第2話
「ああ、そうだ」
シルファが温風機をエリオットに預け、次の魔導具に取り掛かろうとしていた時、思い出したようにルーカスが顔を上げた。
「シルファには元の仕事に加えて、手が空いた時間に俺の手伝いをしてもらうつもりだ。いわば助手のようなものだから、もちろん追加の給金を支払う。俺の妻である前に、君は立派な魔塔の職員だ。仕事に見合った報酬はしっかりと受け取ってもらう」
そう言ってルーカスに手渡された給与の明細を見て、シルファは目を剥いた。
そこにはこれまでの基本給の二倍の金額が記されていた。
「昨日持ち込んだ荷物、随分と少なかっただろう。君はもっと自分のために贅沢を覚えるといい。寝室も無駄に広いが殺風景だ。落ち着いたら好きなものを買い揃えるといい」
「あ、ありがとうございます……!」
再び手元の明細書に視線を落とす。
これだけあれば、大好きな本がたくさん買える。本は高価なもので、そう簡単に手の届くものではない。これまでは節約をしてお金を貯めて、数ヶ月に一度、本屋でどの本を買おうかと悩む時間が特別なご褒美だった。
少しずつ、子爵家で読んでいたお気に入りの本たちを探して買おう。
子供向けのお伽話から、空想の世界を旅する冒険小説まで、思い出が詰まった本がたくさんある。
煌びやかなドレスや宝石はいらない。もうシルファから全てを奪う存在はいないのだから、自由に好きなものを取り戻そう。
新たに生まれた小さな目標を胸に、シルファは魔導具のメンテナンス作業を再開した。
作業の合間にルーカスの様子を盗み見ると、彼は大型の魔導具の複雑な回路を組んでいた。新たな魔導具の開発や、魔法の効果測定に実験、書類仕事など、とても多忙な様子。
放っておけば寝食を忘れてしまうと憂いたエリオットの言う通り、息つく間もなく仕事に没頭している。
けれど、その目はキラキラと輝いており、底なしの探究心が滲み出ている。
魔導具に回路を刻むには、特別な魔導具が必要になる。万年筆のようなそれは、自分の魔力を流すことで魔導具に術式を書き込むことができる代物だ。特殊なインクを使用することで、流した魔力が光の軌跡となって宙に漂う。
魔力を外に放出できないシルファには縁のないものであるが、ルーカスが描く回路は思わず見入ってしまうほどに美しく洗練されている。
書類仕事に関しては、エリオットが要点をまとめてルーカスの指示が必要なところに絞ってデスクに積んでいるようだ。ルーカスが求める文献を取りに行ったり、回路を刻むための特殊なインクを補充したりと、涼しい顔をして相当な業務量をそつなくこなしている。最上階から降りることができないルーカスに代わり、他の階や外に足を運ぶのもエリオットの仕事となっている。
先ほどルーカスはシルファを助手に、と言っていたが、果たしてシルファが手を出す余地があるのかどうか。
ルーカスの描く美しい回路は、いつまでもずっと見ていられる。そう思いながらも、自分の仕事に意識を集中させた。