第9話
「なっ……!? どうやって!?」
デイモンが一瞬困惑した隙に力いっぱい突き飛ばして扉へと走る。
ガチャガチャッとドアノブを回すが、鍵がなければ扉を開けることは難しそうだ。
「誰か! 誰かいませんか!」
ドンドンと扉を叩くが、警戒心の強いデイモンが近くに人を配置しているとは思えない。それ以前に、ここは彼の息がかかった場所に違いないのだから、シルファを助けようと手を貸してくれる人なんていないのではないだろうか。まさしく四方塞がりだ。
だが、シルファには声を上げることしかできないため、懸命に扉を叩き続けた。
「はは、悪い子だね。無駄だよ。ああ、そうだ。君に弟はいないそうだね」
背後でデイモンが立ち上がる気配がした。恐る恐る振り返ると、彼は腰をさすりながらゆっくりとこちらに近づいてきている。
「あの容姿からするに、あの子供はオルディル卿の血縁者ではないのかい? 彼が未婚時代に火遊びをして孕ませた子供といったところだろうか。ククッ、あの子供の世話でも押し付けられているのか? 君が彼の犠牲になることはない。僕と共に来なさい。不自由はさせない。幸せにしてあげるよ」
ニヤニヤと不快な笑みを浮かべるデイモンを、シルファは目一杯に睨みつける。
「彼を侮辱しないで! あなたの人形になるつもりは毛頭ないわ! あなたも、お継母様も……! 私の人生をなんだと思っているの? 私の幸せは、私が決めます! 私が幸せになるためには、彼が、ルーカスが必要なの!」
ドゴォォォォン!
シルファが叫んだと同時に、激しい音と立っていられないほどの振動が襲った。
思わず壁に背をつけて座り込み、反射的に頭を両手で庇う。
ガラガラと瓦礫が崩れる音と衝撃、目の前は土埃で覆い尽くされてしまった。
しばらくして、巻き上がった土埃が晴れ、眩しい太陽の光が差し込んだ。
目を眇めて天井――いや、つい先程まで天井だった場所を見上げる。
そこに覗くのは鱗雲が浮かぶ青く高い空。そして、差し込む太陽の光はとても暖かで眩い。
崩れた天井の下敷きになったらしいデイモンの呻き声が聞こえてくるが、シルファは無傷だ。そのことに気づいて周囲を確認すると、どうやら結界魔法で守られているらしい。
後頭部で留めた髪飾りがほんのり熱を発しているため、ルーカスがくれた髪飾りがシルファを守ってくれたのだろう。
「シルファ!」
「……ルーカスっ!」
どこか冷静な頭で分析していると、天井から一つの人影が降ってきた。
今、無性に会いたいと願っていた人物が、ゆっくりと地面に降り立った。
結界魔法が解除され、シルファはよろけながらも必死でルーカスの元へ走り、無我夢中で彼に抱きついた。
「無事だったか……遅くなってすまない」
「いえ、いえ……!」
シルファの方がずっと大きいはずなのに、ルーカスの腕にすっぽりと包みこまれる。
(私の太陽……私を照らしてくれる大好きな人)
シルファの目から、一筋の涙が溢れた。
「ぐ、ぐぬうう……よくも!」
再会の感動を味わっていると、背後で瓦礫が弾け飛んだ。すぐさまルーカスが結界魔法を展開し、破片が結界に衝突してバラバラと崩れ落ちていく。
肩で息をしながらゆらりと立ち上がったデイモンは、額の血を拭いながらルーカスに手を翳している。
「そうか、貴様……貴様がルーカス・オルディルだったのか」
「そうだ。デイモン、お前には失望したぞ」
いつもの温和な笑みは消え失せ、憎しみに表情を歪ませるデイモンをルーカスは正面から見据える。
「口を慎めよ、デイモン。お前の悪事は全て露見している」
「な、何をおっしゃるやら。皆目見当もつきませんな」
ルーカスの追求に、デイモンは頬を引き攣らせて瞳を忙しなく揺らしている。
「誘拐未遂に監禁だけじゃない。お前は魔導具が想定よりも早く修理を必要とするように、回路に細工していたのだろう? 痕跡をほとんど残さない技術は俺が見ても素晴らしいものだった。その腕をもっと他のことに向けるべきであったがな」
ルーカスの口から紡がれる驚くべき事実に、シルファは思わずデイモンに視線を向けた。
執拗にシルファに付き纏ってきたことを除けば、デイモンはよき上司であった。不遇なメンテナンス部を任されながら、シルファたちを放り投げることをせずにきちんと面倒を見てくれていた。魔導具にかける思いだけは本物だと、そう信じていたのに――
「ふ、ふはは……! まさかそこまで辿り着いていたとは、驚きましたよ。流石は魔塔の主といったところでしょうか。ええ、そうですよ。僕の元に回ってくる市場に出る最終段階の魔導具に、ちょいと細工をさせていただきました。そうでもしないと、メンテナンス部の存続は難しかったのですよ。あなたなら分かるでしょう?」
何がおかしいのか、肩を揺らしながら顔を歪めるデイモンに、シルファは我慢ができずに叫んでいた。
「分かるわけない! 使い物にならなくて早々に手放された魔導具がいくつあったと思っているの。本来なら、もっと長い間持ち主と共にあれたはずなのに!」
量産されている魔導具でも、その一つ一つが異なる持ち主の手に渡り、その人それぞれの生活を照らしてくれる。本来紡がれたはずの彼らの物語を強制的に打ち切る所業を許せるわけがなかった。
デイモンは理解できないとでもいうように、軽く肩をすくめた。
「さて、魔導具が魔力を蓄積しすぎると、どうなるか分かりますよね?」
そして、まるで教鞭に立つような話ぶりで、床に散乱する魔導具に手を伸ばした。棚に陳列されていたものが、天井が抜けた衝撃でいくつも棚から転がり落ちている。
「まさか、貴様……!」
「そのまさかですよ! ここには二十を下らない魔導具が置いてありました。そのどれもが僕が回路に細工したもの。ほんの少しのきっかけで、滞留している魔力はあっという間に暴発するでしょう」
デイモンが腕を突き出して魔導具をこちらに向けてくる。目を凝らして見ればすぐわかるほどに、魔導具からは明らかに容量を超過した魔力が染み出している。
「チッ、自分ごと自爆するつもりか?」
「どうせ捕まり、罪に問われるのでしたら、ヘレンの元へ行くのも一興。君たちにも旅の共として同行してもらいましょう」




