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第9話


「む、加減を間違えたか」



 その日の夕方、書類仕事を手伝っていると、ルーカスの独り言を耳が拾った。


 顔を上げて様子を窺ったシルファは、思わず目を眇めた。どうやら回路に流し込む魔力量の調整を読み違えたらしく、新型ランプが眩し過ぎるほどの光を放っていた。


 魔導具に回路を刻む時、魔導師は自らの魔力を流して術式を構築していくのだが、魔力量を誤ってしまうと魔導具は正常に動作してくれない。注いだ魔力が少なすぎる場合は、新たに注ぎ直せば事足りるのだが、注ぎすぎた場合はそうもいかない。


 どうやら普通の魔導師は、人や物といった対象から魔力を吸うことはできないらしい。そんな芸当ができるのはシルファだけだと言われた時はとても驚いた。


 そのため、回路に魔力を注ぎすぎた場合、その魔導具は失敗作とされる。分解されて再利用できる部位は再利用され、残りは廃棄されることになる。


 煌々と輝くランプを眺めていると、ふとした考えが浮かぶ。



(飽和した魔力を吸い取るのと同じ要領で、余剰な魔力を吸えば……もしかすると)



 このままだとせっかくルーカスが作り上げた魔導具がバラバラに分解されてしまう。同じ執務室で日々仕事をしてきて、彼がどれほど魔導具を大切に扱い、研究に没頭しているかを知っているだけに、どうにかしたいという気持ちが膨れ上がる。



「あ、あの……魔力を注ぎすぎたのでしたら、私が吸収してみましょうか……?」



 椅子に浅く腰掛けたまま、小さく手を上げておずおずと申し出ると、ルーカスは数回目を瞬いた後、「それだ!」と大きな声を上げた。



「どうして今まで気がつかなかったんだ! 俺は馬鹿か。シルファ、是非頼む。うまくいけば、研究効率がグンと上がるぞ」



 ワクワクと期待に満ちた目で新型ランプをシルファに手渡すルーカス。


 果たして彼の期待に応えられるのかと、一抹の不安がよぎるが、シルファは深呼吸をして両手を新型ランプに添えた。



(きっと大丈夫。メンテナンスと要領は同じだもの。溢れた魔力だけを吸い取るイメージで)



 ゆっくりと目を閉じると、回路に収まりきらなかった魔力が揺蕩っているのを感じた。


 行き場もなく漂っている魔力を導くよう吸い上げていく。あとはいつものように体内で練り上げた魔力と混ぜ合わせて中和させればいい。


 両手のひらを上に向けると、無事に中和された魔力が光の粒子となって消えた。



「で、できました……?」



 恐る恐る目を開いてルーカスに新型ランプを返す。ルーカスは鋭い眼光で新型ランプを上から下から観察している。



(うまくいったと思うけど……制作途中の魔導具に触れるのは初めてだし、勝手が違うのかもしれないわ)



 王国一の魔導師を前に、出過ぎた真似をしてしまったかと肩を縮ませていると、ルーカスが勢いよくシルファに抱きついてきた。



「すごい! すごいぞシルファ! 君は女神だ!」


「ひゃあっ!? ル、ルルル、ルーカス様っ!?」



 シルファは椅子に座ったままだったので、子供の姿をしたルーカスとちょうど目線の高さが同じぐらいになっている。


 そんなルーカスが抱きついてきたので、顔の真横にルーカスの顔がくることになり、カッとシルファの頬が熱を持つ。


 視界の端ではルーカスの後頭部で緩くまとめられた濡羽色の髪がゆらゆら揺れている。


 ぎゅうぎゅう抱きしめられて目が回りそうになったところで、ようやくルーカスはシルファの両肩に手を置いて身体を離してくれた。



「シルファがいれば、失敗を恐れずにどんどん新しい魔術式を試すことができる。少しずつ新規開発部や回路構築部からの依頼をメンテナンス部で請け負ってもいいな。自分たちの研究の一助となると分かれば、職員のメンテナンス部に対する考えも変わるかもしれないぞ」



 無邪気な子供のように嬉々として語られ、面映いがじわりと嬉しい気持ちが胸に広がる。


 ルーカスの契約上の妻となってから、本当にたくさんの発見がある。新しい自分がどんどん見つかるようで、毎日が楽しくて仕方がない。何より、幼い頃より憧れ続けてきた魔導具の開発に少しでも携わることができる。そのことがたまらなく嬉しい。



「シルファさえ良ければ、これから無理のない範囲で俺の研究を手伝ってくれないか?」


「っ、はい、喜んで!」



 言葉を詰まらせながらも、前のめりに返事をする。ルーカスはただ笑ってシルファの覚悟を受け止めてくれる。


 その屈託ない笑顔を見て、いつか母に言われた言葉を思い出した。



『あなたの力を必要とする人は、きっといるわ』



 ルーカスはシルファの存在価値を見出してくれる。視野を、世界を、そして未来を広げてくれる。



(もっと、もっとルーカス様の役に立ちたい)



 早速デスクに戻って回路の修正を始めたルーカスを見つめながら、シルファは熱くなった胸に両手を添えた。


 いつの間にか、生まれて初めて抱く感情がシルファの胸の奥深くに芽吹き始めていた。


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