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第8話 sideフレデリカ


「あ、あの……また商会から手紙が届いておりますが……大丈夫なのでしょうか?」



 使用人がオドオドと目を泳がせながら差し出したのは、もう見飽きるほど届いている督促状であった。


 フレデリカは、チッと舌打ちをしてから笑顔を貼り付けて使用人の男から手紙を受け取った。



「あら、ありがとう。ええ、あなたが心配することは何もないのよ。仕事に戻ってちょうだい」


「はい……」



 使用人の男性は、なおも心配そうに数度フレデリカの方を振り返りながら、がらんと物寂しい部屋を出ていった。


 一人になったことを確認し、フレデリカは先ほど届いたばかりの手紙をビリビリに引き裂いた。


 貧乏男爵家の生まれであるフレデリカは、子爵家ながらそれなりに裕福なカーソン家の後妻に収まることに成功した。


 夫は優しかったが堅実で、古いものも大切に長く使うたちであった。亡き妻の遺品も大切に保管していたし、屋敷で使う魔導具だって、最新型が出ているにも関わらず旧型のもので溢れていた。新しいものに買い替えないかと提案しても、「まだ使えるから」と穏やかな笑顔でやんわりと断られた。


 そんな夫が不慮の事故でこの世を去った時は、これからどうやって生きていけばいいのかと絶望した。だが、屋敷の主人が居なくなったため、使用人たちはフレデリカに様々な判断を仰ぐようになった。


 そしてすぐに理解した。子爵家を管理していくのは自分であると。それはつまり、子爵家の財産の使い道は全てフレデリカに委ねられているのだと。


 フレデリカはまず、血の繋がらない娘であるシルファを排除することにした。


 与えられていた広い部屋を没収し、宝石やドレスも奪い取り、使用人同然にこき使った。部屋も狭い使用人用の部屋を与え、食事も質素なものに変えさせた。


 シルファの扱いに苦言を呈した者はクビにした。他の使用人たちも物言いたげな目をしていたが、言うことを聞かなければクビにすると言えば渋々ながらもフレデリカの指示に従った。


 ずっと捨ててしまいたいと思っていた古い家財や魔導具を売り払い、流行最先端の絵画や調度品、最新型の魔導具を買い集めた。


 ドレスも流行りの店で何着も誂え、娘のフローラにも惜しみなく贅沢をさせた。


 新しいものや美しいものに囲まれ、フレデリカの心は満たされた。



 だが、そんな生活も長くは続かなかった。



 身の回りを着飾ることにしか目を向けていなかったが、フレデリカが贅の極みを尽くしている間に、領地では深刻な冷害に悩まされていた。夏の気温が著しく低下し、農作物の生育が芳しくなく、収穫量が激減してしまったのだ。


 何度も何度も領民からは嘆願書が届いていたのだが、あちこちの商会から届く請求書に紛れてどこかにいってしまっていたのだ。


 領地の状況に気づいた時にはもう手遅れだった。


 多くの領民は領主に見捨てられたと判断し、長く暮らしてきた家を泣く泣く手放して領地を移ってしまった。風土愛の強い領民たちは残って懸命に農作業に専念したが、到底例年通りの税収を見込むことはできず、帳簿が真っ赤に染まるまでそう時間は掛からなかった。


 そして、潤沢だと思っていた子爵家の財産も気づけば底をつき、贅沢の限りを尽くしてきたフレデリカは借金に追われることとなった。借金を返そうにも、税収は見込めず収入がないために支払いができない。借金を返済するためにさらに別の貸金業者に借金をすることを続けた結果、今では片手で収まりきらない取引先からの借金に追われている。


 数年前まではパーティや茶会の招待状で彩られていたデスクの上は、貸金業者からの借金返済の督促状で溢れている。


 せっかく買い集めた煌びやかな調度品や一度着たきりになっているドレスも苦肉の策として手放した。ようやく理想の空間となった子爵家も、すっかりがらんと寂しくなってしまった。


 給与の支払いも滞り、どんどんと使用人も辞職していった。辛うじて残っているのは、フレデリカが男爵家から連れてきた馴染みの者たちばかりとなっている。


 それもいつまで続くのか。少ない使用人たちでは屋敷の掃除も行き届かず、ところどころに埃や蜘蛛の巣が目立つようになってきている。



(私たちがこんなに苦労しているっていうのに……あの子だけがいい思いをしているなんて許せない!)



 フレデリカはすっかり短くなった爪を噛みながら、心の中で悪態をつく。


 貴族に生まれながら魔法を発現できない役立たずの娘。

 先妻の娘であるシルファは、生まれながらにして魔力を体外に放出できない出来損ないだったらしい。魔法が使えたら他の屋敷に出稼ぎに行かせることができたものを、欠陥品を外に出すなんて恥ずかしいことはフレデリカのプライドが許さなかった。


 結局、資金繰りが難しくなってきた頃に魔塔の噂を聞いて高値で売り払うことになったのだが、戸籍ごと引き渡すという条件がついていたため、それ以来シルファとは顔を合わせていない。


 その後の彼女がどうなったかなんて気にも留めていなかったのだが、先日所用で街に出た際に魔塔の最高責任者と結婚したことを聞いて驚いた。


 まさか、あの愚鈍な娘が見初められたというのか。


 噂話に耳を傾けていると、どうやら魔塔の最上階で仕事をしながら新婚生活をしているという。


 それを聞いたフレデリカは、狡いと思った。


 自分はこんなに困窮して、新しいドレス一着も買うことはできないのに、王国一の魔導師と結婚したということは贅沢し放題ということなのだから。


 シルファはもう子爵家と繋がりはない。とはいえ、カーソン家に生まれたことは変えようもない事実なのだ。

 だから少しぐらいは自分に恩を返す義務があるのではないか。


 フレデリカはそう考えて、初めてシルファに手紙を書いた。


 魔塔に売り払って以来、シルファに接触を試みるのは初めてのこと。


 あの子のことだから、ちょっとお願いすればすぐにお金を工面してくれるだろう。


 だが、その期待は呆気なく裏切られることになる。


 手紙を何通送っても、一通も返事が届かないのだ。

 もしかすると、魔塔の検閲にでも引っかかってシルファの元に届いていないのではないか。そう思って、娘のフローラにも手紙を書かせた。


 そしてようやく返事が来たかと思えば、魔塔の主であるルーカス・オルディルからで腰を抜かしかけた。


 そこには怒りを滲ませた文字が書き連ねられており、これ以上シルファに関わればただではおかないと明記されていた。今後一切の関わりを断つことを条件にシルファを戸籍ごと買い取ったのだから、その契約を反故にするならば、支払った代金を全額返却するようにとも書かれていた。


 そんな大金はもう、この家にはない。


 きっと溢れるほどにお金を持っているだろうに、生活するのもギリギリの状態に立たされているフレデリカたちに救いの手を差し伸べようとしないなんて、人の血が通っているとは思えなかった。ましてや、さらに金銭を巻き上げようとするなんて。



(恩を仇で返すなんて、なんて薄情な子なのかしら)



 フレデリカがイライラとデスクを指で叩いていると、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。



「お母様ぁ、私もうこのドレスに飽きちゃったわ。新しいドレスが欲しいの」



 瞳を潤ませながら呑気にそんなことを言うのは、実の娘のフローラだ。

 この娘はどうも現実を分かっていない節がある。


 キラキラとした宝石やドレスが大好きで、新しいものを買い与えると目をキラキラさせてとても可愛かった。だが、求めるままに買い与えてきた結果、夢見る少女のまま大人になってしまった。



「はあ、フローラ。今我が家にそんな余裕はないといつも言っているでしょう? 今あるドレスを着回してちょうだい」


「えええ~。ねえ、こんな生活いつまで続くの? お姉様だけいい暮らしをしているのでしょう? 狡い狡い狡いわっ! それなら私がオルディル様に嫁ぎたい~!」



 頭を抱えて深いため息をついていたフレデリカが、ゆっくりと顔を上げた。



「そうよ……それだわ!」


「ええっ、なあに? どれ?」



 フローラは貧相なシルファとは違って、体型は女性らしくしなやかで、フレデリカと同じ紅色の髪は艶やかで美しい。桃色の瞳はいつも潤んでいて庇護欲をそそる。


 どういった経緯でシルファと婚姻を結ぶに至ったのかは知らないが、きっとシルファよりもずっと女性らしい魅力に溢れたフローラを見れば、シルファを捨ててフローラを妻に置きたいと思うに違いない。



「うふふ……アハハッ! そうよ、手紙を出しても無駄なら、直接会いに行けばいいのよ」


「えっ、お姉様に会えるの? やったあ!」



 フローラの無邪気な笑い声とフレデリカの不気味な高笑いが、暗い影を落とす子爵家の屋敷にこだました。


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