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第10話

 シルファは大きなベッドを背に、ソワソワしながらトランクを開けた。


 衣服の皺を丁寧に伸ばして一着ずつクローゼットにしまっていく。小さな箱に入る程度の小物も取り出して空いているところに収納する。最後に空になったトランクを片付け、クローゼットの扉を閉めた。


 そしてタイミングを見計らったようにエリオットが寝室の扉をノックし、軽食が出来上がったことを知らせてくれた。


 扉を開けると、一口サイズのサンドイッチが数種類載ったトレイを渡される。



「今日は疲れたでしょう。こちらを召し上がって、おやすみください。浴室を使われる場合は、あちらの扉から出て左手にございます」


「何から何までありがとうございます」


「空いたトレイはキッチンに置いてください。ルーカス様のものとまとめて片付けますので」



 エリオットは「では、おやすみなさい」と言って扉を閉めた。


 夕飯を食べ損ねていたので、軽食は素直に嬉しい。

 ほっと一息ついたら急にお腹が空いてきた。


 シルファはありがたくサンドイッチを完食し、キッチンにトレイを持って行く。ご丁寧に『返却はこちら』と書かれたワゴンが置いてあったので、素直に甘えることにする。


 そのまま浴室を借りてさっとシャワーを済ませ、温風機を使用して髪を乾かす。


 湯を沸かすにも、こうして髪を乾かすにも魔導具が使われている。

 魔導具のおかげで生活は随分と便利になったが、それが当たり前だとは思わないように気をつけている。魔塔で働くシルファは、一つの魔導具ができるまでの過程をよく知っている。たくさんの人の手を介し、使用者の手元に届くのだ。それはとても尊いことである。


 寝支度を整え、シルファは一瞬戸惑いつつも覚悟を決めてベッドの端に腰掛けた。



「目まぐるしすぎる……」



 ついにデイモンが強行策を取ってきたかと思えば、突然魔塔の最上階に呼び出され、あれよという間に既婚者となってしまった。


 その上、契約結婚だというのに、どういうわけかルーカスはシルファを大切に扱うつもりらしい。彼なりの誠意なのかもしれないが、事務的な夫婦となると思っていたシルファには戸惑いしかない。


 今日の怒涛の出来事を脳内で反芻しながら、ベッドサイドに置いた魔導ランプに手を伸ばす。


 これは唯一、シルファが継母の手から守り抜いた思い出の魔導具だ。


 そっとランプの柔らかな曲線を撫で、側面に取り付けられたぜんまいをひと巻きする。

 カタカタ、と小さな音がして、魔導ランプは優しい音楽を奏で始めた。


 このランプはオルゴールが内蔵されている特殊なランプだ。市場には出回っていない唯一無二の魔導具。

 シルファが六歳の頃、魔塔が二年に一度催す開放市で実母のヘレンに買ってもらったもの。魔力が滞留するたびに吸い取って中和し、大事に今日まで使ってきたシルファの宝物だ。


 開放市には、商品にならなかった魔導具や、試作品が多く陳列される。掘り出し物も多く、平民にも開放されているため、とても賑わう。


 シルファに魔導ランプを売ってくれた少年は、年齢的にも恐らくは店番であろう。ランプの製作者は席を外していたのか会うことは叶わなかったが、いつかお礼が言いたいと思っている。


 眠れない夜、このオルゴールの音色を聞けば、気持ちが安らいでいつの間にか眠ってしまう。両親を亡くし、悲しみに暮れていた時も、不当な扱いを受け続けていた時も、シルファはこのオルゴールの音色を心の支えに暗く長い夜を乗り越えてきた。


 目を閉じ、すっかり耳に馴染んだ音色を聞く。


 これからも、優しい音色と思い出を胸に、細々と生きていこうと思っていたのに――本当に、とんでもないことになってしまった。


 そう思いながらこてんとベッドに横になり、膝を抱える。まもなく、瞼が重くなってきて、シルファは静かに眠りの世界に落ちていく。




 すうすうと規則的な寝息を立て始めた頃、執務室に続く扉が音を立てずに開かれた。


 顔を出したのはルーカスだ。



「眠ったようだな」



 ルーカスはシルファを起こさないように静かにベッドサイドに移動し、魔導ランプにほんのり照らされたシルファの寝顔を見つめた。その眼差しは柔らかく、優しげだ。



「まだ、持っていたのだな。丁寧に手入れがされている」



 ルーカスはポツリと呟いて魔導ランプを懐かしむように撫でた。


 そっと灯りを消し、シルファの頭を撫でてから、再び音を立てずに執務室へと戻っていった。


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