旦那様から誰も中へ通すなと言われているのです」と泣きそうな顔で言われてしまった。

 かといって一人で応対するのも危険なので、侍女か兵士に一緒に入ってもらおうとすると、ノンクード様から大事な話だからと拒否されてしまい、二人で話すことになってしまった。

 メイドがお茶を淹れて出ていくと、ノンクード様は笑顔で話しかけてくる。


「急に悪かったね」

「いえ。お戻りはもう少し先だと聞いていたのですが早まったのですね」

「実は君に伝えたいことがあって、予定を早めたんだ」

「……伝えたいことですか。どのようなことでしょうか」


 お兄様からまだ詳しい話は聞けていないけれど、婚約の解消のお話よね。どんな反応をすればいいの?

 悲しむフリをしてみる? それとも怒ってみたほうが良いのかしら?


「君は僕のことが好きだろう?」

「……はい?」


 予想していなかったことを言われたので、間抜けな声で聞き返してしまった。聞き返しているのに、ノンクード様は私が『はい』と答えたと思ったらしい。


「そうだよね。好きだよね。だから、僕に婚約破棄されたくなければ、言うことを聞いてほしい」


 ノンクード様は自分が何を言っているのか理解しているのかしら。好きかどうかは別として、あとの発言はただの脅しじゃない?


「婚約破棄されたくなければ、の婚約破棄の理由は何なのでしょうか」

「僕に好きな人ができたからだよ」

「……ということは、私は別に悪くないですよね」

「君よりも素敵な人を見つけたんだから僕のせいじゃない」


 この人、一体何を言っているの? あなたが決めた婚約じゃないの!


「君も可愛いことは認める。だけどね、シエッタ殿下は本当に美しいんだ。なんていうのかな。輝くオーラがあるんだ。逆に君には華がない」

「申し訳ございません」


 華がないことは間違っていないので謝ってから、ノンクード様にお願いする。


「脅迫じみたことをされるのは嫌ですので、婚約を破棄していただいて結構です」

「……なんだって?」


 ノンクード様はさっきまでの穏やかな表情を消すと、私を睨みつけながら立ち上がって叫ぶ。


「君は自分がなんと言ったかわかっているのか! 話を聞く前から失礼だろう!」

「気分を害してしまったのならお詫び申し上げます。では、お聞きいたしますが、私に何を頼むおつもりなのですか」

「最初から素直にそう言えばいいのに」


 ノンクード様は満足そうに微笑むと、ソファに座って話し始める。


「シエッタ殿下が君の兄のリディアスさんを好きになったらしい。仲を取り持ってあげてほしいんだ。そうすれば、僕は君を婚約者のままでいさせてあげよう」

「兄はシエッタ殿下からの婚約の申し込みを断ったと聞きました」

「だから、断らないようにしてほしいんだよ」

「申し訳ございませんが、それはできかねます」

「やれと言っているんだ!」


 ノンクード様は、私たちの間にあったローテーブルを両手で強く叩いて叫んだ。テーブルの上に乗っていた茶器が揺れ、カップの中に入っていたお茶はソーサーの上に飛び散る。


 怖い。

 怖いけど、お兄様が決めなければならないことを、私が勝手に決めるのは違う。


「兄が嫌がっているというのであれば無理です。お断りしますので婚約破棄していただいて」

「僕に恥をかかせるな!」

 私が話している途中でノンクード様は立ち上がると、ローテーブルを乗り越えて、私に飛び掛かってきたのだった。


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