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6話 雪解け

 自室にて、やたらとそわそわして、考え事をするカーサス。


 主の異変に、側近であるケントが敏感に気が付く。

 (何事だ?)


 こういう姿をあまり見たことがないので、とても戸惑う。

 何かよからぬことが起きないかとこちらまでそわそわしてしまう。


「ケント」

「はっ!」

「ウルアとは、一体何者なのだ?」

「……失礼ですが、貴女様の娘ですが」

「そうなのだが。そうなのだが……うん。なぜあんなに魔法が凄いのだ?」

「貴方様も天才と呼ばれるお人です。その血を引いているのですから、才能があっても不思議ではありません」

「……それでもちょっとやりすぎじゃないか?」

 (たしかに!)


 まったく同意であった。

 同じことを今朝考えたばかりである。尊敬するカーサスが自分と同じことを考えていることが少し嬉しくもある。


「あいつまだ5歳だぞ。5歳って言ったら、一人でご飯を食べられ……るか。一人で寝れる……か。でも5歳だぞ」

「そうですね。うちにも歳の近い子供がいますが、本当に危なっかしい感じで」

「だよな? それが5歳だよな?」

「ええ」

「うーむ」


 顎に手を当てて、ひたすらに悩む。

 答えなんて出ないと思うけど、とは思いつつも変に口出しもしなかった。

 カーサス様が、一秒でも多くウルア様のことを考えてくれているのが嬉しかった。


「ウルア……に会いたくなってきた」

「おっ。それは良きことです」

「良きこと?」

「はい。普通、父親というのは娘に会いたいがるものです。それもまだ5歳のあの年頃であれば、べったべたにくっつきたがる程に」

「そういうものなのか……。お前もそうなのか? ケント」

「もちろんでございます」


 少し話してやるか。

 そう決めて、戦場から戻って以来のことを話す。


 戦場から戻ると、まずは妻と娘が涙を流しながら出迎えてくれて、今日にいたるまで祭りのように毎晩が騒がしいのだ。

 自分も妻と娘との再会が嬉しいし、彼女たちもそれ以上に喜びを表現してくれる。今朝も仕事に出るときに、二人して扉の外まで見送ってくれたりもした。


「そんなにか」

「そんなにです。戻って以来、三人で毎晩一緒にくっついて寝ているくらいですね」

「寝室が一緒なのか!?」

 そこで驚くのか。どこから説明したものかと、少し考える。


「愛する者とは常にいたがるものです。人間とはそうつくられているので」

「俺はそう感じたことはないな」

「それはあなたが規格外すぎるからです。これは良い機会ですし、ウルア様と積極的に関わってみては?」

「うーむ。しかし、何を話していいものか。魔法のことについて教えて欲しいなどと頼むは癪だし」

 ウルア様と関わると、この人はこうまで変わるのか。あまりにも新鮮なその姿に、思わず顔がにやりと綻ぶ。

(これは本当に良い傾向だ。ウルア様に興味を持てば、いずれは普通の親子のようになれるかもしれない)


「親子、いや家族というものに、上も下もありません。私は娘に無償で食事と安全な住処を与えますし、娘も私に無償で花の冠を作ってくれます」

「随分と不平等なトレードだな」

「我々は商人ではありません。その商人ですら、家では金勘定などしません」

「つまりお前は、あの小娘が今まで俺に何も与えることなく生き延びてきたが、俺には積極的に何かを与えろと申すのか」

「流石我が主、理解がはやくて助かります。その頭脳の回転の速さで、戦場でも何度も救われました」

「むっ。当たり前だ」

 褒めているようで、実は揶揄っているのだが、常識のないこの主にはバレずに済んだみたいだ。


「ふむ、話すために何かを与えるか。やはり金銭がいいのだろうな」

「いいえ。それはいわば戦術初動りに動いている指揮官みたいなものです。実戦ではなんの役にも立たないでしょう」

「なっ!?」

 驚き慌てる主の姿がかわいらしい。この人にこんな一面があること自体、初めて知った。

 もう少し揶揄いたい気持ちもあるが、最優先はウルア様の生活環境の改善である。今はその千載一遇のチャンスなので、絶対にものにしなくてはという真面目な部分が表に出てきた。


「相手の欲するものが分かれば、戦場では自ずと手玉にとれるでしょう。今回もそれと同じです」

「……ケント、お前は天才だ。やはり俺の側近して正解だった」

「ありがたきお言葉」

「ここは戦場なのだな。ウルアは言わば敵将に値する人物か。ふははは、そうとわかればたやすいな!」

「その通りにございます! では、今すぐにでも出陣いたしましょう」

「よしきた!」

 コートを見に纏い、いざ出陣す。


(新居はずいぶんと綺麗な場所だ。おかげで寝すぎてしまった)


 吹き飛んだ物置小屋のかわりに与えられたのは、貴族が済むような部屋だった。ウルアは貴族で、しかも伯爵の娘で、家を引き継ぐ可能性すらある。いままでがあまりにも異常だったのだ。

 あってはならないことが起きていたのに、それが普通になってしまったがばかりに。

 

「寝すぎて体がだるい……」

 こんなことになる。

 何時間寝たかもわからない程、寝た。枕の上はべっとりと垂れた涎が渇いて、かぴかぴになってしまっている。

 白い枕カバーと白いシーツなんて使ったことなんてなかったため、少し汚して罪悪感が湧く。


「もう一回寝よ」

 折角与えられた綺麗なお部屋。二回連続部屋をぶっ飛ばしているので、次がないとは言い切れない。むしろ、二度あることは三度あるのだ。

 手元に本がない今、ためておいた睡眠負債を生産するのがもっともよい時間の使い方まである。


「入るぞ」

 そう言いながら、室内にやってくる闖入者。普通はノック位するのだが、残念ながらこの家の主にそんなマナー意識などない。


「おっと。寝ているな。起きろ、ウルア」

「カーサス様! ウルア様は睡眠中です。無理に起こさなくても……」

「むっ。寝込みに襲撃をかけるのは戦場の基本だぞ」

「それはそうですが……」

 思わず論破されそうになるが、いやいやと首を振って正気に戻る。


「今は休戦中です。協定を破るのは問題が出てきます」

「起きてる。なに?」

 声をあげたウルア。さっき起きたばかりだ。二度寝しようとしたところで二人がやってきたので、まだ寝入ってはいなかった。


「ウルア、お前と対談しに来た」

「普通に断るけど」

「なっ!?」


 あたふたとし、ウルアを見て、次にケントを見て、またウルアを見て、ケントを見る。


「家族というのは無償で与えるものだとケントが言っていた。だからお前は無償で俺の要求に応じなければならない」

「そんなバカな話無いわよ」

「なっ!?」

 また戸惑う。どうしたものかと、悩んでいるとウルアの方から提案があった。


「世の中そんな善意でできたいないのよ! 話が聞きたいなら出すものだしなさい!」

「そうか。では本を買ってやる。それで話を聞かせろ」

「うむ。よろし」

 二人は見つめあい、がっちりと握手を交わした。


 それを見ていたケントは、まだ二人が親子としての姿を取り戻してないと感じながらも、これでいいのでは? という気持ちも芽生えていた。


「では買いに行く」

「うむ。ウルアも行く」

「そうか、では一緒に行くか」

「うむ」


 なんかこれはこれでありだなと、妻へのお土産話が出来たケントであった。


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