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第2話

「ええっ? 魔塔のトップにでも直談判するつもりかい?」


「それが一番効果的かと思うけれど」


「無駄だよ。魔塔のトップ――オルディル卿は血も通わない冷徹な魔導師として有名じゃないか。きっと目も通して貰えずに燃やされて終わりだよ」



 サイラスは何を想像したのか、青い顔でブルリと身を震わせた。


 彼の言う通り、魔塔の最高責任者であるルーカス・オルディルは最上階の研究室に篭って日夜研究に励んでいる。

 他の階に顔を出すことは一切せず、シルファのような下っ端職員が顔を合わす機会なんて皆無である。


 そんなルーカスには様々な噂が流れている。


 どうにか王国一の魔導師の妻にならんとする令嬢たちが、果敢に彼の元に突撃するのだが、皆ことごとく玉砕し、顔面蒼白で目に涙を浮かべながら魔塔を去っていく。どれほど辛辣な言葉をかけられたのかと彼女たちに同情する声は後を絶たない。


 ルーカスは最上階から一歩も外に出ないため、一部では彼は吸血鬼か何かなのでは? と臆測する者さえいるぐらいだ。


 いつしかルーカスは血も涙もない冷徹魔導師と呼ばれるようになっていた。



「……まあ、普通に考えたら無理な話よね」



 はあ、と息を吐きながら、シルファはウインナーにフォークを突き刺した。


 本日の互いの奮闘を報告し合いつつ、弁当を平らげたシルファはグッと伸びをしてからメンテナンス対象の魔導具が並べられた棚の前に移動した。

 今日の依頼は、ランプが二つ、浄水器、掃除機、それに疲労軽減の指輪だ。


 まずはランプを一つ手に取り、作業台に置く。

 点灯のボタンを押しても、ジジッと一瞬光を弾けさせてから萎むように光が消えてしまう。


 シルファは両手で包むようにランプに触れ、ゆっくりと目を閉じた。



(結構年季が入っているし、回路が曲がっている箇所があるわね。そこを中心に魔力が滞っていてうまく循環できていないみたい)



 探るように被疑箇所を特定したシルファは、ふうっと息を吐いてから手のひらに意識を集中させた。



(余分な魔力を吸い取るイメージで……)



 ランプ内に滞留していた魔力が吸い寄せられるようにシルファの中に入ってくる。

 お腹の底で練り上げた自身の魔力と、吸い取った魔力を混ぜ合わせて中和していく。

 わずかに熱を持っていた余分な魔力はシルファの魔力に中和され、収束していく。


 シルファは目を開けると、両手のひらを上にした。

 中和した魔力がふわっと手のひらから立ち上がり、空気中に霧散していった。



「相変わらずすごいよね」



 シルファの手が離れたランプをヒョイッと抱え上げ、まじまじとランプを観察しながらサイラスが微笑む。



「ありがとう。私にはこれしかできないから……」



 シルファは困ったように眉を下げながら、サイラスの褒め言葉を複雑な気持ちで受け取った。


 魔導具の回路を修復する前に、まずは魔導具内で滞留している魔力を取り除く必要がある。

 過分な魔力が溜まってしまうと、最悪の場合魔導具が爆発してしまう恐れがあるからだ。


 そしてその役割はシルファが担っている。


 シルファは魔力を放出することができない体質であり、唯一できることといえば先ほどのように魔力を吸収して中和することだけ。


 シルファが余分な魔力を除去し、魔力量は少ないものの緻密な魔力操作が得意なサイラスが回路の修復を担当する。


 メンテナンス部はたった二人であるけれど、二人三脚で日々の業務をこなしている。



「やあ、調子はどうだい」



 シルファが二つ目のランプをサイラスに渡し、浄水器の作業に着手しようとしたその時、重い鉄の扉がギィッと音を立てて開いた。


 ひょっこりと顔を出したのは、メンテナンス部を統括するデイモン・スペンサーだった。



「部長、お疲れ様です。ご覧の通り、いつも通りですよ」



 シルファが両手で魔導具たちを指し示すと、デイモンは頷きながら室内に入ってきた。



「ところで、今朝も君たちは他部署の雑務をこなしていたそうだね。君たちはもう少し断ることを覚えた方がいい」



 そう言ってデイモンは渋面を作るが、魔塔におけるメンテナンス部の立ち位置を誰よりも理解していることもあり、続けて深いため息を吐いた。



「いや、すまない。僕がもう少し強く意見することができればいいのだが」


「いえ、部長にはいつも良くしていただいております」



 デイモンは、品質管理室長が主務である。だが、人のいい彼は、体良くメンテナンス部の管理を押し付けられている。双方の管理を兼務している形となるが、業務量の違いは明白で、彼は一日のほとんどを品質管理室で過ごしている。だが、こうして仕事の合間を縫ってシルファたちの様子を確認しにきてくれる優しい上司なのだ。


 デイモンはいつものようにシルファとサイラスから業務報告を受けながら、ゆっくりとシルファに近づいてきた。極力笑顔を保っているが、シルファはデスクの下でギュッと拳を握りしめた。



「それで、シルファくん。やはり実家の後ろ盾がないと色々不便ではないかい? そろそろ僕の提案に頷いてくれてもいい頃合いだと思うのだが」


「はは……ご冗談を。私は今の生活が気に入っておりますし、特段困ったことはありませんので」



 はっきりと否定の言葉を述べられないのは、相手が伯爵位の貴族であるから。


 もはや貴族ではないシルファが楯突いていい相手ではないのだ。



「そうかい? 無理をしてはいけないよ。困ったことがあったら真っ先に僕に相談するように」



 デイモンはシルファを心配する素振りを見せながら、華奢な肩を労るようにやんわりと揉んだ。途端にシルファの背筋が泡立つが、引き攣りそうな笑顔を保ちながら耐える。


 ここで反射的に拳を振るおうものなら、今度こそシルファは居場所を失ってしまう。



「じゃあ、僕は品質管理室に戻るから、急ぎの用件があったらすぐに来るように」


「はい」


「承知しました」



 デイモンは人の良い笑顔を作りながら、シルファたちに手を振ってメンテナンス部から出ていった。


 鉄の扉がバタンと完全に閉じられたことを確認してから、シルファは一気に脱力した。



「大丈夫?」



 眼鏡の奥の優しげな薄茶色の瞳が心配そうにこちらを見ている。



「ええ……はああ、困ったことって言われても、あんたのことだよとは言えないものね」



 デイモンは特殊な背景を持つシルファを配属当初から特段気にかけてくれていた。当初はありがたいことだと親切心を享受していたのだが、どこからか違和感を抱き始めた。


 デイモンはどうやら、シルファを愛人として囲いたいらしい。


 シルファの身分を保証するという大義名分を掲げてはいるが、善意の皮を被った好色親父の言いなりになるつもりは毛頭ない。


 だが、相手は上司であり貴族。はっきりと拒絶をして、魔塔最下部のメンテナンス部からも追い出されてしまっては、それこそ雑用係としてしか生きていく術がなくなってしまう。いや、魔塔に残ることすら難しくなるかもしれない。


 デイモンがしきりに庇護しようとしてくるのには、シルファの身の上が大きく関係している。だが、そればかりはシルファにはどうにもできない。



(どうしろっていうのよ……)



 いつまでのらりくらりと躱せるだろうかと、シルファは気分を沈ませながら作業を再開した。


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