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第5話


 少し前までのシルファだったなら、魔力を放出できない出来損ないが魔導具製作を夢見るなんてと笑われることを恐れて、大切な夢を書き綴ったノートを他の誰かに見せることはしなかった。


 けれど、ルーカスならば――そう信じる気持ちがシルファの背中を押してくれた。


 彼を信じる心と共に、胸の奥底から彼への想いが込み上げてくる。


 ああ――ただまっすぐに、ひたむきに、シルファを認めて未来を明るく照らしてくれるこの人が大好きだ。


 日々気持ちは降り積もるばかりで、この想いはもう疑いようもない。



「まずは簡単なものから作ってみようか。このインクの補充が不要な羽ペンはどうだろうか」


「はい! 魔力で圧縮したインクを含ませて、文字を書いているときに一定の間隔でインクが循環する仕組みを回路で組めたら面白いなと思っているのですが……」



 溢れ出そうになった言葉をグッと飲み込み、ルーカスと共にノートを覗き込んでこれまでに記してきたアイデアを辿るように指でなぞる。



「仕組み自体は面白い。だが、それだけだといずれインク切れを起こすだろう。例えば、増幅魔法の術式を組み込んで、インクの残量が一定量を切ったことを合図にして増幅魔法を発動させる。増幅魔法によってインクが満たされるようにすれば半永久的に使えるんじゃないか?」


「な、なるほど……! 増幅魔法。そっか、どうして思いつかなかったんだろう……二人で知恵を合わせれば、どんどんいいアイデアが浮かびますね」



 これまでは密かに黙々とノートにアイデアを記載するだけで、それを実現させる予定も希望もなかったのに、シルファは今、新たな魔導具制作に携わっている。


 楽しい。

 ルーカスの補助ありきのものであるが、表情が緩んで仕方がない。


 その後も、二人でああだこうだと意見を述べ合い、回路の設計図を書き始めた。時折、エリオットも助言をしてくれて、三人で頭を悩ませながら構築を続けた。


 業務の隙間時間を使い、数日かけて設計図を書き上げ、とうとう試作品が完成した。



「ほら、シルファ。これは君が最初に使ってみるべきだ」


「すごい……」



 回路を刻み終えた羽ペンを恐る恐る受け取る。ルーカスが用意していた紙にクルクルッと無数の円を描いていく。



(ペン先にインクをつけていないのに書ける……それに、いくら書き続けていてもインクがなくなる気配がないわ)



 これは、大成功ではないだろうか。


 思わずルーカスの様子を窺うと、彼はこれまで見てきた中で一番優しい笑みを浮かべてシルファを見つめてくれていた。



「よく頑張った」



 ワシワシと頭を撫でられ、ジンと胸の奥が熱くなる。


 もちろん、この魔導具はシルファ一人の力では作り上げることができなかった。

 シルファがアイデアを出し、ルーカスとエリオットが技術的な指摘をしてくれて、三人で試行錯誤を重ねて出来上がった魔導具だ。


 けれど、何も生み出すことができないと言われてきたシルファが初めてこの世に生み出したもの。



「仕組みはシンプルだが、きっと需要はある。特許を申請して実用化を目指そう」


「は、はい!」



 ルーカスも実際に羽ペンの使用感を確認し、満足げに笑みを深めた。意外なことに一番感動していたのはエリオットで、日々書類仕事に追われている彼にとってはかなり画期的なアイテムとなったようだ。



「さて、発案者であるシルファ、君の証を魔導具に記そう」


「え?」



 羽ペンを色んな角度から見て感傷に浸っていたシルファはキョトンと目を瞬いた。



「君が生みの親だという証だ。俺はいつも自分が製作した魔導具に、太陽のシンボルを刻んでいる。その魔道具が、誰かの生活を明るく照らしてくれるようにと願いを込めてな」



 ルーカスはサラサラッと紙に太陽のシンボルを描いて見せてくれた。丸を中心に、小さな三角が八個、等間隔で並んでいる。


 ルーカスが描いた太陽を見て、シルファの頭には自然とあるマークが思い浮かんでいた。


 羽ペンを握り直し、ルーカスの太陽の隣にゆっくりと描いていく。



「では、私は三日月を。昼間はルーカスの太陽が照らしてくれるので、私は夜を照らす月になります」



 太陽の隣に控えめに並んだ三日月。

 月は自ら光を放つことはできないが、眩い太陽の光を受けて輝くことができる。


 まるでルーカスとシルファの関係のようだ。


 ニコリと微笑んで見せると、ルーカスはグッと少し息を呑み、頬を染めて視線を逸らした。





 ◇



 その日の夜、シルファはふと思い立って魔導ランプを手に取った。


 魔導具の開発者は大抵自分の証を刻むものだとルーカスが言っていたので、もしかするとこの魔導ランプの製作者に繋がるヒントが隠されているかもしれないと思ったのだ。


 魔導ランプを膝に乗せ、隈なく観察する。


 そして、見つけた。



「太陽のシンボル……」



 それは、ランプシェードの内側に控えめに刻まれていた。


 昼間に教えてもらったばかりのシンボルがそこにあることが意味することは――



「これを作ったのは、ルーカス?」



 まさかずっと会ってお礼を言いたいと思っていた人物が、ルーカスだったなんて。


 そうか、そうだったのだ。

 ルーカスはずっと、シルファを照らしてくれていた。ずっとずっと、シルファを見守り、支えてくれていたのだ。このランプを手にした時からずっと、ルーカスはシルファにとっての太陽だったのだ。


 涙と共に胸に込み上げてくる愛おしい想い。もっと、もっと彼のことが知りたい。彼の支えになりたい。


 そう思い、ズ、と鼻を啜ったタイミングで執務室に続く扉が開かれた。


 慌てて服の袖で涙を拭い、魔導ランプを元の位置に戻した。



「どうかしたのか?」


「いえ、なんでもありません」



 ルーカスが怪訝な顔で覗き込んでくる。ルーカスは勘がいいので、急いで話題を転換する。



「さ、今日の魔力吸収をしてしまいましょう。両手を出してください」


「む、そうだな」



 シルファが両手を広げると、ルーカスは怪訝な顔をしつつも素直に両手を乗せてくれる。

 それだけでも信頼されているのだと感じ取れて、胸がキュッと切なくなる。


 シルファはゆっくりと息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、ルーカスの中に渦巻く魔力の奔流を探った。誘導するように魔力の一部を吸い取って、中和する。


 空気中に中和された二人の魔力がふわりと浮き上がり、優しい光を放って溶けるように消えた。



「終わりました」


「ありがとう。もう少しで退行魔法の術式に干渉できるような気がする」



 ルーカスは魔力の感覚を確かめるように両手を握って開いてを繰り返している。


 彼の言う通り、始めは魔力が高密度で密集しているイメージであったが、今は境界が曖昧になっているように感じる。燃えたぎるマグマのような濃密な魔力はもう感じない。毎日コツコツと続けてきたことで、かなり魔力を吸い取ることができたのだろう。



 きっともうすぐ、ルーカスの退行魔法は解除される。



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