5話 ダメ出し
(面白すぎる~!)
約束通り買い与えられた魔法の書物を読み漁る。
時間が過ぎるのも忘れるのが、物置小屋に光が差し込まないからではないだろう。完全に没頭し、知識の世界に潜り込んでしまっているせいだ。
「カーサス様が一週間以上も家に滞在するなんて珍しいわね」
「なにかあるのかしら?」
「さてね」
物置小屋の前でされる使用人たちの噂話も、音としては聞こえているが、ウルアの耳には届いていない。
その集中力は前世の学者由来から来るものである。
しばらくすると、お腹がぐーと強く鳴る。
これまでは空腹に強かった。それなのに、カーサスが戻って以来やたらと食事を与えられすぎるせいで、空腹カウンターが通常の人のものと同じになってしまったのだ。
それ自体は成長期の体には良いのだが、カーサスはまめな男ではなかった。なんども言ってやるほど、ウルアに思うところもないという訳である。
「ちょっといいかしら?」
確認するよりも先に扉を開けて、物置小屋に入ってくる使用人たち。その表情はいつも通り嫌味な者が含まれている。
答えてやるものかと無視して本を読み続けていると、バサッとそれを踏みつけられる。
「話しかけているのよ! こっちを向いたらどう?」
ムッとした。流石に、これにはウルアもムッとした。
ボワッと魔力が漏れ出す。魔力を持たない者は、多量の魔力に触れることですら体に害を及ぼすのだが、それを感じられないのだから仕方ない。
目の前に猛毒を持った生物がいても、体感で恐怖を感じ取れなければ、舐めた行動に出てしまうのも無理はないのだ。
「なぜカーサス様がずっと城にいるか知っているかしら? 何回か呼び出されているでしょ?」
返事をしない。
どうしてやろう。
はじめて抱いた攻撃的な思考だったが、それを遮るように場に新しい人物が登場する。
「話には聞いていたが、ひどいところに押し入れられているんだな」
聞こえて来た声に、使用人たちがぞくりと背筋を冷やした。
間違えようもない、この声は伯爵家の主カーサスのものである。
「誇りが凄く、陰気なところだ。ところ、お前たちは何をしている」
ぎろりと鋭く使用人たちを睨みつける。
実の娘であるウルアに冷たい男だ。使用人たちに冷酷でない訳がない。その視線だけで、使用人たちは失禁しそうなほど怯えてしまっている。
「……それは。おい、お前が踏んづけているのは俺が買い与えた本だ」
「すっすみません! これは決して、意図的では!」
「そうなのか?」
確認されても、と少し不満げな顔をするウルア。
どう見たって意図的だろ。間違って開いた本を踏みつけるやつがあるか。しかも手の真横。危うくても踏まれかねない一である。
ほっぺをぷっくり膨らませる。しかし、カーサスが冷酷な男だと知っているので、どんな罰が下るかわかったものじゃない。
少しだけ優しさが沸いたので、こう言ってやることにした。
「さて、わざとじゃないと言ってるんですから、わざとじゃないのかもしれません。自分で判断してみては!」
「……ならたぶんわざとではないのだろう」
ズコー。危うく狭い物置小屋を滑り出すところまで行っていた。
「それならば出ていけ。俺はウルアに用があるのだ」
「はっはい!」
幸運なことに難を逃れられ、我先にとこの場所から逃げ去った。
(哀れだなぁ)
そう思われても仕方ない後姿だった。
「うるさいのが消えたな」
しゃがみ、くしゃくしゃになった本を持ちあげるカーサス。
その手で汚れを払いのけ、しわを伸ばすように紙を整えた。
「ほら、しばらく閉じていたら少しはましになるだろう」
「……うむ。ありがとう」
まさかこの冷たい、人の血が通っているかどうか怪しい人物に感謝する日が来ようとは。それでもウルアは本当にうれしかったのだ。
大好きな本を、結果的に守って貰い、こうして綺麗にして返して貰えたことに。
「それで? 何しに? 様がないなら帰って」
本を救って貰ったのは、それはそれ。厄介な客にはすぐに帰ってもらわねば。
「失礼なやつだ。用がなければ来ないはずもないだろう。お前に話があるのだ」
「なに?」
「お前、魔法を誰から習った? バーバラか? そうとは思えないのだが」
「独学ですけど」
何か? そう顔に書いてあった。
「……信じられん。この俺でも魔法を教えてくれた師がいるというのに」
「ま、そういうことじゃない?」
つまりは、自分の方が上ですよ、ということが言いたいらしい。
このわかりやすい挑発にカーサスが見事にのってしまう。
「ただの早熟なガキがよく喋ることだ」
「早熟でも5歳で頭打ちなんてありえないので、どうやってもあなたを抜きますけど!」
「ガキが。舐めてると……」
「弱いうちじゃないと勝てないから、今のうちに仕留めるんですね! わかります!」
「……ぐっ」
はい論破。ご機嫌そうに、ウルアがにっこりと笑う。少し下卑た表情なのは、やっぱり下卑た心があるからだろう。
「それに、あなたの魔法は未熟です!」
「は?」
「まだまだ成長する余地があります」
「貴様、適当なことを言うと本当に許さんぞ」
「いいや。あらゆる魔法書物を読んできて、自分でも実践したので間違いなく自身があります」
これはガチのガチ。ウルアは魔法の知識に関してだけは自身がある。基礎を固めるために、寝る間も惜しんで同じ本を何度も読んだのだ。今では諳んじて内容を口にできるほどである。
その点、カーサスは違う。書物に頼ることなく、師から基礎を教わった以降はずっと戦場でその腕を磨いて来た人物である。
それ故に、魔法の力が互角であっても、カーサスに敵わない使い手ばかりだ。戦闘経験という面において、圧倒的なまでに優位に立っている。
「……聞いてやろう」
「断ります。なんか頼み方がむかつきます」
「……教えて貰えないか?」
「うむ!」
立ち上がり、胸を張り、両手を腰に据える。
「第一エレメントと魔力が結びつくとき、感情によって魔法の精度が変わってくるのです!」
「……聞いたことがないな」
「本を読まないからです! 基本です!」
ウルアの言っていることが正しい。プライドの高いカーサスが頼み込んでまで得た情報だ。本当に否定できるとわかるまで静かに聞く耳は持っているらしい。
「あなたの魔法には否定的な感情が見て取れます! だからしょぼいのよ!」
「しょっしょぼい!?」
「うむ。しょぼいです」
カーサスにここまで対等に話せるだけでも珍しいのに、おそらくダメ出ししたのは数十年ぶりのことだったろう。子供の頃まで遡らなければ、それこそ師に魔法を教わった時以来か。
「じゃあやってみて!」
まるで新しい師にでもなったかのように、ほれほれとカーサスをせっつく。
実は楽しんでもいるが、それは悟られないようにする。
(ぐへへへ。他人の魔法を見るのも楽しいのぉ)
魔法オタクの内面がもろに出てしまった。
「このボロ小屋をふきとばすことになるかもしれんが、いいか?」
「うむ」
「では」
初めて、気持ちを意識して魔法を使ってみる。
漏れ出す冷気は、ウルアの皮膚に痛みを覚えさせる程のものだった。
「氷の魔法よ、時間すらも止めよ。ブリザード」
先日の屋根吹き飛ばし事件に続き、今日またオーレイン伯爵家の建物が一つ吹き飛んだ。
物置小屋ではるが、中にはしまわれた品もあり、住民のウルアによって持ち込まれた書物もある。それら全てが、カーサスの本領を発揮した魔法によって葬り去られてしまった。
「これが……俺の力。まだ、俺は強くなれるのか……?」
「うむ!」