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10話 奇跡の力

 魔物に詳しいものが見たら、その光景に仰天することになっただろう。いや、普通の見識を持っていれば、誰しもが驚いたに違いない。


「……油断するな。狡猾な魔物は、親し気な態度をとって取り入ってくるぞ」

 カーサスは自分で言いつつ、心の中では否定してしまっている。

 擬態する魔物や、友好的な態度をとって欺いてくる魔物はこの辺にはいない。目の前の魔物は勝手知った相手だ。

 何度も戦ったことがあるので、その特性を知っている。


 非常に獰猛で、人を一度見かけると死ぬまで追い続ける危険なものだ。

 それなのに、ウルアに体を伏せ、どうにでもしてくださいと言わんがばかりの態度だ。


 すぐそばに控え、何かあったときの為に反応できるようにしてはいるものの、本気で魔物から殺気が感じられない。だからこそ、カーサスは目の前の光景に戸惑い、どうしたらいいか動けないでいた。


「可愛い子ね。よーしよし。よーしよし。ほらほら」

 普段、本にしか興味を示さない少女が、魔物をペットのごとく手懐け、撫でまわしている。獰猛な牙は姿を現さず、そのふわふわな毛が少女の肌と触れ合う。


「やめておけ……。魔物は、決して人間とは……」

 魔物の常識を口にするものの、目の前ではそれを否定する状況が起きている。

 「ああ、嫉妬ですか」

 魔物は当然だが、カーサスには懐かない。それを嫉妬とみなされたが、そんなわけがない。たしかにその毛は、商人の間で取引されるほど質の良いものだが、そんなものに興味を示したつもりは無い。


「違うが、そういえば魔力を感じない」

 魔物というだけあって、魔物は魔力を扱う生物だ。魔力のない人間では対応できないので、貴族や魔力のある人物が対処するしかない。

 目の前の生物は間違いなく魔物なのだが、不思議といっさい魔力を感じなかった。

 そこで気づく。


 ウルアの黄金の目がきらきらと輝いていることに。

 まるで涙を溜め込んでいるかのごとく、瞳が美しく輝く。


「ウルア……それは」

 指で流石、本人は首をひねって何のことか理解していない。

 無自覚の力らしい。


「まさか、これが禁呪の力? 魔力を打ち消す力か。そういえば、禁呪の子とはそういうものだと聞いたことがあったな」

「へー。不思議人間ってことね」

「お前……自分のことだぞ」

 まるで興味ないのか、また魔物と戯れ始める。


「まあ都合のいいことだ。無抵抗だし、このまま葬る」

「絶対ダメ!」

 これまでに聞いたことのない大きな声でウルアが遮った。

 両手を広げ、魔物とカーサスの間に立ちはだかる。


「……いや」

「なんで俺がやられる側なんだ。いいかウルア。魔物をどうするつもりだ? お前といる間はたしかに奇跡が起きて危険がないかもしれない。ただし、お前がいなければこいつは領民を襲うぞ」

「……飼う」

「ダメだ。散歩とか大変だぞ。餌はどうするんだ?」

「できるもん! 絶対できるもん!」


 たぶん、論点はそこじゃないはずなのだが、二人は面倒を見切れるかどうかに集中してしまっている。

 伯爵家の城は広く、領地は潤っている。

 魔物の一匹や二匹、いや一万匹でも余裕で養えることだろう。


「お前な。こういうのは思っているよりも大変なんだ。面倒が見切れないって根をあげても、捨てるわけにはいかないんだぞ。馬と一緒だ。一度選んだら、そいつは生涯のパートナーとなる」

「私の世話はしてこなかったくせに、偉そうね!」

「うっ……」

 それを言われると苦しい。実際、その通りなのだ。


 ここ一週間ほど、カーサスは凄く父親らしい行動を取っている。それはもう褒められるほどに、よくできた父親像だ。

 ただし、だからといって今までの負債が消える訳ではない。あまりにも大きなものをこれまで捨てて来たのだ。


「……わかった。では、そいつだけだぞ。毎日ちゃんと世話をし、何があったかを俺に報告すること。それを条件に、城で飼うことを許す。飯も住む場所も与えよう」

「本当!?」

 禁呪の力とは違う、少女の希望に満ちた視線が今度は瞳を輝かせる。それを見て、カーサスも少し嬉しくなるのだった。


「約束を守るなら、俺も約束を守る」

「ありがとう! ……変なおじさん」

「へ、変なおじさん!?」

 流石に父親として扱われるとは思っていなかった。ただし、変なおじさん程地位が低いとも思っていなかった。

 想像以上に堕ちた。自分は人の心を疎かにし、とんでもない場所まで落ちてしまったのだとがっくりする。


「それにしても、魔物を飼うか……。王都の貴族が聞いたら驚いて椅子から転げ落ちるだろうな。今後、魔物の生態にも詳しくなるかもしれないし、面白い試みかもな」

「うん! 」

 ギューッと魔物を抱きしめ、ウルアが顔をうずめる。

 くんかくんかする呼吸がちょっと激しいが、まあ本人が幸せそうなのでよし。


「野生の生物は大抵毛にノミや寄生虫がいるけどな」

「……はっ!」

 これが真実!


 森から離れて、城に戻る頃にはなぜか生物が一匹増えており、城の人々を驚かせた。魔物が懐いているのでウルアと同じ部屋にいさせているが、そのうち専用の小屋が必要になるだろう。


 明日辺りバーバラからきつく抗議があるだろうが、それへの対応を考える。あの甲高い声を聞くと、カーサスでも少しだけ気が滅入る。

 それでもウルアが喜ぶのなら、安い代償だとも思う。


 自身の心境の変化を、夕食を食べながら少し驚く。


「俺はどうしてしまったんだ」

 それは周りが聞きたい疑問なのだが、カーサス自身も思い悩んでいた。

 食事の手を止めず、傍に控えている使用人に目を向ける。カーサスに視線を向けられた使用人は、怒られるのかと身構えたが、その意図はない。


 とくに使用人に思うところはなかった。

 平等に人間に関心を示している訳じゃないらしい。


 やはりウルアだけなのだ。ウルアが怒ると悲しくなるし、ウルアが喜ぶとこちらまで嬉しくなる。ウルアが悲しい目にあうと、自分は我慢できなくなるほど怒りに満ち溢れてしまう。想像するだけでこれだ。実際にまた、過去のような状況が起きたら自分を制御できる自信が無かった。


「全く、昔師匠に言われた言葉が今更突き刺さってくるとはな」


 魔法を教え、強く育ててくれた師がいた。

 その人が言っていた。

『お前は強さしか求めていない。才能あるお前はきっと強くなるんだろうな。ただ、そのままだと、いつか大事なものを気づかないうちに失いそうでワシはお前が哀れに思えてくる』


 一字一句思い出せる。

 なぜか、不思議と覚えている言葉だった。


 師匠は今の自分の未来が見えていたのだろうか……。

 それでも、自分はまだぎりぎり失っていない。ウルアはまだ生きているのだ。

 あの子が今後も無事に育つまで。元気に大人になるまで、絶対に自分が守ってやろうと、一人食事を食べながら誓うカーサスであった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱCKさんの作品は面白いなちくしょう
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