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3話 天才の子

 部屋で赤く光るシカが走っている。

 それは生物ではなく、精霊の類でもない。ウルアが作り上げた魔法であり、器用に動かしているだけ。

 屋根裏部屋を吹き飛ばし、オーレイン伯爵家に一騒動起こしてしまった罰で、今は物置小屋に閉じ込められている。バーバラが許可した罰であり、カーサスは知ってか知らずか、一切この件には関与していない。

 埃が積もっているのには慣れたが、部屋が暗いのには慣れない。

 魔法の練習もあわせて、こうしてシカを遊ばせていた。


 初めの内こそ失敗していたものの、慣れてくると制御も楽になってくる。

 今はまだ一体しか無理だが、一体ならば自由自在に動かせたりもした。


 シカに夢中で、ウルアは近づいてくる足音に気づいていない。近づく人物は後ろめたいものがあるのか、やけに足音を消していた。

 そっと錠を外し、扉を開ける。その巧みな技はまるで熟練の空き巣のようであった。


 「ウルア様。ご無事ですか」

 「あっ。変なおじさん」


 残念ながら覚えていなかった。

 二人は面識があるはずなのだが、不審者扱いされるこの男は、先日中庭であったケントである。


「ほら、焼けた書物の新品を持ってくると約束したあのおじさんです。変なおじさんではないです」

「ああ、あの」

 現金な女である。

 欲しいものを差し出された途端、記憶が明瞭になる。


「しかし、これは……?」

「魔法で作ったの」

「魔法で?」

 当然のように答えるが、ケントは訝しげな表情になる。


「こんなものを見たことがありません」

「おじさんは何も知らずに歳をとったんだね!」

 どこまでも失礼な子供である。ケントは一瞬忠誠を捨てて裏切ろうかと思うほど、イラっと来るものがあった。


「しかし、本当に見たことが無いのです。炎魔法でこのようなことを。あなたの父上は魔法の天才ですが、このような光景は一度も」

「魔法理論をきちんと理解していれば誰でもできるよ! 空気中に沢山ある第一エレメントを私の魔力を餌にして呼び寄せるの。与えすぎると前みたいにウルアの部屋をぶっとばしちゃうけど、今回のは量を抑えてエレメントたちを導くの」

「……おじさん、本当に何も知らないかもしれない」

 ケントは目の前の天才と呼ぶべき少女の前に少し無知を恥じる。それと同時に、やはりカーサスの娘なのだと嬉しくもなる。

 それだけに、より一層今の待遇に納得行かないのだが。


「このシカは君の魔力に導かれてるんだね」

「そう! でもそれだと綺麗な形にならないから、エレメントたちの動きを注意して見れるように、目のあたりにもエレメントたちを集めてるの! エレメントが体に近ければ彼らの存在に敏感になり、離れているエレメントも見れるんですよ!」

 頭を抱えるケント。

 ウルアが何を言ってるか、ほとんど理解できなかったからだ。

 それはケントに魔力がほとんどなく、魔法を勉強してこなかったのが大きいが、おそらくこの話を理解できたのは世の中にも10人といなかっただろう。

 この家の主であるカーサスは理解できただろうが、不運なことに彼はここにはいない。


「……お嬢様が楽しそうで何より。ではまたいずれお話を聞かせてください。私はそろそろ引き上げねば」

「もしかして怒れるの?」

「はい。バーバラ様に見つかるとまずいです」

 自身も厳しい罰を受けるだろうが、こうして会いに来ていることがバレたらウルアにもまた厳しい処罰があるかもしれない。ケントはどちらかというとそちらを気にしていた。


 足早に話を済ませ、ケントは急ぎ足で物置小屋から立ち去った。


(あの方は間違いなくカーサスの御子だ。そして将来は……)

 その才能に、既に心惹かれているケントは静かに自室へと引き返していった。


 早朝の密会から数時間経ち、午後にカーサスの元へと呼び出されたケント。

 日常の業務の報告をし、この場を立ち去ろうとする。


 「ちょっと待て。まだ報告することがあるだろう」

 「……と、言いますと」

 「お前が娘に会いに行っているのは知っている。ちゃんと飯を食っていたか?」

 その言葉に、ケントが一瞬表情を緩める。

 ようやく親としての自覚がこの方にも芽生えたのかと、うれしくなったのだ。

 「はい! 前回会った時より顔色は良さそうでした。しかし、相変わらずひどい仕打ちを受けているようで。どうか、カーサスのお力添えをして頂ければと思います」

 「知らぬ。死んでなければそれで構わない」

 

 悔しさで歯ぎしりが出た。

 ケントはカーサスに忠誠を誓っているし、戦場での彼を尊敬している。しかし、こうして冷酷で他者に興味がないことも知っていた。それは彼の過去に辛い悲劇が起きたのが原因だと知っているので、責める気持ちにも慣れない。

 ただただ、無力な自分が憎くなるのだ。


「……あの方は、ウルア様は、どうやら魔法の才に恵まれているようですね」

「知っている。だから戦場で使えるかどうか試すのだ」

「はっきり言って、試すまでもないかと」

「お前の見立てではダメか?」

 カーサスは他者に興味を示さない。敵は女子供であろうとも殺すし、無能な仲間などもすぐに解雇する。

 しかし、このケントという男にだけは信頼を向けている。といっても、ケントがピンチになっても、かばうようなことはしないことをケント自身も理解はしているのだが。


「いえ、全く逆です。あの方は、あの齢にして戦場をひっくり返せる程の力を持っています」

「ほう……」

 戦場でケントほど正確な情報を届ける男はいない。今回の予測も、カーサスには興味深く聞けるものだった。


「下手をすれば、貴方様以上の才能かもしれません」

 なぜこんなことを口にしたのか、ケントはわからなかった。

 もしかしたら、カーサスが父親という宿命を放棄しているからか。バーバラに好き放題やらせているからか。

 とにかく気づかない不満がたまっており、気づけば挑発めいた言葉が出たのかもしれない。


「……面白いことを言う。お前が冗談を言うなんて、初めて聞いたかもな」

「冗談ではない、と言えばカーサス様はどうなさいます?」

「くははははっ。あーははははっ」

 まったく引く様子のない部下の挑発に、カーサスは珍しく笑った。それも大きく口を開けて、愉快そうに。

 側近であるケントにも珍しい光景だった。


「実に面白いではないか。この俺異常と申すか。初めてかもしれないな。このくだらないオーレイン伯爵家の人間に興味を持つことになるなんて」

「奥様の実家であり、今はあなた様が当主です。どうか、そのようなことは軽々しく口にしないようにお願いいたします」

 貴族意識の足りない主と、どこまでも誠実な部下であった。


「ケント、ではこうしよう。約束の日、戦場で使えるか試した後に……」

 ごくりと喉を鳴らして、話の続きを待った。

 こういうとき、己の主が禄でもないことを言い出すのを彼は知っていたからだ。


「俺程の器であるはずもない。ただし、俺の期待を裏切る程度の才能ならば、いっそのこと氷漬けにして葬り去ってやろう」

「お言葉にはお気をつけくださいと申したばかりです」

「くだらぬ存在がこの世に残るのは我慢ならない。……でなければ、先に逝った者たちが納得いかないだろうよ」

 主の影の部分を知っているだけに、この言葉にはゾッとする者がある。

 もしかして、この人は本当にウルアを手にかけるかもしれない。


 ケントは肝を冷やし、今日一の腹痛を感じ始めていた。

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