第7話
翌朝。
布団がとても温かく、脳はすでに覚醒しているというのに身体が起床を拒んでいる。
いつまでもずっとこうしていたいと思うが、残念なことに今日も仕事だ。ルーカスの助手見習いとして覚えるべきことはたくさんある。それに、大切なメンテナンスの仕事もある。
よし、と気合を入れて目を開けると、目の前に幼気な少年の美しい寝顔があった。
「ひえっ」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまい、慌てて鼻先まで布団に潜り込む。
広いベッドの両端で寝たはずが、どうしてベッドの中心で向かい合うように眠っているのか。
シルファが混乱している間に、ルーカスも長いまつ毛を震わせて、ゆっくりと目を開いた。
「ん……ああ、おはよう。奥さん」
「おく……!? お、おはようございます」
未だ微睡の中にいるルーカスは、ふにゃりとした笑みを浮かべながら、ゆっくりと小さな手を伸ばしてシルファの頬を撫でた。宝物に触れるような、そんな触れ方だ。
とろんと潤んだ黄金色の瞳は色っぽく、ずっと見つめていると吸い込まれてしまいそうに錯覚する。
「って、な、なんで……」
続く言葉が紡げずにいると、ルーカスがキョトンと首を傾けた。
「ん? 覚えていないのか? シルファが寝返りを打ってこちらに寄ってきたんだぞ」
「えっ!? す、すみませ……」
慌てて謝ろうと身体を起こすが、頬を撫でていたルーカスの手がシルファの手首を掴んで制止した。
「謝ることではないだろう。俺たちは夫婦だ。昨晩そう言ったのは君の方だろう?」
「う……」
確かに言った。だが、まさか身を寄せ合って寝ることになろうとは思ってもみなかった。
「それに、今は子供の姿なのだから、弟と寝ているとでも思えば何ともないだろう?」
「それは無理ですよっ! ルーカス様は私の夫で、中身は立派な大人じゃないですか!」
しれっと子供の姿を盾にするルーカスが憎い。シルファはこんなにも動揺しているというのに、この男はなんとも思わないのだろうか。散々シルファの心をかき乱しておいて、いざという時は子供のふりをするなんて。
じとりと睨みつけると、何が楽しいのかルーカスは肩を揺らして笑った。
「ははっ、君は俺がこんな姿でも男として扱ってくれるのだな」
「え、いや、そういう話をしているのではなく……」
ルーカスは意地の悪い笑みを浮かべ、シルファの髪を指先に巻き付けて遊ばせた。
「すまない。シルファの反応が可愛くて、つい意地悪をしてしまった。だがこれだけは言っておこう。子供の姿でシルファに手を出すつもりはない。だから安心して俺の隣で寝るといい」
そう言いながら、ルーカスは指先に巻き付けたシルファの毛先に唇を落とす。
途端に、シルファの頬はぶわりと熱くなる。
「さて、今日も一日頑張れそうだ」
絶句するシルファと対照的に、ルーカスは随分とご機嫌だ。
身体を起こしてグッと伸びをすると、ベッドから飛び降りて執務室に行ってしまった。
「し、心臓がもたない……」
シルファはしばらく布団に潜り込み、顔の熱が引いてから仕事着に着替え始めた。
この日から、ルーカスは夜通し作業をすることを辞め、極力シルファと同じタイミングでベッドに入る努力をしてくれるようになった。
就寝前の僅かな時間、シルファは日中に分からなかった理論や図式の解説をルーカスに求めた。
そしてルーカスはこの時間を魔力吸収の時間に定めたらしく、寝る前の挨拶のようにシルファはルーカスの退行魔法に組み込まれた魔力を吸収してから眠りにつくようになった。
最初こそ意識してなかなか寝付けなかったのだが、人の慣れとは恐ろしいもので、一ヶ月も過ぎる頃には、隣にルーカスが寝ていることが当たり前に感じるようになっていた。