第12話
相手を凍てつかせるような冷たい目でデイモンを睨みつけている。
その気迫に押され、デイモンはシルファの手首を掴んでいた手の力を緩めた。シルファはその隙に力の限り腕を振り払うと、ルーカスの元へと駆けた。
「ル――」
名を呼びそうになって、慌てて口を噤む。
ここで魔塔の主の名前を呼べば、デイモンに彼が誰だかバレてしまう。そもそも、どうして魔塔の外にルーカスがいるのか。
ルーカスは混乱するシルファを守るように片手を広げてデイモンを威圧する。
「なんだね、君は……大人の問題に無関係の子供が口を挟むものじゃない」
デイモンは口元に笑みを携えながらも、苛立ちを露わにする。
「関係なくはない。俺は彼女の――弟だ。さあ、大きな声を出されたくなければ今すぐここから立ち去れ。それとも、婦女誘拐未遂で警備隊を呼ぼうか」
「弟だと……? チッ」
疑惑の眼差しを向けながらも、デイモンは路地の出口にチラリと視線を投げる。大通りは人の往来が多い。大声を上げれば、きっと誰かが異変に気がついてくれるだろう。
状況が芳しくないことを悟ったのか、デイモンは舌打ちをして大通りへと消えていった。
最後に未練がましそうにシルファを見つめて――
「……シルファ、大丈夫か」
デイモンが消えたことを確認し、ホッと息を吐いたルーカスが後ろに隠れるシルファに声をかけた。
「はい……まさか、ルーカス様が助けに来てくださるなんて……」
未だに信じられない。もう何年も魔塔から出たことがないルーカスが、こうして魔塔の外にいるなんて。
シルファの問いに、ルーカスはシルファの胸元で控えめに光るブローチを指差した。
「そのブローチが君の危機を知らせてくれた。持ち主が身の危険を感じたら、知らせてくれる魔導具だ。君の危機を検知してすぐに、ブローチを座標にして魔塔から転移してきた。それにしても、しつこい男だ。最近大人しくしていたかと思ったが、気を付けねばならんな。あの異常なまでの執着はなんなのだ」
ルーカスは眉間の皺を深めながら、自問するように呟いた。
シルファは半ば呆然としながら、胸のブローチにそっと触れる。
「ブローチが……ありがとうございます。ルーカス様が助けに来てくれなかったらと思うと……あは、今更手が震えてきました」
気丈に立ち向かったシルファであったが、本当はどうしようもなく恐ろしかった。
あのままデイモンに連れ去られていたら、もう二度とルーカスには会えなかっただろう。
息が詰まって苦しくて、大声を上げることすらできなかった。
カタカタと震える手を抱き込むように買い物袋を握りしめる。すでに紙袋はクシャクシャになっていた。
ギュッと握りしめた指を解くように、優しくルーカスの手に包み込まれた。
「爪が食い込んで血が滲んでいるじゃないか。さあ、魔塔へ帰ろう」
「……はい」
ようやくシルファが微笑むと、ルーカスも笑みを浮かべて転移魔法を展開した。上位の魔導師でないと習得が難しい上級魔法を難なく使いこなすあたりがさすがといったところだろう。
そっと目を閉じると、あの日手紙で呼び出された時と同じ感覚に襲われる。
ぐわん、と世界が回り、シルファは街の路地裏から、慣れ親しんだ魔塔の最上階に戻ってきていた。
「ルーカス様!」
「げ、エリオット」
執務室に到着するや否や、鬼の形相をしたエリオットがルーカスの首根っこを掴んだ。
「おい、やめろ! 降ろせ!」
「いいえ、降ろしません。その姿で外に出て、誰かに気づかれたらどうするつもりだったのですか! 愚かすぎて言葉も出ません!」
「出まくっているぞ!」
「せめて変身魔法で姿を変えるとか、色々あるでしょうが!」
「退行魔法の弊害で自分自身に魔法はかけられないと前にも説明しただろう!」
ギャイギャイと言い合いをしている二人を前に、シルファはようやく肩の力が抜けてその場にヘナヘナと座り込んでしまった。
「シルファ! ええい、離せ!」
「あっ、くそ」
ギョッと目を剥いたルーカスが、エリオットの拘束から逃れて慌ててシルファの元へと駆け寄ってきてくれた。
「大丈夫か?」
「は、はい。緊張の糸が解けて」
ルーカスはふらつくシルファをそっと立たせると、優しくソファまでエスコートした。
エリオットはまだ説教を言い足りない様子だったが、シルファの前ですべきではないと判断したのか、「温かい飲み物を用意して参ります」と言ってキッチンへと消えていった。
パタン、とキッチンに向かう扉が閉まったと同時に、シルファは温かい何かに包み込まれた。




