第13話
どうやらルーカスに抱き締められているらしい。遅れて脳が理解し、思わず息を呑む。
「自分よりも力の強い男に無理強いをされて怖くないわけがない。シルファは強い。だが、君は俺の妻だ。何かあれば遠慮せずに頼ってほしい」
「はい……ありがとうございます」
子供をあやすように、頭を優しく撫でられる。
子供の姿をしているのはルーカスだというのに、奇妙な光景に思わず笑みが漏れた。
ルーカスといると、強張っていた心も、身体も、優しくほぐれていく。
しばらくシルファの頭を撫でていたルーカスは、不意に深く息を吐いて抱きしめる腕の力を強めた。
「ルーカス様?」
「……身分を隠すためとはいえ、君の弟を名乗るのは悔しいものがあったな。堂々と俺の妻だと叫んでやりたかった」
確かに、あの時ルーカスはシルファの弟だと名乗っていた。あの場を切り抜けるには適切な対応であったと思うのだが、ルーカスは悔しそうに歯噛みしている。
「そんなことをしてはいけませんよ」
「分かっている……ちゃんと我慢しただろう。むしろ冷静に対処した俺を褒めて欲しいぐらいだ」
息を吐きながら、ルーカスはシルファに頬を擦り寄せた。
どきりと心臓が跳ねつつも、シルファも宥めるようにルーカスの背を撫でた。
「それにしても、まだゆっくり過ごす時間はあっただろう? せっかく久しぶりの街だというのに、どうしてあんなところに……」
「あ……」
ようやく身体を離してシルファの隣に座ったルーカス。代わりにがっしりと手を握られている。
ルーカスの指摘に、シルファは頬を染めて気まずげに視線を彷徨わせた。
「その……お菓子を買ったので、早く一緒に食べたいなと思って……」
「お菓子? ああ、これか。そうか、ありがとう」
クシャクシャになった紙袋に視線を落とし、ルーカスは大事そうに皺を伸ばしながら表情を綻ばせた。
シルファが話した理由は間違いではない。ただ、もっと大切なことを濁してしまっただけ。
(なんだか、きちんと伝えないといけない気がする……)
シルファは言おうか言うまいか少し逡巡し、消え入りそうな声でポツリと白状した。
「本当は…………一人で街を歩いていると、無性にルーカス様に会いたくなったから……早くここに戻りたかったんです」
ルーカスの反応を窺うように、恐る恐る視線を向けると、彼は呆けたように口を開けていた。
「ルーカス様?」
名を呼ぶと、ハッとしたように息を呑み、続けてブワッと顔が赤くなった。
「……くそ、不意打ちとはズルいぞ」
「えっ?」
ルーカスは赤くなった顔を隠すように腕を上げた。肘の辺りに顔を埋めるようにして隙間から睨みつけてくる。
不意打ちとはどういうことだろう、と首を傾けていると、いつの間にか執務室に戻ってきていたエリオットが呆れたようにわざとらしく咳払いをした。
「ルーカス様も今日はずっとソワソワと時計を見ていたではありませんか」
「エリオット!」
ルーカスはソファから跳ね上がるように飛び降りると、「余計なことを言うな!」とエリオットに掴み掛かろうとした。けれど、どう頑張ろうともルーカスは十歳の少年の姿になっているため、スラリと背の高いエリオットには敵わない。ひらりひらりと躱されては地団駄を踏んで悔しがっている。
(兄弟みたい)
言葉にすればきっとルーカスに嫌な顔をされるだろうと、二人の様子を見て抱いた感想は胸の奥に仕舞っておく。
「あ、そうだ。もう遅いかもしれませんが……これ、みんなで食べようと思って。お土産です」
シルファは早く帰りたかった理由の一つを思い出し、紙袋をエリオットに差し出した。
紙袋を受け取り、中を確認したエリオットは、片手でルーカスを制しながら微笑を浮かべた。
「ありがとうございます。早速いただきましょうか。嫌な記憶は甘いもので上書きするに限ります。さ、ルーカス様も行きますよ」
「おい、話はまだ終わっていないぞ!」
苦言を呈しつつも、ルーカスもシルファのお土産が気になるのか素直にキッチンへと向かっていく。
その様子がなんだか可愛くて、シルファは密かに笑みを漏らしながら二人の背中を追いかけた。




