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4話 光る才能

(なんか不穏な空気がします)


 またも城の中が騒がしいので、自然と何かが起きていることが理解できる。

 ただし、魔法のことと空腹で頭が一杯ではあるので、それ以上に気にすることもない。しばらくすると、いつもの嫌味な使用人たちが呼びに来る。


「カーサスが面会を待っているわ。早くして。あなたが遅れたら私たちがカーサス様に怒られかねないんだから」

「うむ。トイレに行った後でもいい?」

「……そのくらいなら」


 この屋敷で使用人たちがもっとも恐れるのはバーバラである。ただし、それは通常時のことに限りう。今日は家のことに興味を示さないとはいえ、当主であり『氷の鬼人』が戻ってきているのだ。彼の機嫌を損なえば、それこそバーバラとは比べ物にならない不幸に繋がりかねない。

 ウルアの呼び出しが遅れて、首を物理的に刎ねられる、なんてことは使用人たちからしたらもっとも勘弁願いたい事態である。


「替えの紙がきれています。ちゃんと補充してて!」

「あっはい」


 トイレから戻り、図太いウルアの様子に使用人が少し気おされる。いつもは見下し、ストレスのはけ口にしている少女が、やけに大きく見えた。彼女はやはり貴族なのだ、と改めて認識できる。

 それと同時にこみ上げてくる気持ちが一つ。もしもこの子が、この家の権力を握ったらどうなってしまうのか……。そんなことはあり得ないと知りつつも、少し背筋がぞっとしてしまった。


「めんどうですね。早く本が読みたいのに」

「……こっちよ。遅れずついてきなさい」

「うい」


 カーサスの待つ執務室に、軽快なノック音が響く。


「入れ」

 予定していたウルアの試験時間通りに、ここにやってきた。

 扉を開けて、書類仕事に取り組んだままのカーサスと面会する。


「時間通りだ。良い心がけだ。……なんだ?」

 カーサスが用があるのはウルアだけである。なぜ使用人がまだ残っているのかと、その視線は訴えかけている。


「いえっ。その……」

「褒美でも欲しそうな顔だな。……これを持って出ていけ」

 机の上にあった適当な装飾品を投げて渡す。絶対に落とさないように、両手でそれを掴みとり、使用人はそそくさと今度は立ち去った。

 カーサスが戦場から得た戦勝品、王から渡された褒章に興味がないのは皆の知るところである。この男は本当に戦いのこと以外に興味がないのである。

 

「卑しいやつらだ。バーバラなぞに仕えているからああなるのであろうな」

「……いや、普通に欲しいけど!」

「は?」

 口を挟んだウルアに、冷たい視線を向ける。

 ここでドタバタと足音が鳴り響き、ケントがやってきた。時間に疎い男ではないが、今朝から腹の調子が悪く、こうして少し遅れた次第である。

 ただし、ケントが立ち会う義理はないので、お咎めはない。これはケントがウルアを心配して、率先して立ち会っているに過ぎない。

 少し遅れてやってきたら、なんかこの父娘がにらみ合っている。カーサスもウルアも魔力が漏れ出し、バチバチとにらみ合う。

 何が起きたんだと、ケントは肝を冷やした。


「あんなキラキラしたもの、普通の人は欲しいけど! てか、ウルアにも下さいって感じ!」

「愚か者が。あんな装飾品を身に着けたところで、身の中に潜む卑しさは隠せぬわ」

「違うけど! 売って、大好きな魔法の書物を買うけど!」

「……は?」

 今度は怒りの『は?』ではなかった。まだ5歳の少女が、美しい装飾品を売って書物を買いたいと口にしている。完全に戸惑い故の『は?』であった。


 伯爵である自分が、戦場から、もしくは王から賜った代物を、簡単に売るだと? しかも、本を買うために。


「……変わった娘だ」

 まるで自分の娘じゃないかのように突き放した言い方だった。ただし、この時カーサスは、はじめて自らの娘に興味を示した。ほんのわずかではあるが、他に興味を持たれた人物はケントくらいなので、とても名誉なことである。

 そんな心情など知る由もないケントは、痛めたお腹が更に痛くなるのだ。カーサスを前に、一歩も引かないのは、ウルアが初めてだったからだ。

 あの国王でさえも、この氷の鬼人の鋭い目つきの前には、少し遠慮した話し方をするくらいだ。


「まあ良い。渡したもののがどうなろうと、興味はない。それよりも、今日はお前を試す。ちゃんと食事は与えられたようだな。魔法を数回使用して、気絶するなんて事態は避けられそうだ」

「魔法使っていいの!?」

 試す、つまりこれはカーサスに気いられるための試験だ。気に入られなければいままでの地獄が続き、気に入られれば戦場行きという地獄の2択ではあるが、試される側の喜びようではなかった。


「……魔法が好きなようだな。好きなだけ使え。俺が満足いくほど見られるなら、気絶したってかまわない」

 魔力の過剰な消費は、体への負荷になる。このくらいの年齢であれば、それは結構危険なことだ。カーサスがそんなことを知らないはずもない。傍に控えていたケントが、そんな事態だけは避けねばと心に誓う。


「うむ! じゃあ魔法でぶっとばすから、ガードしてね! あなたの氷魔法なら怪我することなく、なんとかなるでしょ!」

「俺に打つだと? ……くくっ。いいだろう」

 悪いことを思いついた表情で、カーサスが笑う。


 三人は中庭に移動し、用意されていた魔法訓練用の人形の隣に立つ。

 本来使う予定だった人形は、氷魔法に覆われて、カーサスの拳によって粉々に砕かれる。邪魔、ということらしい。

 二人の実戦形式の試験なので、余計なものは不要だ。

 側で見守るのはケントだが、実は城の隅々でこの試験を見守っている人たちは多かった。


「さぞ魔法に自信があるようだ。この俺でなければ防げないと思うほどに」

「うむ! 火傷してもあとで当たり散らかさないでよね!」

「愚か者が」


 ウルアが魔法の詠唱を開始する。

 大気中のエレメントを感じ取り、自身の魔力と結びつけ、魔法を発射した。


「ファイア!」

「ブリザード」


 飛んでくる巨大な日の球を、地面から生えて来た氷の壁で防ぐ。

 魔法と魔法がぶつかり合い、辺りに魔法での戦闘特有の魔力波が発生する。魔力の少ない人間だと、この魔力波に触れるだけで数か月間動けなくなるほどの重症を負うことがあるほど恐ろしいものだ。


「なっ……!」

 試験が思わぬ方向に進み始めていた。いつまでも魔法の衝突が終わらない。片方が勝っていれば、もう片方は打ち消されて消える。

 ウルアは全力を込めた一発。カーサスは本気で魔法を打ってはいない。それでも、舐めてかかるという程手を抜いてもいない。

 魔法がもう少しだけせめぎあい、両者相殺という形で消え去った。


 驚いたのはカーサスだけではない。傍にいたケントもである。

 戦場でさえ、カーサスに敵う相手はいない。それほどの魔法の才なのだ。いくらカーサスに殺す気がないとはいえ、5歳の少女と魔法を打ち消しあう事態など、到底あり得ないことなのだ。


 カーサスも、驚きに言葉が出てこない。

 魔法を相殺した後、少し驚かしてやるつもりだったのだ。舐めた子供に、世界の広さを、自身の恐ろしさを教えてやろうと、カウンターの魔法を用意していた。

 それを発動し忘れるほどの衝撃だった。


「ふー! 流石に敵わないか」


 疲れて座り込むウルア。その口からは悔しそうな言葉が出たが、5歳でこれだけのことをしでかしたのがどれほど凄いことか自覚していない様子だ。


「お前……何者だ?」

「ウルア! 父は冷たい人で、義母は意地悪な人!」

「ご紹介ありがとう」

「で? 合格?」

「……当然だ。お前を戦場に連れて行く」

「うむ。じゃあね」


 そそくさと背中を向け、ウルアは戻ろうとする。当主への呼び出しには応えたのだ。とっとと自失となった物置小屋に戻って、読書の続きがしたい。


「待て!」

「ん?」

「どこへ行く」

「物置小屋」


 物置小屋と言われ、一瞬理解が追い付かないカーサス。しかし、彼女を取り巻く環境をすぐに思い出し、今そこに閉じ込められていることを理解した。


「今日は本邸へと来い。まだ聞きたいことがある」

「断ります」

「……装飾品を金に変える必要だなどない。好きな本を10冊買ってやる」

「行く!」

「……やれやれだ」


 そこは子供なのだなと、カーサスはどこか納得のいかない気分になるのだった。

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