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第9話


「これだけですか?」


「はい、これだけです」



 昇降機を使い、地上に降りたシルファとエリオットは、魔塔に隣接する職員寮に入った。


 シルファは、部屋の前でエリオットが待っている間に急いで服や下着、身の回りのものをトランクに詰め込んだ。


 元より物が少ない部屋だ。あっという間に荷造りを終えると、トランクとベッドサイドに置かれていた魔導ランプを丁寧に胸に抱いて部屋を出た。


 エリオットはあまりの荷物の少なさに、わずかに眉を上げたが、何も問わずにトランクを受け取ってくれた。シルファはランプを両手で抱え、エリオットの一歩後ろを歩く。



「あれ、シルファ? どこに行くの?」



 魔塔に戻り、昇降機を待っていると、後ろから聞き慣れた声に呼び止められた。



「サイラス! 帰ったんじゃなかったの?」


「ああ、一度帰ったさ。でも、忘れ物に気づいて取りに来たんだよ」



 肩をすくめるサイラスは、よく忘れ物をする。そして週に一度はこうして魔塔まで取りに戻ってくる。


 サイラスはシルファと話しながらも、トランクを持つエリオットを訝しげにチラチラ見ている。


 そこで、はたとシルファはあることに思い至った。



(待って、私が最上階で仕事をするようになったら……サイラスは一人で仕事をすることになるんじゃない? 人も訪れないような地下の部屋で……)



 咄嗟にエリオットに視線を向けるも、エリオットはゆっくりと首を左右に振った。



(明日からあの部屋に行けないことだけは、伝えたいのだけれど……)



 縋るようにエリオットを見つめると、彼は小さく息を吐いてから首を縦に振った。シルファはパァッと表情を綻ばせ、勢いよくサイラスに向き合った。僅かにサイラスがたじろぎ、一歩後ずさる。



「あのね、サイラス。急な話なのだけど……私、仕事部屋を移ることになったの」


「えっ!? どうして……あ、もしかして、部長のことが原因で……?」



 驚愕に目を見開いたサイラスだったが、すぐに納得したように瞳を伏せた。



「ええっと、うん。そう、だね。それもあるかな。ごめんね」


「いや、謝らないで。俺こそ、部長から君を守れなくてごめん。力のない自分が嫌になる」



 サイラスは悔しげに拳をグッと握った。シルファはそんなサイラスを諭すように優しく話しかける。彼は男爵家の次男。デイモンに楯突くことはできないと、シルファもよく理解している。



「そんなこと言わないで。私自身の問題だもの。私ね、サイラスの仕事がとっても好きよ。丁寧で、魔導具を大切に扱っているってよく分かるもの。一緒にデスクを並べて作業することはできなくなっちゃうけど、メンテナンス部の仕事は続けるから! これからもよろしくね?」



 ニコリと微笑みかけると、サイラスはようやく強張っていた表情を和らげた。



「そっか……うん、そうだね。これからも一緒に頑張ろう」



 微笑みあったタイミングで、チン、と昇降機の到着を知らせるベルが鳴った。



「じゃあ、またね!」



 ランプを片手に持ち替え、扉が閉まるまでサイラスに手を振った。


 昇降機の扉が閉まる直前、寂しげに目を細めたサイラスに後ろ髪をひかれながらも、シルファは最上階を目指した。



「戻りました」


「おう、早かったな」



 執務室に足を踏み入れると、ルーカスはデスクに向かっていた。デスクチェアに浅く腰掛け、足をプラプラさせながらものすごい速さでペンを走らせている。


 もう随分と遅い時間だと言うのに、まだ仕事をするつもりなのか。



「この人は仕事人間ですから。放っておけば、寝食を忘れて研究に没頭することがあります。私が言ってもなかなか言うことを聞きませんが、きっとシルファ様のお願いであれば素直に聞くと思いますよ。どうか、この魔術バカをよろしくお願いします」


「随分な言いようだな」


「何か間違っておりましたか?」


「うるさい」



 テンポのいい掛け合いに、シルファは思わず吹き出した。


 ルーカスは驚いたように手元の設計図から顔を上げてシルファを見た。そして視線がシルファの手元で止まり、黄金色の瞳が大きく見開かれた。



「それは……」


「さあ、寝室はこちらです。ご案内します」


「あ、ありがとうございます」



 ルーカスが何か言おうと口を開いた気がするが、エリオットは構わずに部屋を横切り続き部屋の扉を開けた。目で促されて慌てて後を追いかける。


 部屋に入ると、エリオットにより室内のランプが灯され、寝室の全容が浮かび上がる。

 キングサイズの大きなベッドがドン、と配置され、枕元にサイドテーブルが置かれている。その他にはクローゼットがあるだけの簡素な部屋だった。ベッドやランプ、絨毯や壁紙には高級感が滲み出ているが。


 エリオットはクローゼットの前にシルファのトランクを下ろした。



「ここがルーカス様の……いや、夫婦の寝室です」


「ふっ、夫婦の寝室……」



 間違ってはいないのだが、もう少し言い方はないのだろうか。わざわざ言い直さなくてもいいと思う。


 ほわりと頬を染めるシルファには気づかず、エリオットは黙々と説明を続ける。



「魔塔最上階は階段と昇降機を中心に、ドーナッツ状に部屋が配置されています。階段を降りてすぐの扉を開けると、隣の執務室に入ります。そして右回りに、寝室、キッチン、書庫と続きます。そして書庫も執務室と繋がっています。寝室に入る扉と逆側にも扉があったでしょう? あちらが書庫です。水回りはまとまっているので、浴室はキッチンの隅にございます。といっても、十分な広さはございますのでご安心ください。隣接する部屋同士が続き部屋となっていますが、それぞれの部屋は明日ご案内しますね。では、私は軽食の準備をいたしますので、シルファ様はこちらで荷解きをお願いします。クローゼットには十分な空きがございますので、自由に使っていただいて構いません」


「はい。ありがとうございます」



 エリオットは優雅に一礼すると、執務室へと戻っていった。無駄な動きが一切ない。仕事のできる男性だ。


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