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第5話


 顔を上げると、胡桃色のふわふわとした髪を揺らしながら、キラキラと菫色の瞳を輝かせた少女が立っていた。少し遅れて母親と思しき優しげな女性が追いついてきて、少女の頭を撫でた。



「あら、シルファったら、素敵なお店を見つけたわね。少し拝見いたしますね」


「あ……はい。ご自由に手に取って見てください」



 ルーカスはしばし呆けていたが、母親に話しかけられてハッと我に返った。


 せっかく訪れた今日初めての客。もしかすると、最後の客になるかもしれない。

 ルーカスは内心ドキドキしながら二人の様子を窺った。


 シルファと呼ばれた少女は「わあー」「すごーい」「素敵!」と感嘆の声を上げながら陳列された魔導具を手に取っていく。どれもルーカスが大切に作り上げた我が子のような魔導具たちだ。少しでも褒めてもらうことができてよかったとホッと胸を撫で下ろした。



「あっ、お母様! 私、これが欲しいです!」



 そう言って少女が手に取ったのは、オルゴール機能が内蔵された魔導ランプだった。

 睡眠を妨げない優しい光と、心を安らげる音楽にこだわり抜いた自信作だ。

 眠れない夜、底知れぬ闇から掬い上げてくれるような、そんな魔導具を目指して作った。


 ランプにオルゴールの機能はいらないと思われるかとも考えたが、ルーカスは眠れぬ夜の恐ろしさを知っている。誰かをそんな恐怖から救い出したいという思いを込めて作成した。優しい音色が持ち主の孤独に寄り添い、穏やかな眠りに誘ってくれるように、と。



「あら、素敵ね。すみません、こちらおいくらかしら」


「あ、それは……」



 開放市では市場に売り出す前に適正価格を見極めるために、ある程度魔塔が価格を定めるのだが、ルーカスが作成したものは今後生産の見通しがないものばかりだ。


 だから、せいぜい製作にかかった費用が回収できれば元は取れる。


 通常の魔導ランプより少し安い値段を提示すれば、「あら、それだと安すぎるわ」と一般的な魔導ランプと同等の金銭を支払ってくれた。



「素敵な魔導具をありがとう。娘もとても喜んでいるわ」


「うん! すっごく嬉しい! ありがとうございました!」



 少女の笑顔は、まるで太陽のように明るく眩しかった。ルーカスの心に巣食っていた闇が晴らされていくようだった。



「いえ……お買い上げありがとうございます」



 ルーカスは掠れた声をなんとか絞り出し、受け取った金銭をギュッと握りしめた。


 そこには確かに、ルーカスの魔導具が必要とされた証があった。


 腹の底から、忘れかけていた感情が湧き上がってくるようで、胸がグッと締め付けられた。



「お母様、ありがとう! 私、絶対このランプ大切に使うね!」


「そうね。大切に使ってあげればきっと長く使うことができるわ」


「私もいつかこんなに素敵な魔導具を作れるようになるかなあ」


「うふふ、そうね。きっと」


「えへへ、私も魔塔で働きたいなあ」


「あら、魔法のお勉強を頑張らなきゃいけないわね」


「ううっ……頑張るもんっ」



 少女と母親は和やかに会話をしながら、賑わう通りへと戻っていった。少女の腕に抱かれた魔導ランプが、太陽の光を反射してキラリと輝いている。



(やっぱり俺は、誰かの笑顔を生み出す魔導具を作りたい)



 結局、ルーカスの店で買い物をしてくれたのは、胡桃色の髪の少女だけだった。

 けれど、この日の出来事はルーカスの沈み切っていた心に火を灯した。


 まずは年功序列制の魔塔の体制を刷新する。実力に応じて仕事を振り分け、極力希望の仕事に就いて魔導師のやる気を奮い起こす仕組みを作るのだ。


 魔導具開発の予算が取れないなら、自費で必要な道具を揃えて魔導具を作ればいい。捨てられる予定の廃品も自由に使うことができるなら試作品に使おう。

 根気強く企画書を上げて、試作品を持ち込んで製品化を目指そう。


 上が唸る魔導具を作れば、どれだけルーカスの存在が疎ましくても無視するわけにはいくまい。そこまで腐ってはいないと信じたい。


 それに何より、魔塔や魔導具に夢見て瞳を輝かせたあの少女がいつか魔塔で勤務するようになった時に、ルーカスのように失望しないような、安心して働ける場所を作りたい。


 ルーカスの黄金色の瞳には、決意の光が宿っていた。


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