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彼女に贈る言葉

作者: 縡切

この小説は『彼女が微笑う理由』の続編です。

読まなくても話が分かるようにはしてありますが、もしよければ、読んで頂けると嬉しいです。

 「やあ」

 「久しぶりだね」

 「君は還れたかな」

 人間(ひと)として、死ねたのかな。

 殺した僕が言うことじゃないけどね。



 地上から遥か上に浮遊する、無数の巨大な岩盤。それらの表面には銀色に煌めく草原が広がり、微かな光も反射して、それはそれは幻想的だ。・・・・・・この植物が生気の感じられない、虚無の空間にしか生えないということを除けば。人食い草とかじゃないだけ、マシか。

 僕が一番低い岩盤――といっても、首が痛くなるほど見上げないといけない高さなのだが、それに向かって言葉を呟けば、ゆっくりと岩盤が降りてきた。何を呟いたかは、まあ内緒ということで。声に出たか出ないか微妙なくらい小さな呟きなのに、あんな高さの岩盤には届いている、その事実は今も不気味で慣れない。たぶん、僕の顔は少し引き攣っていることだろう。傍から見れば、無表情にしか見えないだろうけど。

 降りてきた岩盤に手を掛ける。見上げるほどの高さにあった岩盤は、今では僕の腰ほどの高さしかない。僕は置いた手を支えにして、何とか岩盤に乗る。この行為をあと十回以上は繰り返さなければならないことを思うと、溜め息が尽きない。僕は決して運動神経は良くない。むしろ、平均を少し下回る。その平均も、今から二百年くらい前のものだから、今は平均がもっと高いだろう。

 さて、それから三十分後。

 やっと目的地に着いた。

 一際大きい岩盤。これこそが僕の故郷、『儚き空の国』――ザーラルキルツ。かつては世界で最も栄え、進んでいた国。今となってはただの廃墟だ。

「儚い、ね・・・・・・」

 実に皮肉だと思う。今となっては、だけど。空の国は地上に降りたことで終焉を迎えた。大体の国の人間は、地上の人間によって科学的実験台にされたか、それに怒って戦になった時、無残に散っていったか、どちらかだ。

「そういえば、僕ってどちらでもないんだよね」

 実験される前に色々あって不老不死になっちゃったから、僕だけ免れたんだっけ。

 不老不死。それは化学・魔術共に永遠の命題であり、課題である。どこから発生したかは僕もよく知らないけど、呪い返しによって継がれるとされている。

とはいえ、それを知っている奴らは大体死んじゃったしね、もう僕以外は知らないんじゃないかな?

「不老不死のどこがいいんだか」

 せいぜい、足掻くがいいさ。どうせこの世界は近いうちに崩壊するのだから。この国のように。

「って、僕も結構きてるよね」

 他人なんてどうでもいいのにね。


 建物が無残に崩れて廃墟となり、銀色の草原の中で異様に目立つそれは、神殿だったものだ。神殿といいつつ、神なんて誰一人として信じちゃいなかったけど。とりあえず祀ってましたみたいな。柱には国民全ての名が刻まれていて、結局、この国は民が全てだった。

 ふと、見覚えのある綴りを見つけた。

「・・・・・・・・・懐かしい・・・・・・」

 ロフィシエリス・ジスケルディア・アルフェント。

 長すぎるから、皆、ロフィスと呼んだ。

「というか、僕がそう呼べって言ったんだっけ」

 だって僕の名前だし。

 名が長いのは国民性。皆、必要ないんじゃないかってくらい、長かった。ジスケルディアは確か、親の名前だっけ。特に思い出らしいものも無いし、重要性も無い。まあいいや。アルフェントは国民全員が名乗る。由来?さあね。あまりにも昔のことだから、忘れたよ。

「感傷に浸り過ぎたかな」

 昔を懐かしむために此処に帰って来たんじゃないんだ。そんな理由で、面倒嫌いの僕が動く筈が無い。

 廃墟から丁度良さそうな石を探す。

「墓石って、どんなかんじだっけ・・・・・・?」

 そう、僕は彼女の墓を作りに来たのだ。


「こんなものかな」

 更に一時間。到着してから二時間は経ってしまったが、目的は果たした。

「君が死んでから五十年か」

 不老不死になると、時間の経過が分からなくなっていけない。

 墓石の下には何も無い。ただ、石が置いてあるだけだ。不老不死は死んだら消滅するから、本来埋めるはずのものも無い。だからこうやって語りかけても、そこには誰もいない。

 でも、彼女がいたという証が欲しいと思った。僕以外に此処に来る者はいないから、証があったって、誰も知らない。だから、証があろうが無かろうが、彼女の存在を知らしめるには至らない。

 たとえ、それが自己満足だと言われても。

 声を立てて軽く笑う。

「僕と君は対のようだ」

 こんな感情、思いは、不老不死になってからだった。

 全てを失った君とは大違いだね。

 墓石をそっと撫でる。墓石はひんやりとしていた。

 僕は手で握れるくらいの小さく尖った石を取り出す。さっきの廃墟で拾ったものだ。人を殺せそうなほどに鋭い。この格好で人前に出たら、僕は殺人鬼扱いされそうだなあと、馬鹿なことを思った。

 石を握りなおし、墓石を支える。

「墓石だから、彼女の名ぐらい刻まないと」

 僕以外に覚えていない、否、僕以外は死んでしまったから誰も知らない、彼女の名前。

「ねえ、リジェ」

 ヴィルリジェンヌ・ラスカルディア・アルフェント。

 普通は魔術とか機械で刻むのだろうが、生憎、僕は魔術は一つしか使えないし機械音痴だ。それに、僕がそんな用意周到なわけがない。彼女には悪いが、かなり下手糞な字になってしまった。

「いや、君はそんなことを気にする奴じゃなかったな」

 むしろ、僕より字が汚かったような。

 そこで僕は気づく。国のことに関しては大した記憶も無いのに、彼女のことははっきりと、明確に覚えている。僕は柄にも無く大笑いした。ああどうして。こんなに大切だったのに。

「ほんと、僕は馬鹿だなあ・・・・・・・・・・・・」

 守れなくて、ごめん。


 ひとしきり笑った僕は、餞別にと魔術を使った。

「凍てつく(やいば) ここに顕現」

 言葉通り、氷の剣が発生した。

 これは、彼女にとどめを刺した剣。

 普通はこんなもの、餞別にしないんだけどね。と呟きつつ、剣を墓石の前に突き刺す。他に何も無いからさ。

 そういえば、無機物を不老不死にしたらどうなるのだろうか。最初から生きてないしな。少なくとも、朽ちることは無くなるかな。

「意外と使える、かな」


 彼女の墓を中心に、魔方陣らしきものを描いていく。魔術をまともに学んだ覚えは無いから、正しいとはいえないが、何も描かないよりマシだと思う。相手が無機物というだけあって、彼女にやらせたときよりずっといいかげんにやっている。

 ま、失敗しても問題無いしね。駄目もとでやるわけだから、落胆も無い。何で描いたか?此処にはインクも無いしね、魔術といえば決まっているだろう?自分の血だよ。さっきの尖った意志でぶすりと刺して、あー血がまだ止まらない。痛みなんて百年前に感じなくなったから、どうでもいいけど、気分的に、あまり見たくない色だよね、血の赤って。


 さて。

 呪い返しを始めよう。


  その身に絡まる鎖 今一度その縛りを緩めて

  魂を天空へ 遥か彼方の虚空へと

  呪われし輪廻

  忌まわしき呪いは終わらない

  永遠を求める愚者よ

  その魂に消えることなき傷跡を


 僕の声に彼女の声が重なる。聞こえるはずの無い声。

 彼女は死んだ。僕が殺した。

 彼女は世界で唯一、科学的に成功した不老不死だった。

 けれど、不老不死の代償はあまりにも大きかった。

 彼女は始終、にこにこと笑顔だった。言葉を発すことは出来なくなった。実は、言葉に関しては彼女の演技だったわけだが。

 彼女は化け物と呼ばれた。その所以は、人間を食べることから来ている。

 共食い。自然界ではよくあることだが、人間としては異常。それ故、彼女は人間であることを否定された。僕としては、彼女は人間だと思う。僕は残念ながら、同じモノではなくなっていたけれど。

 科学者達は気づかなかった。実験が成功して初めて気づいたのだ。

 不老不死は、老いないために、死なないために、膨大な生命力を必要とする。それは、普通、人間が摂取する食物だけでは補いきれない。結果、死んで間もない人間を食べることで、何とか補っていた。

 補いきれなくなるとどうなるのか。それも実験された。結果、彼女の周囲の人間・動物・植物が突然死んだ。不可視のちからによって、あらゆるものから生命力を摂取しようとする不老不死。その存在は各国から重宝されたが、同時に危険視もされた。

 彼女が不老不死の実験台にされる時、僕は既に不老不死だった。そんな僕に、彼女は言った。

「じゃあ、私のことも殺してね」

 僕は頷くしかなかった。

 親友たっての頼みだから、最初から断る気なんて微塵も無かったけど。


  その身に絡まる鎖 今一度その縛りを緩めて

  魂を光のもとへ 遥か彼方の輪廻の向こうへと

  呪われし魂

  忌まわしき呪いは紡がれ続ける

  永遠を求める愚者よ

  その輪廻に訪れることなき終焉を


 証を残すことが彼女にとって幸せかどうかは分からないけれど、この呪いが証を永久のものにしてくれるなら、それでいいと思う。

「リジェ、僕の親友」

 さよなら。

 生まれ変わったとしても、もう、逢うことはないだろうね。


 僕は今、灰色の荒野を歩いている。因みに、歩き始めてから五日は経った。いい加減、この景色にも飽きてきた頃だ。

 あの後、僕はまた三十分ほどかけて、地上に降りた。

 地上にも、あの銀色は広がっていた。今はこの辺りにしか生えていないけど、いずれは世界各国で見られるようになるだろう。

 世界に“彼女”という不老不死はいなくなったけれど、不老不死が一人もいないわけじゃない。現に、僕も不老不死だ。さっき呪い返しで不老不死を墓石にかけたけど、僕は呪い返しを過去に二回被ったから、まだ不老不死だ。面倒なことに。

「僕だって、望んで不老不死になったんじゃないんだけどな」

 死ねるって、幸せだよ。いつか必ず終われるというのは。終わりがあるから、頑張れるんだろうな。・・・・・・今の僕は終わりが無いから、空虚に生きてる。昔も大して変わらなかったけどね。

「リジェ、君は幸せだったのだろうか」

 不老不死になって、人間を食べて、化け物呼ばわりされて。

「でも、僕としては、君がいて幸せだったよ」

 そう、僕は幸せ“だった”。

 では何故、幸せでもないこの世界を生きるのか。

「たぶん義務、なんだろうな」

 不老不死は膨大な生命力を消費する。不老不死なんて、そんな生き物は存在しない。あるのは、不老不死という呪いに生かされ続ける愚者だけ。呪いの持続に他の生命力を消費し続けるというのは、何て滑稽なのだろう。

 今、世界は崩壊へと向かっている。

 人間達が求めてやまない、不老不死の存在によって。

「僕が生きる限り、世界の生命力は奪われ続け、枯渇する。僕が死んでも、他の何かが不老不死に成り代わるのだから、どちらにしろ、世界の崩壊は避けられない」

 不老不死がいつ、どのようにして発生したのかは分からない。どのような思惑で発生したにしろ、もう止まらないのだから。

「それなら、僕は敢えて、不老不死として生きよう」

 世界の崩壊を見届けよう。

 彼女の愛した世界を。

 彼女の愛した生き物を。

 彼女が羨んだ地上を。

 彼女が口に出したわけじゃないけれど、僕は彼女の親友だから。彼女の願いぐらい、見届けたっていいだろう?どうせ、世界の崩壊は止まらないし、僕の存在を覚えてる奴もいない。


「ねえ」


 愚かな地上の民。


「これが、君たちの望んだことだよ」


 ぶっちゃけ、僕はとばっちりだよね。



 かれこれ二十年が過ぎた。早いものだ。

 世界は銀色に煌めく草原に覆われている。

 最近気づいたんだけど、この草って、生きてないんだよね。生きてたら、僕の傍で風にそよいでるわけがないんだ。何でも、不老不死の研究途中に出来たもので、絶望を食って育つ、魔術による物体らしい。育つが、生きてはいない。なんとも不思議だ。ちょっとした負のエネルギーでも育つから、こんなものをこれ以上生み出してはかなわないと、魔術的な研究は禁止したらしい。旅途中、どっかの研究所跡地で見つけた資料にそう書いてあった。

 ここまでで分かるかもしれないけど、世界は崩壊直前だ。生き物も、まあ大体、僕以外は死んだんじゃないかな。空は翳り、陽も差さず、川や海は渇き、大地は生き物が決して住めはしないだろう状態だ。実に悲惨というか哀れというか。

「同情はしないよ」

 うん。何か、神か何かにでもなった気分。

 神は、いたとしたら、こんな気分で世界を見下ろしているのだろうか。

「・・・・・・なんて、僕らしくもない」

 ああそうだ。彼女にこの様子を伝えないと。見届けると、そして近況も報告するからと、彼女の墓石で約束したのに。何か、そろそろ世界も崩れそうだし。もしかして、もう時間が無かったりするのかな?

「せめて、墓に戻るくらいの時間は欲しかったな」

 呟くと同時に、空が剥がれ落ちた。

 唖然。驚愕。言葉が出なかった。

 ガラスか何かが割れるような、高く澄んだ音を立てて、世界は崩壊を始めた。

 それは、世界があるべき姿へ向かうように見えた。

 少なくとも、僕にはそう見えた。

 無意識に震えていた身体を叱咤し、喉から何とか声を絞り出す。


「・・・・・・拝啓、僕の、親友」

 言葉を必死に選んで、もはや空ではない空へ紡ぐ。

「やっと、世界の終わりが来たよ」

「君が死んでから百年近くかかったけど、これで、もう、終わるね」

「君はいつも、世界は美しいと、生きることは素晴らしいと、言っていたね」

「僕はいつも、それをくだらない、愚かだと、切り捨てたけど、今なら、君の言い分が分からなくもないよ」

「今となっては、僕以外、何も生きていないけれど、世界が崩壊するさまは比べようが無いほどに、美しく、儚く、素晴らしいよ」

「君にも見て欲しかった」

「それとも、どこかで、見ているのだろうか」

「世界が崩壊したら、僕はどうなるのだろう」

「君のように死ねるのか、それとも、奈落へ――」

「いや、考えるのはよそう」

「でも、出来ることなら、君と同じ(ところ)へ」

「・・・・・・違うな」

「君の隣にいたかったよ」

「僕の望みは、願いは、それだけだった」

「それじゃあ、僕の親友」

「もう逢うことは無いけれど」

「リジェ」

 さよなら。

 それは言葉にする前に崩壊に呑まれてしまったけれど。

 バイバイ、と、彼女の声が聞こえた気がした。



  ――――ロフィス、幸せってなあに?


  ――――そんなの、人それぞれさ。


  ――――ねえロフィス、私たちずっと一緒だよね!


  ――――当たり前だよ。僕ら、親友だからね。


 それでも僕は願い続ける。彼女に逢えますように、と。

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