第14話
その日の夜。
「エリオット。調査の進捗はどうなっている」
「ええ、なかなか尻尾を出しませんが、気になることがいくつか」
シルファが寝入ったことを確認してから、ルーカスは執務室に戻ってエリオットに調査結果の報告を求めた。
魔導具の不具合が多発している要因を探るべく、メンテナンス部の対応件数の推移、生産年月日の記録の確認、依頼者の情報などを確認していたエリオット。そして優秀な右腕は、不審な点を見つけたと言う。
「生産日から浅い年月でメンテナンス依頼が来た魔導具には、とある共通点がありました。市場に卸される前の最終チェック担当者欄に、デイモン・スペンサーの名が記されていました」
「……そうか」
デイモンには魔導具の品質管理室を任せている。
市場に卸しても問題ない品質を保てているか、回路に異常はないかなど、魔塔から旅立っていく魔導具たちの最終チェックを行なっている重要な部門だ。
デイモンが何か魔導具に細工をしている可能性がある。だが、魔力操作に優れたデイモンは、その痕跡を一切残していない。可能性や疑惑だけで彼を裁くことはできない。
「デイモン・スペンサーについて、他にも気になることが」
エリオットがパラリと報告書を捲る。金縁の眼鏡が、ルーカスのデスクに置かれたランプの光を反射している。
ルーカスが無言で続きを促すと、エリオットは独自調査結果を報告した。
「――なるほど」
報告内容を聞いたエリオットは、腕組みをしてデスクチェアに背を沈めた。
(この件の始末がつくまで、シルファを一人にするのは危ないな)
シルファの危機を知らせてくれるブローチだけでなく、何か護身用の魔導具を開発しなければ。
「今後街に出る用事がある時は、お前が同行しろ」
「いいのですか?」
挑発するように目を細めるエリオットに苛立ちを覚える。
「阿呆。俺が行けるものなら行きたいに決まっているだろう。今日は緊急事態だから咄嗟に転移したが、何度も奴の前に出るのは危険だろう。悔しいが、俺が直接シルファを守ることは難しいんだよ。言わせるな」
くしゃりと髪を掻き上げるルーカスの表情は、明らかに十歳の少年のものではなかった。
エリオットの目から見ても、ルーカスが最初から彼女に特別な感情を抱いていたことは明らかだ。だが、何か接点があるのかと思えば、彼女にそうした素振りはなかった。
特別な感情とはいえ、それはどちらかといえば彼女を守りたいという庇護欲に近い気持ちに見えた。だが、彼女と過ごす時間を重ねるごとに、ルーカスの纏う雰囲気は柔らかくなっていった。
魔導具がいくら好きだとはいえ、自由に外出もできずに篭りきりの生活をしていれば、どうしても気が滅入ってしまうし苛立ちを露わにすることもある。本来自由奔放な性格をしている主人が今の生活を強いられていることは、エリオットにとっても心苦しい。
そんなルーカスの心を癒しているのがシルファなのだ。
本人に自覚があるのかは定かではないが、ルーカスは無自覚に甘い言葉をかけているし、彼女を見つめる眼差しには熱が篭っている。
きっともう、ルーカスにとってシルファはかけがえのない存在となっているのだろう。そして、それはルーカス自身も自覚しているはずだ。
エリオットはやれやれと肩を竦め、報告書をルーカスのデスクに置いてから執務室を出ていった。
ルーカスは報告書の束をしばらく睨みつけてから、徐に立ち上がった。
音を立てずに寝室に入ると、橙色の穏やかな光がベッドサイドを照らしている。
シルファは今日、久しぶりに魔導ランプをつけて眠っていた。
そっと近づいて様子を窺うと、シルファは安心したように穏やかな寝息を立てて眠っている。
彼女を守りたい。何に替えても。
ルーカスはそっとシルファの頬を撫でながら、決意を新たにした。