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第4話

「ここは……?」



 突然部屋の景色が変わった。いや、恐らく先ほどの手紙には転移の魔法が施されていたのだろう。ということは、ここは魔塔内の別の部屋というわけだ。


 左右の壁には壁の高さの本棚が並び、ところどころ雑然としつつも整理整頓された印象を受ける。大きな窓の前に広いデスクとデスクチェアが置かれており、部屋の中心にはソファとローテーブルが配置されている。


 あちこちの部署の雑用を押し付けられ、いろんな階に脚を運ぶシルファであるが、この部屋に来るのは初めてだ。

 一体どこなのだろう。


 カバンを抱きしめる力を強めていると、カタンと音がして続き部屋から一人の男性が姿を現した。


 サラリとした銀髪に、エメラルドの瞳。丸い金縁の眼鏡がよく似合う隙のない無表情な男性だ。

 パリッとした燕尾服を着こなしていて几帳面そうな面持ちをしている。歳はシルファよりも少し上だろうか。



「突然お呼び立てして申し訳ございません」


「い、いえ……」


 戸惑いながらも何とか声を絞り出し、指の力を強める。そして、かさりとカバンとは異なる質感に触れ、ようやく手紙を手にしたままだということに気がついた。


 銀髪の男性に視線を向けると、彼は静かに頷いた。読め、ということなのだろう。


 シルファは恐る恐る封を開け、中から一枚の便箋を取り出して広げた。

 そこにはシルファの名前と、魔塔の最上階へ来るようにという一言、そして最後に手紙の送り主の名前が記されていた。



「ルーカス・オルディル……って、えっ!? ま、まさか……魔塔の最高責任者のオルディル卿!?」



 ガバリとシルファが顔を上げると、再び銀髪の男性が静かに頷く。


 まさか、魔塔で一番偉いお方に呼び出しを喰らうとは、一体どういう用件か。もしや、知らず知らずのうちに魔塔に損失を与える大問題を起こしていてその責任を取らされるのだろうか。


 シルファの背に再び冷たい汗が伝う。

 そしてハッと我に返ると、慌てて深々と頭を下げた。


 恐らくここは魔塔の最上階。そしてこの場にいるということは、目の前の彼が部屋の主ということだろう。



「失礼いたしました。オルディル卿、お初にお目にかかります。メンテナンス部所属、シルファでございます」


「顔をあげてください、シルファ様。まずは初めまして。そして、私はルーカス・オルディルではありません」


「え?」



 では、あなたは一体。そして、この部屋の主は一体何処に。


 シルファの頭に疑問符がいくつも浮かぶ中、アハハ! という無邪気な笑い声が部屋に響いた。



「ルーカス・オルディルは俺だ」


「え……」



 続いて聞こえたのは、随分と高く幼さを感じさせる声だった。


 声の発生源を探して視線を巡らせると、存在感のあるデスクの向こうに配置されたデスクチェアがゆっくりと回転してこちらを向いた。


 そこにちょこんと鎮座しているのは、どう見ても少年だ。せいぜい十歳といったところだろう。


 シルファが聞くところによると、魔塔の最高責任者であるルーカスは二十代後半の成人男性であるはず。



(まさか、子供の悪戯?)



 ふとそんな考えが頭をよぎるが、魔塔の最上階に入ることができるのは、その部屋の主が認めた者だけだ。わざわざシルファを困惑させるためだけに、そのようなことをする理由がない。


 ルーカスだという少年は、ゆっくりと脚を組んで膝の上に肘をついた。


 濡羽色の髪を金色のリボンで低い位置にまとめていて、知性を感じさせる瞳は黄金色に輝いている。まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、興味津々といった様子でシルファを見つめている。


 視線だけを銀髪の男性に向けて説明を求めるも、彼はルーカスの言葉を肯定するようにゆっくりと頷くだけである。



(え? どういうこと? この子が魔塔の主のオルディル卿? あの冷徹魔導師と名高い? 本当に?)



 噂と違いすぎる姿に、シルファの頭の中の疑問符は増える一方である。



「ククッ、驚くのも無理はない。こんな見た目をしているが、れっきとした二十八歳の男だ。なぜ子供の姿をしているかについてはこれから説明しよう」



 シルファの反応を楽しそうに観察しながら、ルーカスは手でデスクの前に置かれたソファに腰掛けるように促した。


 シルファはおずおずと腰を落とし、彼の身に起きたことについての説明を受ける。



「俺が魔塔の責任者となったのが二十歳の時。研究や開発に没頭する俺に、魔法省のジジイどもが早く結婚して子供をもうけろとうるさくてな。当面妻帯するつもりもなかったので、無視を決め込んでいたのだが……痺れを切らした奴らはお見合いと称して目ぼしい令嬢を差し向けてくるようになった」



 色々と気になる言い方をしていて、聞いているシルファの方の肝が冷える。


 国の中枢機関である魔法省の重鎮に対する暴言は聞かなかったことにして、シルファは話の続きに意識を集中させる。



「適当にあしらっていたら諦めて帰っていく者がほとんどだったが、三年も経てば上も焦り始めたようでな。ある日、俺は見合い相手に媚薬を盛られた」



 媚薬。


 サラリと言ってのけたが、ルーカスの言葉にシルファは思わず息を呑んだ。



「研究に没頭していて差し出された茶を無意識のうちに受け取って口に含んでしまった。やられたと思った時にはもう飲み込んだ後だった。どうにかして媚薬を解毒できないか魔力を巡らせたが、俺は治癒魔法が得意ではなくてな。頭をフル回転させてとある方法を思いついた」



 頭の横で指をくるくる回しながら、ルーカスはまるで自分の考えた悪戯の計画を披露するかのように得意げな顔をする。



「生殖機能が未熟な子供の姿まで身体を退行させてしまえば、媚薬の効き目はなくなるのではないか、とな」



 身体を退行させるなんて魔法は聞いたこともない。万一、できたとしても媚薬の効果を打ち消すために自分の身体を退行させる選択肢を取るなんて普通ではない。



「もちろん退行魔法なんてものは試したことがない。理論だけでいうと、魔術式については昔にふとした思いつきで構築したことがあった。ただそれだけだ。だが、俺は思いついてしまった。退行魔法で媚薬に勝てるのではないか、と。思いついてしまったのだ、試さないわけにはいかないだろう? だから俺は試した。そして勝った! 俺の仮説通り、身体が未熟であれば媚薬は効き目を発揮しなかったんだ!」



 ルーカスは目をキラキラと輝かせて熱弁をしているが、シルファには到底理解のできない考えだ。もっとこう、医務室に駆け込むとか、治癒魔法が得意な職員を捕まえて解毒してもらうとか、方法は他にもたくさんあるように思えるのだが。


 思いついたからやる。


 実に研究者らしく、妙に説得力がある理由にほとほと呆れてしまう。


 両手を広げて高笑いまでしていたルーカスは、一通り笑って満足したのかフッと真顔になった。



「だが、媚薬の影響で練り上げる魔力量をうまくコントロールできなかったようでな。俺は必要以上の魔力を退行魔法に注ぎ込んでしまったらしい。その結果、術式に過分な魔力を組み込んでしまい、自力で退行魔法を解除できなくなってしまった」


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