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第11話


 しばらく街を散策していたが、少しお腹が空いたので、屋台で肉串を買って目に留まったベンチに腰掛けた。


 肉串には、牛肉とピーマンが交互に刺さっている。


 ピーマンを見ると、ルーカスのことを思い出して自然と口元が弛んでしまう。

 ピーマンだけを皿の隅に避けてエリオットに怒られる姿は本当に子供のようだ。



(今度は細かく刻んで挽肉と一緒に捏ねてみようかしら)



 なんて考えながら肉串に齧り付く。ジュワッと肉汁が口の中いっぱいに広がって多幸感に包まれる。ピーマンの程よい苦味が味を引き締めてくれてなんともたまらない。


 シルファはうっとりしながら肉串を堪能した。


 ボリュームたっぷりの肉串でお腹が満たされたので、次の目的地へと向かう。街で人気の菓子店だ。


 ルーカスは仕事柄頭を使い続けているため、よく甘味を口にしている。疲れた脳には糖分だ。今日のお土産にと、クッキーとフィナンシェを選んで包んでもらう。もちろんエリオットの分もだ。クッキーに合いそうな紅茶の茶葉も購入した。


 美味しそうにクッキーを頬張るルーカスを想像すると、またしても笑みが溢れる。


 そして、はたと気がついた。



(私ったら、魔塔を出てからずっとルーカス様のことばかり考えているわ)



 シルファを一喜一憂させ、穏やかな気持ちにさせる人。


 いつの間にそれほどまでにシルファの心の奥深くまで入り込んでいたのだろう。



(なんだか、無性にルーカス様に会いたい)



 今から戻ればちょうどおやつどきに間に合う。エリオットはもう今日のおやつを用意してしまっただろうか。


 まだゆっくり街を散策する時間は残っているが、シルファは踵を返して最初に訪れた本屋に向かった。

 買おうと決めていた二冊を無事に購入し、魔塔への帰路を急ぐ。近道をしようと、細い路地を選んでひたすら魔塔を目指す。


 自然と早足になってしまっていることに、シルファは気づいていない。



「おや、誰かと思ったら……シルファくんじゃないか」



 不意にかけられた声に、花が咲き誇る野原を駈けるように浮き足立っていた気持ちがスウッと冷えていく。青々とした空を暗い雲が覆い隠し、急速に草花が萎れていく。


 足が鉛のように重くなり、地面に縫い付けられたように動けなくなる。


 大通りから漏れ聞こえてくる賑やかな喧騒が遠のいていき、温かく優しい鼓動を刻んでいた心臓が嫌な音を立てて軋んだ。



「……スペンサー部長。ご無沙汰しております」



 ゆっくりと振り返ると、そこにはいつもの人の良い笑顔を貼り付けたデイモンが片手を上げて立っていた。



 ――どうして、ここに。



 いや、もう魔塔は目と鼻の先だ。用事で外に出ることもあるだろうし、もしかするとデイモンも今日は休暇なのかもしれない。


 だが、あと少しで大通りに出るというところで、なぜ最も会いたくない人物と遭遇してしまうのか。路地に人通りはなく、最悪のシチュエーションに思える。


 本とお菓子が入った買い物袋を胸に抱きしめ、シルファはデイモンに向き合った。



「ああ、本当に久しぶりだね。それにしても、君はひどい子だ。あんなに気にかけてやったのに、挨拶の一つもなしに居なくなってしまうなんて。それにオルディル卿と結婚しただなんて、おかしな話じゃないか……君は僕のものだというのにね」



 この男は一体何を言っているのか。


 薄らと笑みを浮かべてはいるが、その目は笑っていない。


 シルファは誰のものでもない。どこまでシルファの尊厳を踏みにじれば気が済むのだろう。

 腹の奥底で怒りが煮えたぎり、シルファはキッとデイモンを睨みつけた。


 真っ直ぐにシルファを見つめるデイモンの目は、どこか怜悧な印象を受ける。シルファを見ているようで、見ていないような不気味な眼差しだ。



 デイモンはシルファを通して何を見ているのだろう。



「君は置いて行かれた僕の気持ちを考えたことはあるかい? ああ、そうだ。きっと何か弱みでも握られているのだろう? なるほど、そういうことだったのか。魔塔の主は冷徹無慈悲で有名だ。僕でさえほとんど会ったことがないお人だからね。君は脅されているのだな。そうでなければ接点も何もない君と結婚だなんてあり得ない話じゃないか。ええ? 本当は困っているのだろう。分かってやれなくてすまない。僕が助けてあげよう。さあ、このまま僕と一緒に逃げよう」



 デイモンはどこか虚な目でそう言うと、シルファの手首を掴んだ。



「いやっ!」



 拒絶しようにも、思った以上に強い力で掴まれていて振り解くことができない。


 どうしてデイモンはここまでシルファに執着するのだろう。その表情は切迫したようでもあり、普通ではないことだけは分かった。


 逃げなければ。シルファの防衛本能が叫んでいる。



 こういう時、せめて自衛の魔法でも使えれば――



 悔しさを噛み殺し、掴まれていない方の手でギュッと買い物袋を握りしめると、お菓子の甘い香りが鼻腔をくすぐった。思い浮かぶのはルーカスの優しい笑顔。



(帰らなきゃ。ルーカス様のところへ)



 シルファは浅くなっていた呼吸を整え、毅然とした態度で口を開いた。



「私は望んであの人の妻になりました。何も知らないくせに、勝手なことばかり言わないでください! 先ほどの言葉は夫を侮辱するものと捉えます。今すぐこの手を離してください!」


「いいから来なさい。ああ、可哀想に。君もきっと洗脳されているのだろう? さあ、僕が君を救ってあげるから――」



 話が通じない。シルファに焦りの色が見えたその時。



「その必要はない。薄汚い手を離せ」



 焦がれていた人物の声に、思わず瞳が揺れる。



 ここにいるはずがない。そのはずなのに、どうして。



 物陰から姿を現したのは、ローブに身を包み、フードを深く被った小柄な少年――ルーカスだった。


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