9話 父娘の共同活動
「おいウルア。狩りに出かけるぞ」
朝からまたも騒がしい。
以前は、こういうのは大抵使用人たちのいやがらせだった。
「嫌です。眠い、寒い、だるい、帰ってくたばれ」
「おいおい……言いすぎだろ」
実際言い過ぎである。父親が娘を狩りに誘いにきて、このあしらわれ方。ただしそれは通常の親子であればの話。
この二人には親子の情はほとんどないので、ぎりぎりセーフかもしれない。
「ずっと本を読んでいるのは体に毒だ。人間は体を動かさなくてはならない。特にお前くらいのそっだち盛りの体にはな」
「野蛮です。疲れる、意味ない、楽しくない、さっさと狩られろ」
今度は間違いなく言い過ぎであった。
ぐさっと、カーサスの心に突き刺さる。戦場で、どんな劣勢でも、敵の奇襲を受けようとも動揺しない男がである。
「わわっ。何をするのです!? 変態! 化け物! 大妖怪!」
「うるさい。いいから行くぞ」
ここはパワーがものを言う。物でも抱えるように、ウルアを肩に担いだカーサスは嬉しそうに駆けだす。
あっはははと声をあげて笑う姿は、子供に戻ったみたいだった。
愛馬を引っ張って来て、ウルアを乗せてやる。
初めて馬に乗った少女は、その高さに少しめまいを感じた。
「うわわっ。やばい、やばい。やばいです。高すぎて、落ちたら死にます」
「大丈夫だ。カウロスは人を振り落としたりしない。賢いやつだ」
たてがみを撫でるその手つきが優しい。多くの女性が、彼の独身時代にその繊細なタッチを望んだが叶わなかったというのに、馬はそれを独占してしまっている。
いや、一瞬独占が解けかけた。
カーサスは、自分の前に乗るちいさな存在の髪の毛を一瞬撫でかけたが、直前で手を止めた。
「なんか背中からよからぬ気配を感じました」
(鋭いがきだ)
ぎくりとさせられる発言だった。
「さあ、行くぞカウロス。はっ」
軽く腹を蹴ると、それが走り出す合図となる。
父と娘を乗せて、戦場を駆けて来た名馬がぐんぐんとスピードに乗る。
「わわわっ。し、死ぬ―」
「ははっ。大丈夫だ。しっかり捕まってろ」
「本当に大丈夫? 本当に、本当に!?」
ウルアが怖がれば怖がるほど逆にこっちは喜ぶのだが、そんなことに気づけるほど余裕があるわけがない。
地面が近くなったり遠くなったり。前を向いても視界が揺らいで怖い。
なによりも跨る足に疲労がたまりつつあり、いつ限界が来るかの不安もあった。
「カウロス、見せてやれ。お前のスピードはこんなものじゃないだろう」
主の期待に、カウロスが応えてみせる。実際まだ7割くらいの力だ。敵の大軍を割るときのスピードと迫力はこんなものじゃない。
雄たけびを上げてカウロスが今日一番のスピードを出す。同じように、ウルアも今日一番の叫び声をあげるのだった。
森に到着したとき、ウルアの顔はげっそりしていた。
使用人たちにいじめられ、ご飯を数日抜かれたときよりもその顔は青い。
しかし、数分も休めば、顔色は良くなり、カウロスがぺろりとその顔を舐めてやれば元気になってくるのだった。
「カウロスがお前を気に入ったようだ」
「なんで……?」
「さてな。しかし、名誉なことだ。カウロスはなかなか人に懐かない」
「ふーん」
そう言われると気分が悪いはずもない。恐る恐る鼻先を撫でてやると、嬉しそうにぶるぶると震えるのだった。
「ちょっとかわいいかも」
「そうだろう? 体が大きくなったら、カウロスの子供をお前にやろう」
「この子の子供を?」
「そうだ。仔馬の頃から育ててやれば、生涯お前を守る相棒になるだろう」
「あ、相棒……」
ポッと頬が赤くなる。
カーサスはその表情に嬉しさと驚きを感じた。
嬉しさは不思議だった。なぜかウルアが喜ぶと、自分まで嬉しくなってくる。まるで一つの存在であるかのように、感情を共有してしまうのだ。
驚きは、ウルアが初めて本以外に興味を示したために引き起こされた感情だった。まさか馬の話に興味を持ち、こんなにも嬉しそうな顔をしてくれるとは。
「馬、欲しい。ちゃんと勉強して育てる」
「勉強なんていらないさ。馬とは長く接すれば接するほど理解と信頼が深まる」
言っていて、それは人間も同じなのではと気づいた。
自分は今までウルアと全く向き合ってこなかった。それこそカウロスの100分の1もない程に。
「普通の馬にしない。カウロスの子は、私が世界最強の馬にして見せる!」
拳を握って目をきらきらと輝かせる。少女の野望は、カーサスが想像していたよりもはるかに飢えのものだったらしい。
「おっおう……」
カウロスも自分の将来の子供が世界最強化計画にされているとは知らず、穏やかにたたずんでいる。
「ウルア。今日森に来たのは、ただ狩りをしようっていう訳じゃない。貴族には魔物を間引くという義務があるのだ」
「知ってる。いつもやる人がいないから、バーバラが魔法の使える人を雇ってやってる」
「ぎくっ」
「貴族の義務、なのにね」
「ぎくっ」
ウルアはただの子供ではないと、改めて思い知らされる。実際、今まではバーバラに任せっきりだった。家のことだけでなく、領地のことにも興味がなかったからだ。
父親らしいことをしようとして、格好をつけた結果がこれだ。すぐに今までのツケが回ってきた。
「こ、これからはちゃんとする」
「うむ。そうした方がいいと思う。成り上があり貴族だし、いつか手痛いしっぺ返しくらいそう」
「なんでそんなことまで知っている」
「平民あがり。えせ貴族。田舎者の臭いは消しきれない」
「おいおい。俺が王都で言われている陰口をどこから?」
「使用人」
「あいつら……」
静かな声色だったが、確実に怒りがこもっていた。今度のは本気レベルの怒り。使用人たちの首が物理的に危なくなってきたのは言うまでもないだろう。
「とにかく、今日はお前に狩りを教えてやる。これは自分の身を守ることにもつながるしな」
「もしかして魔法を使える!?」
「その通りだが、魔法をぶっ放せばいいという訳ではない。相手は野生の勘があり、鼻も効く」
そのずる賢い質は、多くの貴族を死傷させてきた。
どんな魔物であれ、全力であたるようにとは、幼き貴族が絶対に教わることである。それを教わっていないはずのカーサスが、ウルアに教えることになるのは少し不思議な光景だった。
「ここからは気を付けて進む。森が深く鳴れば魔物の出現も多くなる。言っておくが、魔物中には見た目の可愛らしいのもいる」
「頭良い系だ」
「その通り。魔物に言葉は通じないと思え。遭遇しだい、排除する」
奇襲さえ受けなければ、どうってことはない。
この森に出る魔物であれば、奇襲を受けたところでカーサスには敵わないのだが。ウルアを連れて、危険な場所には来ないのも、気遣いができるようになった証拠である。
しばらく進むと、ウルアの前に片手を差し出した。
止まれという合図である。
「この先にいる」
「……わくわく」
「ワクワクするな。相手は魔物だぞ」
「でもワクワク」
少女の心の躍動は抑えきれそうになかった。
「さあ、姿を現したな」
姿を現したのは灰色の毛を持った大型の狼だった。ここら辺に現れるオオカミの魔物のボスだということがすぐにわかる。
体のサイズ、気配からして長く生きているのが明白だった。
これは予想外だったが、しかしどうということもない。カーサスはこの程度の魔物なら100を超える数を相手にしてきた。
「獰猛な魔物だ。すぐに飛び込んでくるぞ」
「ワクワク!」
魔物がこちらを睨みつけてくる。飛び込んでくるかと思われたその瞬間、魔物はそっとウルアに近づき、その足元に伏せてしまった。
「は?」
「きゃわわ」




