第8話
「さて、急で悪いが、今日からここで暮らしてもらう。一応は国の重大機密事項を知るものとなったのだ。奥に俺の寝室があるから今日からそこで寝るといい。二人で眠るに困らん広さのベッドがある。俺はまだ仕事があるから一緒に眠ることができないのが残念でならんがな」
「えっ!? そ、そんな……ベッドをお借りするわけには……」
「何を言っている? 君はもう俺の妻なのだ。寝所を共にして何が悪い」
ルーカスはそう言うが、素直にハイそうですねと頷くわけにもいかない。
見た目が少年とはいえ、その実はれっきとした成人男性だ。意識するなという方が無理な話だ。
とにかく異議申し立てをしようと、両手を胸の前で振りながら口を開く。
「オルディル卿、そうは言いましても……」
「ルーカス」
「え?」
「今日から君もオルディルだ。俺のことはルーカスと呼んでくれ」
あっ、とシルファが口元に手を当てている間にも、ルーカスはトントンとこめかみを指で叩きながらこれからについて言及する。
「今後のことについてなのだが、恐らく明日には俺とシルファの結婚の知らせが魔塔に届くだろう。大切な妻をデイモンの手が届く場所に置いておくわけにもいかん。まずは大事なことを確認しておかねばな……シルファはこれからも仕事を続けたいか?」
その問いに、シルファは息を呑んだ。
結婚したとはいえ、相手は魔塔の主のルーカスだ。
彼の生家であるオルディル家は侯爵家であるが、家督は次男がすでに継いでおり、ルーカスは貴族特有の社交の類を免除されている。屋敷も持たず、魔塔で生活をしているのだから、屋敷の管理も必要ない。
つまり、妻としての仕事はほとんど求められないようなものだ。それならば、これまで通り魔導具に携わる仕事を続けたいとシルファは考えている。
スッと背筋を伸ばし、探るように向けられた黄金色の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「……はい。私はメンテナンスの仕事に誇りを持っています」
「そうか。ならば、デスクを運ばせる。明日からここで作業をするといい。依頼の魔導具もここまで運んでもらおう。手が空いた時は、書類整理や掃除といった身の回りのことを手伝ってもらえると助かる」
ルーカスの労わるような笑みに、胸が温かくなる。
彼は、シルファが自分の仕事を大切に考えていることをよく理解してくれている。たかがメンテナンスと馬鹿にせず、辞めろとも言わない。それがとてもありがたかった。
「はい! 喜んで」
なぜだかじわりと込み上げてきた熱いものをグッと堪え、シルファは感謝の気持ちが伝わるように元気に返事をした。
「いい返事だ。エリオット、悪いが今からシルファの部屋について行ってくれ。荷物をここへ運んでしまおう」
「えっ!?」
「承知いたしました。シルファ様、行きましょう」
「え、あ、待ってください……!」
突拍子もないことばかり言うルーカスに目を剥きながら、涼しい顔でスタスタと扉に向かうエリオットの背を慌てて追いかけた。