1話 お腹空いた
親子愛ものです。コメディです。読んでいってね!
(お腹がすいたなぁ。良い香りが漂ってくる。ウサギ肉でも煮込んでいる?)
鼻をひくひくと動かしながら、埃の積もった屋根裏部屋でウルアはくしゃみをした。
わずかに日の差し込む室内に、誇りが元気よく舞い散る。
少しだけ嗅覚に意識を向けた後、すぐにまた興味の対象を目の前の本へと戻す。
(そんなことより、魔法理論の続きが気になる)
最後にご飯を食べたのは、もう二日も前のことだった。
オーレイン伯爵家の血筋を引いた由緒正しきご令嬢なのだが、城の使用人が寝泊まりする区画の屋根裏部屋に押入れられている。
通常では有り得ない事態だが、この家を取り巻く環境は複雑であった。
生母はウルアを生んだときにこの世を去り、しかも平民出身とあって後ろ盾もない。母を毛嫌いしていた正妻はその娘にも冷たくあたり、その影響が使用人たちにも及び今日の事態に至る。
人の悪意ほど恐ろしいものはないと5歳にして知ることになろうとは。3歳のときに熱を出し、前世の記憶を取り戻していなければとっくにこの世を去っていただろう。
前世は魔法の研究者(魔力無しのポンコツ)で、そこそこ有名な学者として知られていた。今回の体は幸い恐ろしい程魔力があり、知識を取り戻したこともあってなんとか魔力で病気を打ち払った。
何度も何度も降りかかる災難を振り払っていると、次第に数日ご飯を与えられないことが苦ではなくなってくる。今夜は少し分けて貰えるだろうか。分けて貰えたらラッキー、程度にしか考えない。
それよりも魔法だ。この世界の魔法理論を習得し、魔法を使いたい。なんたって、前世は頭でっかちの知識人だったが、魔力無しだったので魔法を使えなかった。何としてでも生き延びて、今回の人生は魔法オタクとして魔法を使いまくる。ウルアはひっそりそんな小さな野望を持っていた。
「見なさいよ。汚い禁呪の子よ」
階段を上ってくる音が聞こえ、数日ぶりに人の声と食べ物の匂いがしたかと思えば、部屋にやってきたのは憂さ晴らしをしに来た使用人たちだった。
貴族というのは魔力が大きく、ウルアが本気を出せば5歳児の体でも彼女らに対抗することができる。
その上、ウルアは既に魔法理論を理解し、前世の記憶もある。やろうと思えば、彼女らの首を刎ねることもできるのだが、彼女らに危機の自覚はない。
「ご飯? 嬉しい。やった」
「ドブネズミの娘に相応しいものを持って来たわよ。ほら」
そういって、使用人は食べ物を床にばらまいた。
幸い汁物ではないので、なんとかなる。
「見なさいよ。食べ物を必死に拾って。まさにドブネズミの娘に相応しいじゃない」
連れ立ってやってきた使用人たちがけたけたと笑いあう。
下卑た笑いで、ひどい趣味だが、彼女らを咎める者はいない。むしろこの家では推奨されさえしている。
ウルアと言えば、特に気にする様子もなくむしゃくしゃと食べ進めている。
彼女らの悪意は理解しているし、不快な気持ちもある。しかし、今はお腹がすいてそれどころではない。ウルアは客観的に見て美少女なのだが、今はやせ細っており、体にも傷があったり、顔色も悪い。
ちなみに、傷と顔色の悪さは使用人たちの暴力ではない。彼女たちからの暴力はあるのだが、平民程度の力では膨大な魔力を所持したウルアを傷つけるに至らない。これは魔法の失敗と、徹夜で魔法書を読み漁った結果である。
体はまだ幼く、世界のことは知らない。
ここではひどい生活を送っているが、なんとか生きることはできる。
今は耐えるときだとウルアは理解してる。何より、この伯爵家の城には書物がたくさんあるのだ。夜な夜な屋根裏部屋を抜け出しては新しい書物を所蔵庫から調達していた。
服もボロボロ、髪はぼさぼさ、やさしい人は誰もいないけど、書物さえあれば幸せなのだ。
(ふう。普通にうまいのよね。冷たくなくて、床にも投げ捨てられなかったもっと最高なのに)
やはりケロっとしており、食後のデザートのごとく出てくる嫌味もしっかりと享受し、一人になった頃、また書物の世界へと潜り込む。
そんな日々がまた数か月続く。普通の人にとっては地獄のような。けれど、ウルア本人は意外と気にする様子もなく平穏に時が過ぎていく。
(そろそろいけるかな?)
魔力はすでにとんでもない量だ。理論も溜め込んだ。
初めて完成された魔法を使うときがきた。
ようやく念願の魔法が完成し、夢への第一歩が始まるかと思われたが、2つほど問題があった。1つ自分が自覚している以上に魔力があったことと、もう1つたまたまこの日は『氷の伯爵』と呼ばれる人物が城に戻ってきていた日だった。
「炎のエレメントよ我が魔力に応えて姿を見せよ。ファイア」
精霊の声を聞く者がいたらきっとこう耳にしていたことだろう。
『えっ!? こんなに魔力捧げてくれるんですか!? ウヒョー――』
この日、初めて魔法を成功させたウルアによって、屋根裏部屋は吹き飛んだ。
あまりに魔力が多すぎて、強大すぎる魔法が行使されてしまったのだ。
この大きな爆発は当然オーレイン家の話題を攫うことになるし、なによりあの人が見ていた。
「……爆発。とんでもない魔力だな。一体何が起きた?」
「はっ。すぐに調査致します」
戦場より戻った氷の伯爵の視線が、使用人居住エリアの屋根裏部屋に注がれていた。