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第8話


「う……ここは?」



 目が覚めたシルファが薄っすらと目を開けると、どうやら談話室と思しき部屋にいるようだった。壁際の棚には新旧様々な魔導具が年代別に陳列されている。


 窓の外は明るく、まだ昼間であることが窺える。気を失っていたのはせいぜい数時間といったところだろうか。


 ここがどこかは分からないが、とにかく逃げなくては。


 そう思って身体を動かそうとして、両手足を縛られていることに気がついた。


 シルファが寝かされていたのは上質なソファの上。手足の自由が効かず、うまく身体を起こすことができなくて焦りの色が浮かぶ。



(フローラとあの人はどこなの?)



 先ほどからこの部屋にはシルファしかいない。

 フローラも、フレデリカも、ここにはいないのだ。



「やあ、ようやく目が覚めたかい」


「な……まさか、あなたが?」



 ギィッと扉を開けて中に入ってきたのは、ニコニコと温和な笑みを浮かべた男――デイモンだった。その後ろに続いてフローラとフレデリカも部屋に入ってくる。



「ねえ、約束通り即金でちょうだいよ」


「ああ、もちろんですとも」



 フレデリカは待ちくたびれたと言わんばかりにガリガリと爪を噛んでいる。

 子爵家の財政が傾き始めた頃からの彼女の癖は、未だに治っていないらしい。


 デイモンが胸ポケットから取り出した小切手をひったくり、血走った目でそこに書かれた金額の桁数を数えている。

 そして満足げに笑みを深めると、顎を上げてシルファを見下した。



「どういうこと……? どうしてここに部長が……」



 シルファの知る限り、この二人に接点はなかったはず。状況を理解できずに困惑して二人の顔を見比べることしかできない。



「うふふ、お馬鹿なあなたにも分かるように説明してあげる。あなたは私に二度売られたの。いい? あなたが支払いに応じていればこんなことにはならなかったのよ? これであなたは彼のもの……あなたが大人しく従っていれば、私たちは定期的に彼の援助を受けられることになっているの。間違っても逃げ出そうなんて考えるんじゃないよ。これからの人生を賭けて、私たちが贅沢に生きるための犠牲になってちょうだい」



 そう言って狂ったように高笑いをするフレデリカを、シルファはキッと睨みつける。


 腹の底から沸々と怒りが湧いてくる。

 ふざけるな。人をなんだと思っている。尊厳も何もない。バカにするのも大概にしろ。


 喉元までシルファの心の叫びが迫り上がってくるが、グッと堪える。ここで怒りをぶつけたところで状況が好転するとは思えない。


 シルファはギリッと奥歯を噛み締めて、肩を上下させながら平静を保とうとした。



「じゃあ、私たちは屋敷に戻るわ。すぐに換金して支払いを済ませなくっちゃ。さあ、フローラ。久しぶりに新しいドレスを買いましょうね」


「本当? 嬉しいわ!」



 フレデリカとフローラはキャッキャと楽しそうに笑い合いながら、部屋から出ていった。



 ――一度もシルファの方を振り返ることなく。



「さて、ようやく二人きりでゆっくりと過ごせるね」



 カチャリ、と扉の鍵を閉める音が嫌に耳についた。

 デイモンはいつもの温和な笑みを浮かべたまま、シルファの元へと近づいてくる。


 身体を捻ってどうにか距離を取ろうとするが、あっという間に距離を詰められてしまう。

 顔を逸らして抵抗するが、顎を掴んで視線を合わせられる。


 デイモンはじっくりとシルファの顔を眺め、「ああ……」と感極まったように息を吐き出した。



「やはり君は、ヘレンによく似ている……彼女の生き写しだよ」



 ヘレン。

 シルファの実の母親の名前がどうして今出てくるというのだろう。



(そうか、そうだったのね。この人はずっと、私を通してお母様の面影を追っていたのね)



 いつもシルファを見ているようで見ていなかった奇妙な感覚に、ようやく合点がいった。


 母の生前、二人がどういう関係だったかは知らない。

 少なくとも、シルファは魔塔に入るまでデイモンの存在を知らなかった。


 確かに母は優しくて儚げな美しさを秘めており、学園時代から言い寄る殿方は後をたたなかったと父から聞いたことがある。


 そんな母と父は学園時代に知り合い、大恋愛の末に結婚したらしい。

 当時、母には縁談の話が絶えず、熱心に言い寄ってきた者も少なくはなかったという。


 もしかすると、デイモンもそのうちの一人だったのかもしれない。

 そして今もまだ、デイモンは母の面影を追っている。

 彼は愛妻家として知られていて、愛する妻と子がいるはずなのに――



「さあて、これからの話をしようじゃないか。何、僕は君を傷つけたくはない。大人しくしてくれさえすれば大切に扱うと誓おう。君のためにたくさんドレスを誂えよう。髪も綺麗に整えて……ああ、学園時代にヘレンが身につけていたドレスのデザインは今でも鮮明に覚えているよ。君にもきっと似合うだろうね……ああ、早く着て見せて欲しいなあ」



 デイモンはうっとりと目を細めながらシルファの頬を撫でる。


 ゾワゾワっと背筋が泡立ち、シルファは懸命にデイモンから距離を取ろうともがいた。



「無駄だよ。君を拘束している縄は特別製でね。素材としては引っ張れば誰でも簡単に引き裂くことができるものなのだが、魔力を通す特別な素材なのだよ。どうだい? びくともしないだろう。魔力を巡らせることでかなりの強度を保つことができるんだ」



 そのような魔導具は聞いたことがない。

 だが、デイモンは魔塔有数の実力者だ。市場に出回らない特別な魔導具を作ることも容易いだろう。


 シルファはギリッと奥歯を噛み締め、ふとあることに思い至った。



(魔力が流れているってことは……吸い取って中和してしまえば、あとはただの千切れやすい縄ってことよね)



 シルファは抵抗をやめて手足に意識を集中させた。

 縄の中を循環するように魔力が流れているのが分かる。


 デイモンに頭や背中を撫でられて集中力が乱れてしまうが、懸命に心を無にして堪える。



(吸い取って……中和する!)



 シルファは身体から中和した二つの魔力が抜け出ていくのを感じた。それと同時に、思い切り両手足に力を入れて、すっかり強度が弱くなった縄を引きちぎった。


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