2話 みつかる
「やっちゃった……」
すっかりと煤に変わってしまった愛読書に目をやりながら、自らの失態を嘆く。初めて成功した魔法は、とんでもない威力だったのだ。
失念していたというより、ウルアは知らなかったのだ。
この世界において、魔法がどれほど希少で、しかも自身がどれほどの魔力を持っているかに気づいていない。
それは元を辿れば当然のことではある。碌な教育も受けず、ほとんど軟禁状態のウルアには常識を知る機械などなかったのだから。
私魔力ある。魔法の勉強する。魔法使う。なんかとんでもねー!
これがウルアの思考の全てである。無邪気は時にとんでもない惨事を起こすことを、この時学んだ。
騒がしい声がして、この後やってくるであろう折檻に少しだけ怯える。この程度で怯えるほど、本来やわな質ではないのだが、今回ばかりは自分が悪いことを理解している。
すべての罰を受けるつもりではいたのだが、どうやら屋根上部屋にやってくる足音がいつもと違った。
逞しい足音で、人数も多い。いつもやってくる女性の使用人たちでないのは明白だ。
「何が起きた」
ほとんど灰になって崩れかけていた扉にとどめを刺して、鎧を見に纏った衛兵が入ってきた。窓からなんどか見たことがあるが、こんな近くで遭遇するのは初めてだ。
珍しい彼らの登場に、少し目が輝く。
「鎧、かっこいい!」
事態を理解しきれていないのか、また無邪気なことを口にするウルア。
「煤まみれの少女……お嬢さんがこれをやったのかい?」
「ごめんちゃい」
ぺこりとお辞儀をして謝罪する。
やったことは素直に認めるタイプだ。
「お嬢さん、なぜ君が魔法を? 見た感じ、貴族には見えないが。とにかく、伯爵様へ事情を説明しなくてはならない。一緒に来てくれるかい?」
「ふぁい。行きます」
とことこと後ろについていく。1週間くらいの飯抜きの罰くらいは覚悟している。そうなったら盗み食いを解禁するが、とりあえず表向きには罰を受けるつもりだ。
(飯抜き5日で手を打ってくれないかな)
衛兵に連れられて中庭に行く。我が家であるはずなのに、中庭に出たのは実に数年ぶりだった。痩せて体には傷があり、煤まみれの少女が伯爵をはじめ集まった面々の前に姿を晒す。
その痛ましい姿に、口を覆う者もいた。
「伯爵様。今回の爆発を起こしたと思われる少女を連れてきました」
「こいつが……?」
伯爵様と呼ばれた、青い髪の男がウルアを冷たい表情で見下ろす。その切れ長な目と、端正な顔つきが、より一層彼の冷たい性格を際立たせていた。
長身の男と少女がしばらく見つめあう。
伯爵の手が伸び、少しうつむいていたウルアの顎をくいっと上に向けさせる。
ウルアの大きな黄金の目、汚れでくすんではいるが、元は綺麗な金髪も伯爵の目に入る。
「お前まさか、カナテの娘か?」
ここでようやく気付く。目の前のやせ細った少女が、自分とカナテと呼ばれた女性の子供だということに。
一方で、ウルアの方はとっくに気が付いていた。それもそう。ここは伯爵家で、この人はこの家の当主なのだ。存在を知らないほうが不自然である。
前世の知識もあるし、自身が貴族だということも理解している。
今の不遇をこの人に訴えかければいいのでは、そう思っても仕方ないが、ウルアは更に知っていた。
このカーサス・オーレイン伯爵が他人に全く興味がないことを。
カーサスは平民出身なのに、魔法の才に恵まれた珍しい存在で、戦争での活躍により今の地位を得ている。貴族の名誉にも、お金にも興味はない。
この男はただただひたすらに戦争で勝ち続けることにしか興味がない。
戦場での異名は『氷の鬼人』。
彼の氷魔法を目にして、生きて帰ることは非常に稀らしい。
ある意味でウルアとは似た者同士だ。
ウルアもひたすらに魔法にしか興味がない。だからこそ、自らの不遇にも無頓着でいれた。
つまりは、父であるはずのカーサス・オーレインは、本来頼れるはずの人物であるが、実は全くそうではない。
幼いながらにもそれを理解し、これまで全く頼ってこなかった。
今このときでさえも。
「うむ。ママの名前はカナテ。私の名前はウルア。得意なことは詠唱呪文でのラップ」
「……そんなことは聞いていない」
ウルアの独特な自己紹介に、氷の鬼人でさえ少しだけ戸惑った。
「では、この方はカーサス様の血を引いたオーレイン家の血縁……。なっなぜ彼女がこのような姿に」
部下の男が戸惑う。
てっきり、ウルアのことを使用人か誰かの子供だと勘違いしていたのだ。爆発で動揺していたが、今冷静に見てみると彼女の姿は異常そのものである。
使用人の子供にしても、明らかに虐待の跡がある。それに、骨と皮ばかりの体は、何日もご飯を食べていないと容易に想像できる。
「しかし、カナテ様の子供は、出産のときに一緒に死んだと報告が……」
「どうせバーバラ辺りが隠ぺいしたのだろう」
バーバラとは、ウルアが今の不遇を被ることになった元凶である。カーサスの正妻で、生粋の貴族の血を引く女性。カーサスが戦場ばかりに足を運び、家のことをないがしろにしているので、オーレイン伯爵家の実権を握っているのは彼女に等しい。
カーサスの予想は当たっており、部下はそのむごい仕打ちに顔を背ける。自らが何もできなかったのを悔やんでいるのだろう。
けれど、事実が分かったところで、この男は特に対応することもない。
「魔法が使えるのか?」
「うむ。得意」
「屋根裏部屋を吹き飛ばしのは炎魔法か?」
「うむ。やりすぎた。ごめんちゃい」
当主とその娘のやりとり。そこに親子らしさは毛ほどもなかった。
「戦場で使えるかもな。飯を食わせて支度させろ。三日後にどれほど使えるか試してやる」
「カーサス様!?」
部下の男がその言動に驚く。この場で一人だけまともな男がいれば、彼だけだろう。
名をケントと言い、長らくカーサスに仕えて来た弓と剣の名手だ。年は30を過ぎたばかりで、自身にも子供がいる。それゆえに、目の前の親子関係にとんでもない違和感を覚えるのだ。
「彼女は、貴方様の娘です。オーレイン伯爵家の血縁者が、なぜこのような仕打ちを……」
「興味はない。使えれば使うだけだ。使えなければ、バーバラの愚息と同じグズなだけ」
「しかし……!」
「もういい。行け。ケント、お前ももう休め」
そう言い残し、カーサスはウルアとケント、そして集まった使用人と衛兵たちに背中を向けて城へと戻る。
「ほっ。てっきり怒られるかと思いました。ぎりセーフ」
「そんな呑気なことを言ってる場合ではありませぬ!」
父親らしいことをしないカーサスと、どこまでも呑気なウルア。常識人のケントだけがこの場で気苦労を抱えていた。
「ウルア様、あなたはカーサス様の娘なのです。この愚かなケント、今まであなた様がこのような目にあっていることなど知らず……お許しください。どうか、これからは困ったことがあればこのケントに」
「……本が焼けちゃったので、新しいのを買ってください。お代は出世払いで!」
「その程度造作もないことです」
跪いて、約束は守ると誓う。
そして続けざまに、ケントは殺気の籠った視線を使用人たちに向ける。その使用人たちは、これまでウルアをいじめてきた面々だ。
恐怖を感じ、顔色を悪くする。相手はケントだ。弓と剣の名手だけでなく、彼はカーサスの右腕でもある。この家の重鎮に睨まれれば、使用人程度ではどうしようもない。
けれど、ここで更に予想外の人物が登場した。
「ケント。黙りなさい。わたくしの使用人を脅したら、ただでは済まさないわよ」
「……!」
登場した人物が場を凍らせる。皆首を垂れて、彼女と視線を合わせないようにする。
「バーバラ様……」
「ケント、誰の許可があってわたくしの使用人に命令をしているのかしら?」
「すみません、奥様。差し出がましいことをしてしまいました」
「よく理解しているじゃない。カーサスのお気に入りだからって図に乗っているようだから、しっかりと釘をさしておくわ」
手にしていた扇でパシッと鋭くケントの肩をた叩く。
「カーサスならともかく。この子の処遇はわたくしが決めます。いいですね?」
「……はっ」
ケントにはどうしようもない程の権力差がここにはあった。