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第1話


 翌朝、魔塔の最上階には続々とメンテナンス依頼の魔導具が運び込まれていた。


 魔導具を運搬してくれたのはエリオットだ。関係者以外立ち入り禁止の魔塔最上階であるため、そう簡単に職員が近づくことはできない。



「今日は九件ね」


 シルファはエリオットから受け取った依頼書に目を通し、ひとまず小さいものから着手しようと決めて温風機を手に取った。


 シルファが昨日使ったものより随分と型が古い。きっと長く大切に使われてきたのだろう。


 始業時間までに搬入されたシルファのデスクに温風機を運び、椅子に腰掛けた。



「旧式の温風機だな」



 両手を翳し、さて、と目を閉じかけた時、興味津々といった様子でルーカスが手元を覗き込んできた。


 ルーカスはどうも距離感が近い。急に毛先が触れるほどの距離に来られると心臓が跳ねてしまうのでやめていただきたい。


 今朝のことだってそうだ。

 朝目覚めると、寝室にルーカスの姿はなかった。もしかして徹夜をしたのでは? と執務室を覗くと、ソファで突っ伏して寝ているところを発見して飛び上がった。心臓に悪いので、今日からは是が非でも寝室で寝てもらおうと密かに決意を固めている。このままでは心臓がいくつあっても足りそうにない。



「シルファの仕事の様子を見学してもいいだろうか」


「えっ、あ、はい。どうぞ」



 疲れた様子を一切見せないルーカスに問われて快諾するが、見られていると思うとどうもやりにくい。しかも相手は魔塔のトップ。すなわち王国一の魔導師だ。


 シルファは、(集中、集中……)と心の中で唱えながら、息を吐き出しながら目を閉じて被疑箇所を探る。


 組み込まれた魔術式で温かい空気を作り出し、その空気を循環させて吐き出すための回路にどうやら問題がありそうだ。


 シルファは手のひらに魔力を集中し、滞留した余分な魔力を集約するイメージで吸い取っていく。手のひらがほんのり熱くなってきたら血の巡りを意識して取り込んだ魔力を身体に巡らせる。身体の中で自分の魔力と混ぜ合わせ、身体から余分な魔力がフッと消えたら中和完了だ。


 ゆっくりと息を吐き出し、目を開く。両手を上に向けると、ふわりと優しい光が空気中に溶けて消えた。



(よかった。いつも通り、上手くできた)



 緊張してじんわり額に汗が滲んでいる。


 シルファはすっかり魔力量が安定した温風機をそっと撫でる。この温風機はこれから地下にいるサイラスの元へ届けられ、綻んだ回路を修復し、持ち主の元へと返される。



(まだまだ働きたいよね。これからも大事にしてもらうんだよ)



 そう願いを込めながら温風機を撫でていると、顎に手を当ててシルファの仕事を観察していたルーカスが嘆息した。



「美しいな」


「え?」



 思わぬ感想に、ついルーカスの顔をまじまじと見つめてしまう。ルーカスは目を瞬かせるシルファに優しい笑みを向けてくれた。



「俺は人より優れた目を持っていてな。集中すれば魔力の流れを視認することができる。この温風機の中で滞っていた魔力がシルファの中に溶け込んでいき、まるで陽だまりのような暖かな光となって昇華していった。自分以外の魔力を吸い取ることも、その魔力を中和することも普通の人間にはできないことだ。シルファはもっと自分の力を誇っていい」



 出来のいい生徒を褒めるように、ルーカスは背伸びをしてポンポンッとシルファの頭を撫でた。


 こうして誰かに認めてもらい、褒めてもらうのは両親が生きていた時以来だ。

 両親がいなくなってからは、褒められるどころか無能だ役立たずだと罵倒される日々を過ごしてきた。


 懐かしさが込み上げて思わず目頭が熱くなり、慌てて俯いた。



「あ、ありがとうございます。何も生み出すことのできない力ですが……誰かのためになっているのなら、嬉しいです」



 ズ、と鼻を啜り、笑顔を作って顔を上げる。ルーカスも「そうだな」と頷いてくれる。



「売上の観点から言えば、確かに劣化した魔導具の代わりに最新型の魔導具を買ってもらう方が収益には繋がる。だが、俺は魔導師が一つ一つ回路を組み、作り上げた魔導具が長く持ち主に愛されて欲しいと思っている。シルファ、君の仕事は誇り高い仕事だよ」



 せっかく涙を飲み込んだのに、この人はまた胸に響くことを言う。


 魔塔で最も軽んじられている仕事を、この人は美しく誇り高い仕事だと評してくれる。



「本当はあんな薄暗い場所ではなく、他の部屋に配置したいのだが、所属人数も少なく、売り上げもどの部署よりも少ない。魔塔で働く他の魔導師の反感を買うわけにも、メンテナンス部を贔屓するわけにもいかなくてな。すまない」


「……いえ。そう思っていただけていると知れただけでも嬉しいです。それに、私たちは実力で今より上の階に登り詰めてみせます」



 申し訳なさそうに眉を下げるルーカスに、シルファは拳を握って決意表明をする。


 そうだ。誰よりも魔法に精通するこの人が評価してくれているのだ。

 今まで以上に真摯に仕事に向き合って、いつか実力で地上の研究室を手に入れるのだ。


 初めて目標を手に入れたシルファの表情は、やる気に満ち溢れてキラキラと輝いている。



「ふ、そうだな。いい心意気だ。俺はシルファのそんな前向きなところを好ましく思っているぞ」


「え」



 思わず固まってしまった。


 今この人は、サラリと何を言った?


 信じられないものを見るようにルーカスを見つめるが、彼は何もなかったようにご機嫌な様子で自分のデスクに戻っていった。嵐だ。まるで嵐のような人だ。とんでもない。


 シルファは愕然とするが、きっと人間として好ましいということだろうとどうにか納得した。そうだ。それ以外にないだろう。ほとんど昨日が初対面のようなものだったのだ。地位も名誉も技術も全てを兼ね備えたルーカスが、凡庸なシルファを好きになる要素は一つもない。



(でも……他の誰でもなくて、私がいいって言ってくれたのよね)



 自由奔放で真っ直ぐで、言動はまるで少年のよう。けれど、その佇まいや雰囲気、たまに滲み出る色気は間違いなく彼が妙齢の男性であることを如実に表している。



(調子が狂う……)



 新生活初日にして、すでにシルファの心はルーカスに振り回され始めていた。


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