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第10話


 それからさらに十日後、シルファは今、一張羅のワンピースを身に纏っている。


 淡い水色のシャツに紺色の膝下丈のフレアスカート。裾に入れられた白のラインがアクセントとなっている。いつも下ろしている髪もゆるくポニーテールに纏め、久々の外出に心が浮き足立っている。


 ルーカスと契約結婚をしてすでに二ヶ月近くが経過した。


 魔塔の様子に詳しいエリオットによると、ルーカスとシルファの結婚に関心を示していた職員たちも平常運転に戻りつつあるらしく、デイモンも目立った動きがないため、そろそろほとぼりも冷めた頃だろうと久々の外出許可が出たのだ。


 魔塔の最上階に来てからも、シルファはしっかりと休暇をもらっている。とはいえ、どこにも出かけることができないため、大抵は書庫で読書をしたり、魔法の勉強をしたりと、特に代わり映えのしない休日を過ごしてきた。


 今の生活に不満こそないが、外に出られるのは素直に嬉しい。



(街に出るのは本当に久しぶりね。まずは本屋に行って、ルーカス様とエリオット様にお土産のお菓子を探して……)



「シルファ」



 念の為、魔塔の下まではエリオットが送ってくれることになっているため、彼を待っている間に今日の予定を頭の中で組み立てていると、ルーカスに声をかけられた。



「はい」



 いつの間にかすぐそばまで来ていたルーカスは、チョイチョイっとシルファを手招きした。



(腰を落とせってことかしら?)



 少し屈んでみせると、ルーカスはシルファの胸元に手を伸ばして何かをつけてくれた。



「外に出るならこれを肌身離さずつけておけ」


「……ブローチ?」



 キラリと胸元で輝いたのは、小さなビードロのブローチだった。


 黄色いガラスでできたブローチは、光を反射するとまるでルーカスの瞳のように美しい光を放った。



「ありがとうございます」



 シルファは表情を綻ばせ、両手で包み込むようにブローチに触れた。



「シルファ様、準備はできましたか? ……それは」



 約束の時間ぴったりにエリオットが執務室に入ってくると、すぐにシルファの胸元に光るブローチに視線を向けた。そして眼鏡を押し上げながら、どうしてか物言いたげな視線をルーカスに向ける。



「……なんだ」


「過保護だな、と思いまして」


「うるさい」


「ん?」



 エリオットは呆れた顔をしているし、ルーカスは頬をほんのり染めながら、拗ねたように唇を尖らせている。

 シルファだけが会話についていけていない。どういうことだろう、と首を傾けていると、エリオットに「行きましょう」と声をかけられた。



「では、行ってきます」


「ああ、楽しんでくるといい」



 こうして、シルファはルーカスに見送られながら、久方ぶりに魔塔を出た。




 ◇



 魔塔に篭っている間に、すっかりと過ごしやすい季節となっている。

 新緑が青々と生い茂り、木陰は程よく涼しい。頬を撫でる風も心地よい。


 魔塔を降りたシルファは、まず真っ先に本屋へと向かった。


 ルーカスにたんまり給金をもらっているため、今日は奮発して二冊ほど本を買おうかと思っている。荷物になってしまうので、まずは下見を。それから帰りに目星をつけた本を買って帰るという算段だ。


 隅から隅まで本棚を確認し、小一時間ほどかけてたっぷり吟味した結果、子爵家でよく読んでいた冒険小説と、その続編が出ていたため合わせて二冊購入することに決めた。


 ホクホクした気持ちで通りに出て、街ゆく人々を眺めながら歩みを進める。


 ちょうどいい気候で、シルファの足取りも自然と軽やかになる。

 休日とあって、友人同士や家族連れで街は賑わっている。



(サイラスを誘えば良かったかしら。でも、契約結婚のことは話せないし……)



 出来損ないのシルファにとって、友と呼べるのは同僚のサイラスだけだ。


 エリオットの計らいで、最上階の一つ下の階で作業をするようになったサイラス。最近では、シルファもエリオットの付き添いでメンテナンス対象の魔導具をサイラスに直接手渡すこともある。とはいえ、以前のように一日中一緒にいるわけではないので、積もる話もあるというもの。



(いつか、ルーカス様が元の姿に戻ったら……一緒に街歩きをしてくれるかしら)



 仲睦まじく歩いている恋人同士を見つめながら、ぼんやりとそんなことを思った。


 ルーカスは元の姿に戻ってからもシルファに離婚を切り出すことはないと言ってくれている。実際、ルーカスはシルファにとても優しく、対等に扱ってくれている。


 もう二ヶ月も共に時間を重ねてきた。自惚れでなければ、二人の関係は良好だと思う。

 彼の言葉通り、きっとルーカスはシルファが望むのならば、ずっとそばに置いてくれるだろう。


 けれど、不意に考えてしまう。

 本当に自分はルーカスに相応しいのか、と。


 片や王国一の天才魔術師。片や、魔力を吸い取り中和することだけが取り柄の落ちこぼれ。魔導士と名乗るのも烏滸がましくて名乗れていない小娘だ。



(魔力が強くて、魔導具の知識も豊富で……そんな女性が現れたら、ルーカス様だってその人がいいって考えを改めるかもしれないわ)



 シルファとルーカスはかりそめの夫婦。互いの利のために結ばれた契約結婚。


 魔塔の最上階で過ごしていると、幸せな時間が永遠に続くのではないかと錯覚してしまう。


 けれど、魔塔の外に出てみれば、やはりその頂は遠い。

 本来、地下で過ごしてきたシルファにとって、手の届かない場所なのだ。



(……ダメダメ。せっかく久しぶりに外に出たんだから、楽しいことだけを考えよう)



 シルファはふるりと首を振ると、余計な考えを頭から篩い落とした。


 視線を上げれば、首が痛くなるほど高く聳え立つ魔塔が見える。

 ルーカスはきっと今も研究に没頭しているのだろう。


 シルファは無意識に胸元のビードロのブローチを指で撫でながら、再び前を向いて歩き始めた。


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