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第10話


「まずいな、元の姿ならまだしも、子供の姿のままだと身体が俺の全力の魔法に耐えられん。どうすれば……」



 珍しくルーカスの顔に焦りの色が浮かぶ。


 デイモンは先ほどまでの動揺が嘘のように穏やかな表情をしている。いつもシルファに向けていた、遥かずっと先を見ているかのような目だ。


 シルファは瞬時に察した。迷っている暇はない。今なのだと――



「ルーカス!」



 シルファはルーカスの腰に腕を回してギュッとしがみつくと、手のひらからだけでなく、触れ合う肌全てから彼を縛る退行魔法の魔力を吸い取った。燃えるように熱く濃密な魔力の揺らぎに潜り込み、その全てを両手で掬い上げるように吸収した。



 ガコン、と重く錆びついた錠前が落ちるような感覚だった。



 吸い上げたそばから、練り上げた自らの魔力と混ぜ合わせて中和していく。


 身体が熱い。身体中から中和された魔力が浮き上がり、全身がほんのりと光を放っている。



「シルファ! 君は本当に……最高だ!」



 グッと力強く肩を抱かれたかと思ったら、パァッと白い光が溢れて目を開けていられなくなる。目を閉じる間際、視界の端でデイモンが魔法で床に転がる魔導具を集めて次々に誘爆させていく様子を捉えた。


 来たる大爆発を覚悟してしがみついたルーカスの身体がぐんぐんと大きくなっていく。肩を抱く手が、薄く華奢だった胸板が、みるみるうちにゴツゴツと男らしくなっていく。



「……シルファ、ありがとう。よくやってくれた」


「ルーカス……!」



 先ほどまでと違い、低く身体の芯に響くような声。


 そっと目を開けて見上げると、いつもの優しい黄金色の瞳がシルファを見つめていた。


 スラリと背が高く、手は骨張っていて大きい。太くしっかりとした首に、逞しい腕。



 ルーカスが、退行魔法を解除したのだ。



 これがルーカスの本来の姿なのだと、ようやく、元に戻ることができたのだと胸に熱いものが込み上げてくる。


 ルーカスはシルファを抱く腕と逆の腕を真っ直ぐにデイモンに向けて伸ばしていた。


 暴発したはずの魔導具たちは、ギュッと不自然に密集して球体を形成している。

 強力な結界で魔導具を押さえているのだとは思うが、中の魔導具が爆発せずに元の形状を保っているのが不思議でならない。



「ど、どうして爆発しない! やわな結界なぞ吹き飛ばすほどの威力があるのだぞ!」



 髪を振り乱して叫ぶデイモンに、ルーカスはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべている。



「やわな結界だと? この俺の結界をやわと言うか。強度はもちろんだが、この結界は中の空気を拒絶している。つまり結界の中は真空状態だというわけだ。空気が無ければ爆発することは叶うまい?」



 ルーカスが手のひらをゆっくり握りしめていくと、魔導具を捉える結界の大きさが徐々に小さくなっていく。中の魔導具もミチミチと音を立てながら圧縮されていく。


 ルーカスが拳をグッと握りしめると同時に、ポシュッと空気が抜けるような小さな破裂音を残して、圧縮された魔導具たちは消滅した。



「な、ななな……! 規格外すぎる……!」


「何を今更。俺は魔塔の最高責任者であり、この王国一の魔導師だぞ」



 ヘナヘナとその場にへたり込んだデイモンは、この数分ですっかりと老け込んだように見える。


 ルーカスが得意げにゆらりと身体を傾けると、濡羽色の髪がサラリと肩から流れ落ちた。不遜な態度だが、随分とさまになる。



「さて、お前には詳しく事情を聞かせてもらい、きちんと法の裁きを受けてもらおうじゃないか」



 パチン、とルーカスが指を鳴らすと、どこからか現れた光の蔓がデイモンを拘束していく。デイモンは抵抗する余力も残っていないようで、大人しく拘束されていく。ブンッとデイモンの下に青白い転移魔法の陣が浮かび上がって、瞬きの間にデイモンは諮問機関へと転送されていった。



「終わったの……?」


「ああ、実にあっけない」



 そっと見上げたルーカスの表情には、どこか寂しさが滲んでいた。



「あの、助けに来てくれてありがとうございます」


「ん? 妻を助けるのは夫の務めだ。むしろ遅くなってすまなかった。ここはルビトに隣接する奴の領地にある別邸でな。探査を阻害する結界が貼ってあったので見つけるのに手こずってしまった。まったく、その腕をもっと仕事に活かして欲しかったよ」


「そう、だったのですね」



 本当に、人は才があるからといって、それを適切に活かせるとは限らない。


 シルファからすれば、魔法の才に恵まれたデイモンが羨ましかった。

 私利私欲のためでなく、人々の生活に寄り添う魔導具を作るために、その才を使うことができたなら、何かが違っていたのだろうか。



「さて、後始末が大変だな。エリオットが鑑識を呼びにいっている。この屋敷の調査は奴らに任せて、俺たちはひとまずルビトに帰ろう」


「はい」



 ルーカスは転移のために、シルファの両手を優しく包み込んだ。



「なんだか、変な感じです」


「ふ、そうだな」



 昨日まで、シルファがすっぽり包み込んでいた手が、今はシルファの両手を覆い尽くしている。ゴツゴツと骨張っていて、指が長い。男の人の手だ。


 ドキドキしているうちに、ルーカスは「いくぞ」と言って転移魔法を発動した。


 ギュッと目を閉じて、一瞬の浮遊感に襲われる。ふわりと浮いた足が地面を捉えたことを確認し、シルファはゆっくりと瞳を開いた。


 転移先はルビトの海岸だった。

 日が傾き、白い砂浜がオレンジ色に染められている。

 緩やかに波を打つ音と、頬を優しく撫でる潮風が心地いい。


 夕日の眩しさに目を眇めながら改めて真正面からルーカスと対峙すると、どこか気恥ずかしいような、でも、やっぱりルーカスはルーカスなのだと彼の雰囲気がそう感じさせてくれて安心する。


 ジッとシルファを見つめていたルーカスが、不意にくしゃりと相好を崩した。



「本当に、シルファが無事でよかった」


「ルーカスの髪飾りのおかげです」



 ニコリと微笑むと、握られていた手をグッと引かれ、あっという間にルーカスの腕の中に閉じ込められてしまった。



「ル、ルーカス!?」


「すまない。辛抱が効かなかった。ずっと、こうしたかった」



 ギュウギュウと抱き締める力は、子供のものとは比べ物にならないほど力強い。


 あまりにも力が強いものだから、息が止まりそうになる。

 でも、厚い胸板や骨張った腕に包まれていると、本当に退行魔法を解除して元の姿に戻れたのだと実感できて、じわじわと喜びが込み上げてくる。



「シルファ」



 耳元で名前を囁かれて、腕の中でルーカスを見上げる。

 クリクリと可愛らしかった黄金色の瞳は、キリッと切れ長で色気を滲ませている。


 その目元がほんのりと赤みを帯びている。ルーカスの瞳に映るシルファもまた、頬が赤く染まっている。



「シルファ、ずっと君に言いたかったことがある」


「……はい、私もです」



 ルーカスは愛おしげに瞳を細め、コツンとシルファと額を合わせた。



「愛している。シルファのおかげで、元の姿に戻ることができた。これで当初の契約は履行された。君はこの婚姻を終わらせることができる。だが、俺はこの先もずっと、シルファに側にいて欲しい。もう君なしでは夜も眠れそうにない。これからも、俺の妻でいてくれるだろうか?」



 いつも自信満々な彼の少し所在なさげな掠れた声が、愛おしくてたまらない。



「嬉しい……私もお慕いしています。許されるなら、生涯をあなたと共に」



 熱いものが込み上げて、シルファの頬を濡らしていく。

 ルーカスの大きな手がシルファの頬を包み、頬を濡らす雫を拭ってくれる。


 二人は微笑み合い、力強く抱きしめ合った。


 夕日が照らす中、海岸に伸びた長い影が、一つに重なった。


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