第6話
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シルファは、カーソン子爵家の生まれだ。
優しく温厚な母と、愛娘にはとびきり甘い父の間に生まれた。
だが、母はシルファが十歳を迎える前に病没し、父も五年前に落馬事故で命を落とした。
それからの子爵家は、後妻としてやってきたフレデリカと、その連れ子であるフローラに乗っ取られてしまった。
父が亡くなってから、温厚だと思っていたフレデリカは豹変した。いや、本性を現したというべきか。
あっという間にシルファは部屋や私物を取り上げられ、使用人部屋に押し込められた。そして家事の一つもしたことがなかったが、使用人同然の扱いを受けてきた。幼い頃から世話をくれていた侍女たちが、シルファを憐んで彼女たちの技術を懸命に教えてくれたおかげで、今や身の回りのことは自分一人でできるようになっている。
男爵家出身のフレデリカは、大層外面を気にするらしく、流行最先端のドレスを何着も購入し、宝石商を何人も呼びつけてアクセサリーを買い漁った。身の回りのものは全て一級品を。そう言いながら屋敷の骨董品はすべて売り払い、ゴテゴテとした装飾品を買い付けた。
そんな母を持ったフローラもまた、我が身を着飾ることばかり考える子に育っていた。一度着たドレスは二度と社交の場で着ない。子爵家には再び日の目を見ない哀れなドレスがたくさんクローゼットに吊るされている。
そうして、散財癖のある継母と義妹はあっという間に子爵家の財産を食い潰した。
シルファが大事にしてきた書庫の本も売られてしまったし、実の両親との思い出の品もほとんど手元に残らなかった。
お金がどれだけあっても足りないのであれば、シルファを働きに出せばいいものなのだが、体裁を誰よりも気にするフレデリカは、決してシルファを外に出すことはしなかった。
なぜなら、シルファは貴族でありながら、魔力を外に放出することができない体質であったからだ。
普通は体内で練り上げた魔力を呪文や道具を介して外に放出することで、魔法を発動したり、魔導具を作ったりする。
だが、シルファにはそれができない。
古くから魔法を重んじる国風であるティアード王国において、それは致命的な欠陥であった。
どうしてか、物や人から魔力を吸収し、体内の自分の魔力と中和させて昇華することだけはできたのだが、それが何の役に立つのかといつもフレデリカは苛立たしげに爪を噛んでいた。せめて魔法が自由に使えれば、もっと使い道があったというものを、と。
シルファの実母であるヘレンは、
『あなたの力を必要とする人は、きっといるわ』
と嫌悪感一つ示すことなくシルファを抱きしめてくれた。
そんな母は、屋敷の魔導具の調子が悪い時はいつも、シルファに手入れをするように言った。
古くなったり使えなくなったりすれば新しいものに取り替えればいい。
貴族の間ではその考えが主流だが、我が子爵家はまだ使えるものを無闇に捨てることはないと、物を大事にする心を教えてくれた。
だから、どの魔導具も長く使われており、それぞれにたくさんの思い出が詰まっていたのに――
父のシモンが亡くなってからは、「古びていて見窄らしい」と、大事にしてきた魔導具もまた、フレデリカに売り払われてしまった。
入れ替えで購入した魔導具は確かに高性能だ。けれど、どこか無機質で温かみがなく、屋敷のあちこちに染みついた両親との思い出まで売り払われてしまったようで心が痛んだ。
そうしてシルファは、無能で役立たずと罵られながら、給与の支払いを渋って使用人を必要最小限残して解雇したフレデリカたちの身の回りの世話をさせられ続けてきた。
耐え忍ぶ日々が長く続き、そしてとうとう借金にまで手を出し始めて返済に困窮するようになったフレデリカにより、シルファは魔塔に売られた。
どういうわけか魔力量だけは多いため、実験体になるなど少しは使い道があるだろうというのがフレデリカの主張だ。
魔塔は身寄りがない子や、魔力が強すぎて日常生活をするには危うい子など、事情がある子を引き取り、魔法の使い方を教えたり、仕事を与えたりすることがある。
場合によっては金銭を払うこともあるという話を、フレデリカはどこからか聞きつけたようだ。
表に出せない無能を子爵家から追い出せるだけでなく、縁まで切ることができる。これほど好都合な売り先はない。
こうしてシルファは戸籍ごと魔塔に売り飛ばされ、生家である子爵家との関わりを断たれた。
シルファ・カーソンは、ただのシルファとなった。
両親と過ごした思い出の屋敷を守れなかった悔しさはあるが、行く末の知れた継母と義妹と共に転落人生を歩むよりはずっとマシだろう。
『シルファは自分の幸せを第一に考えなさい。家や領地のために我が身を犠牲にすることはない』
母のヘレンが亡くなった直後に、父のシモンに言われた言葉だ。
シルファを高値で買ったのは、どうやら魔塔の最高責任者らしい。冷徹無慈悲な男なのだとまことしやかに囁かれているが、その真相を知る者は限られている。それほど天上の人物なのだ。
結局、そんな魔塔の主と謁見することもなく、シルファはカバン一つ持って魔塔に籍を移すことになった。
シルファの境遇を聞いて同情する者も多いが、新たな生き方を与えてくれた魔塔の主に感謝こそすれ、恨むつもりは毛頭ない。
こうして、魔塔がシルファの家であり職場となった。それが十八の頃の話だ。
魔塔にやってきてまず実施された魔力検査の結果、シルファは新設されたばかりのメンテナンス部に配属され、今に至る。
シルファは魔力を吸い取り、自身の魔力と中和させることができる特殊な体質を持っているため、適材適所の配置だと思っている。
だが、やはり魔導具作りや開発が尊ばれる環境下において、メンテナンスの重要度は低く、軽く見られる仕事でもあった。魔塔においても、古くなったら新しいものを、そんな考えが主流なのだ。
シルファ自身は魔導具に携わることができるのなら、どんな仕事だって全力で取り組む所存だ。メンテナンスだって、大切な仕事だ。魔力の滞留を取り除いてやれば、その魔導具は持ち主の元でまだ輝くことができる。
シルファはメンテナンス部の仕事に誇りを持っているし、天職だと考えている。
叶うならば、可能な限り長く、大好きな魔導具に携わる仕事がしたい。それだけが、全てを失ったシルファの願いであった。