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第7話


 翌日、ルーカスとエリオットと共に役場に向かったシルファは、メンテナンスの依頼件数や購入年月日、購入場所などをまとめた資料を睨みつけている。


 宿泊した部屋にはシングルベッドが二つあったのだが、ルーカスが同じベッドでないと熟睡できないとごねたためにベッドを寄せて手を繋いで眠った。

 すやすやと健やかな寝顔が可愛らしくも恨めしく、シルファはドキドキ騒ぐ心臓を抑えて眠るのに苦労した。環境が変わるとどうも緊張してしまっていけない。


 とにかく、わざわざルーカスが魔塔の外に出てまでここにやってきたのだ。

 何かひとつでも収穫を得たいと、それぞれが意気込んでいる。



「ああ、どうしよう……やっぱり見当たらない」


「あれ?」



 凝り固まった肩をグッと伸ばしたタイミングで、とある役場職員の様子が目に入った。シルファたちの作業を手伝ってくれているのだが、どういうわけか青い顔をして書類の山の前でオロオロしている。



「どうかしましたか?」



 ちょうどルーカスとエリオットは別室の資料を確認しに行っている。


 事情だけでも聞いておこうとシルファが声をかけると、役場職員は「ひえっ」と小さく飛び上がってから勢いよくこちらを振り向いた。



「あ……ええと、実は、オルディル卿からお預かりする予定だった書類一式が見当たらず……ああ、紛失したなんて知られたら僕はクビです……」



 ウルウルと目に涙を浮かべる様子は、まるで小動物のようだ。

 シルファより少し年上と見られる、役場の中では若手であろう男性は、この世の終わりだと言わんばかりに肩を落としている。



「書類……そういえば、今朝宿で書類の確認をしていたような……もしかすると、宿の部屋に置いてきてしまったのかもしれません。すぐ並びですし、私が今から見てきます」


「えっ! そ、そんな……いいのでしょうか?」



 光明が差したと言わんばかりにパァッと顔を輝かせる男性は、随分と感情が表に出やすいたちらしい。


 シルファは思わずクスリと笑みを漏らしながら快諾した。



(本当は、一人で外に出ちゃダメって言われているんだけど……宿はすぐそこだし、ルーカスにもらったブローチを付けているもの。急げば大丈夫よね)



 話を聞けば、このあとすぐに使う書類らしい。真っ白な顔で絶望している役場男性の姿をこれ以上見ていられなかったシルファは、心の中でルーカスに詫びつつ一人で役場を飛び出した。


 宿は役場からも視認できる距離にある。通りは見通しがよく、人の往来も多い。

 部屋の鍵は宿に預けているので、まずは受付によって事情を説明し、部屋で書類を探して役場へ戻らなくてはならない。


 すぐに書類が見つかればいいのだけれど……そう思いながら早足で歩いていると、突然細い路地からゆらりと深くフードを被った人物が現れてシルファの行く手を阻んだ。


 足首まですっぽりと外套で覆われているが、履いている靴はどうやらヒールのようなので、恐らくは女性だろう。全身を隠すような装いに、すれ違う人々も訝しげな視線を向けている。



「えっと……?」


「あんたの、あんたのせいよ……あんたのせいで……ずるい、ずるいわ……」



 シルファが躊躇いがちに様子を窺っていると、フードの女性はブツブツと何やら呟き始めた。


 気にせず通り過ぎてもいいものかと逡巡していると、突風が吹いて女性のフードがバサリと肩に落ちた。



「嘘……あなたもしかして、フローラ……なの?」



 現れたのは、特徴的な紅色の髪と桃色の瞳。


 だが、そのいずれもがシルファの知る姿とは大きく様相が異なっていた。

 かつては艶々に磨き上げられていた長い髪は、すっかり艶を失い、色もくすんでいる。毛穴ひとつなかった真っ白な肌はボロボロで、美しかった義妹の面影はない。


 まるで何かに取り憑かれたように同じことばかり呟きながら、胡乱な目でシルファを見つめてくる。いや、シルファを見ているようで、目の焦点が合っていない。


 どこか不気味な様子に、シルファは思わずたじろいで数歩後退りをした。



「あら、久々の姉妹の再会だというのに、随分と酷いじゃない」


「なっ……!」



 突然背後から耳元に囁きかけられ、耳を押さえて振り返る。


 まとわりつくようなねっとりとした声。忘れるわけがない。



「ど、どうしてあなたがここに……」



 フローラと同様に、外套に身を包んで現れたのは、継母のフレデリカだった。

 浅く被られたフードから覗く真っ赤な唇が歪な笑みを浮かべている。


 シルファの身体からサッと血の気がひき、思わず身体が震える。


 あの日、魔塔に売られたあの日に、もう二度と会うことはないと思っていたのに――



「本当に、酷いわ。手紙に返事も寄越さないなんて。薄情で、ほんっと……手がかかる娘なんだから」


「あっ!?」



 フレデリカが腕を持ち上げ、何かのボタンを押した。目の前で紫色の光が弾け、あっと思った時にはすでに意識が吸い取られるように沈んでしまっていた。


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