勇気を出して、話してみようと思った
「さあさあ、イザベル!お昼寝タイムだ!」
「はい、ユルリッシュ様」
イザベルと夫婦の寝室へ戻り、一時間ほど仮眠をとることにした。イザベルは光魔法を使いすぎてヘトヘトになっている。このまま頑張るのは無理だろう。
「ふぁ…」
「よしよし。イザベル。よく頑張ったなぁ。星辰語の翻訳もあるから、今は休め」
もうウトウトするイザベルの頭を優しく撫でてやる。イザベルはそれで安心したようで、そのまま眠ってしまった。
「…イザベル。イザベル」
意識が少しずつ浮上してきたイザベル。でもまだ夢うつつだ。
「んん…」
「ふふ、まだ眠いよな。頑張ってくれたもんな。本当に偉いよ、イザベル。でもそろそろ魔力も体力も回復してきただろう?起きてくれ」
「…ん、ユルリッシュ様?」
「あ、起きたな。おはよう」
イザベルの目が覚めた。
「おはようございます、ユルリッシュ様」
「ん、おはよう。魔力と体力は回復した頃だと思うんだが、大丈夫か?」
「はい、疲れが抜けてスッキリしています」
「それは良かった。身支度を整えて、資料室に行こうか。星辰語の翻訳をしないとだからな」
「はい。少しだけ身支度にお時間いただきますね」
お互いちょこちょこと身支度を整えたら、イザベルと手を繋いで資料室へ向かった。
「おおー…」
「うちの資料室はすごいだろう?」
大聖堂の資料室は、ものすごく広い。広い上にびっしりと星辰語の資料が詰め込まれている。
「ここからこっちは翻訳済みのものだな。ここからこっちが翻訳していないものだ」
「翻訳していない資料の方が多いですね」
「一応頑張っているんだがどうしてもな。次々と新しい星辰語の資料が見つかって、増えていくのもあるし」
「なるほど…」
「そこでイザベルの力が必要なわけだ。期待しているぞ」
期待している。そういうとイザベルの目が輝いた。イザベルは素直で可愛らしい。
「頑張ります!」
「とりあえず、この神学書の内容を翻訳しておいてくれ。あとで俺も確認する。翻訳に問題がなければ、他の物も任せる」
「はい!」
まだ翻訳していない資料の本棚から、一つの神学書を選んだ。お手並み拝見だな。
「…出来た!」
その言葉が聞こえて驚く。はやい。そしてイザベルが翻訳したものを持ってくる。
「ユルリッシュ様、出来ました」
「…もう、出来たのか?はやいな」
「え?そうですか?」
俺の言葉にきょとんとするイザベル。まさに天才だな…。
「一応、資料と翻訳を見比べるから見せてくれ」
「はい」
資料と翻訳したものを見比べる。…翻訳に問題は見当たらない。
「…ふむ」
「…っ!」
どこからどうみても、完璧な翻訳だった。
「…完璧だ」
「え?」
「まあさすがに短時間で全部チェックはできないが、見る限りは問題ない。さすが俺が見つけた天才だな」
「て、天才だなんて!」
「いや、本当に才能があると思う。すごく良く出来てる」
この才能を見つけられて本当に良かった。俺はラッキーだな。
「…これなら問題ないだろう。よし、イザベル。この魔法書の翻訳も頼む」
「は、はい!お任せ下さい!」
ようやく見つけた頼りになるパートナー。絶対に手放さないようにしようと、改めて心に誓った。
「…むう」
イザベルが可愛らしい声を上げる。集中力が切れたようだ。
「イザベル、少し疲れたか?」
「えっと、はい。少しだけ」
「奇遇だな。俺もだ」
俺はまだ頑張れるが、イザベルを休ませる方が優先だ。
「三時のお茶の時間にしよう。美味しいお茶とお菓子を用意させる」
「いいんですか?ありがとうございます」
「俺も食べたいからな。頭が働くよう糖分補給は大事だ」
俺は侍従を呼んで、お茶の準備を指示する。
「さすがに資料室では味気ないから、俺の部屋で食べようか」
「はい」
俺の部屋に移動する。美味しそうなお茶を淹れさせて、お茶菓子として桃のたくさん乗ったお気に入りのパンケーキをいただく。
「わあ、美味しそう!」
「糖分補給は大事だ。遠慮なく食べてくれ」
「はい!」
一口お茶を飲むイザベル。パッと笑顔になるのを見て、愛おしくなる。
「甘くて幸せな気分になりますね、ユルリッシュ様!」
「そうだな。この紅茶とジャムはとても美味しい。だが、パンケーキはさらに格別だぞ?」
俺にそう言われて、パンケーキも食べるイザベル。その表情がさらに明るくなって、俺まで嬉しくなった。
「甘い!優しい自然な甘みで、桃の香りがとっても良い!パンケーキはふわふわで、桃ととっても合う!」
「だろう?俺のお気に入りなんだ。リュカとかいうパティシエお手製らしい。新米の神官に、並ばせて買わせておいた」
「え、あの天才パティシエのパンケーキなんですか!?平日でも五時間並ばせるって噂の!?」
「さすがに五時間は盛りすぎだろう。三時間だ」
「それだけ待たされたら十分ですよ!?」
驚くイザベル。聖王の身の回りの世話も、新米の育成の一環だと思うんだが。
「でも、それだけ美味しいだろう?」
「それはまあ…でも新米の神官さん可哀想」
「そうか?その分お小遣いは渡してるんだがな」
なにか問題があるだろうか。ないと思うんだが。
「まあ、お小遣いもらえるならいい…のかな」
「いいに決まってる。俺のために役に立てるんだから嬉しいだろう」
俺がそう言うと、イザベルはなぜか優しい顔になる。そして言った。
「ふふ、ユルリッシュ様はすごいですね」
「ん?うん、俺はすごいぞ」
「いや、もちろんその、聖王猊下としてもすごいと思うのですが」
「なんだ?」
「愛されキャラ、というか」
…イザベルは、本気か?
「…俺が愛されキャラ?本当にそう思うか?」
「え?はい。実際愛らしいですし」
親にすら疎まれる俺が、愛されキャラって…愛らしいって…。
「…」
「…」
「…イザベルの方が、可愛いと思うけどな」
ぷいっと視線を逸らす。まともにイザベルを見れない。色々な気持ちがぐちゃぐちゃになる。…でも。嬉しい、とも思った。俺を愛らしいなんて言ってくれるのは、きっとこの娘くらいのものだろう。
「まあ、イザベルにそう思われているなら…いい」
「?」
「…イザベル」
これだけは、ちゃんと伝えておこう。最初は能力を買っただけの結婚だった。それに出会って間もないし、一言嬉しいことを言われただけでこんなこと言っても説得力ないと思う。けど。
「俺にはやっぱり、お前が必要だよ」
「ええっと…?」
「これからも一緒にいてくれるか?」
「それはもちろんです。私達は伴侶ですし、私はユルリッシュ様のこと大好きですし」
大好き?本当に?…俺なんかを、そう思ってくれるのか?
「…そうか。そう思ってくれるのか」
「…?はい、もちろんです。ユルリッシュ様には助けてもらってばかりですし、大好きなのは当たり前です」
「そうか」
大好きなのは、当たり前…か。…嬉しい。
「ありがとう。愛してるぞ、イザベル」
この娘になら、俺の過去も話せるかもしれない。
三時のお茶の時間も過ぎて、二人でまた手を繋いで資料室に戻り翻訳の続き。終わった頃にはお夕飯の時間になっていた。
「お疲れ様、イザベル」
「ありがとうございます、ユルリッシュ様。ユルリッシュ様もお疲れ様です」
「まあ、俺にかかればこのくらいなんでもないからな。イザベルも手伝ってくれたおかげで二馬力で出来たし。今日はよく頑張ったからな。一緒に夕飯を食べて、休もう」
「はい、ユルリッシュ様」
イザベルと手を繋いで食堂に行く。夕食を二人で食べて、その後はもちろん別々にだけどお風呂にも入って、そして夫婦の寝室へ。
「…イザベル」
「ユルリッシュ様、お待たせしました」
先に寝室に戻っていた俺の元へ来るイザベル。…イザベルは、俺の過去を受け入れてくれるだろうか。
「…ユルリッシュ様?どうしました?」
イザベルの目を見られない。でも、ちゃんと言おう。
「イザベル。少し俺の昔話をしてもいいだろうか」
「昔話、ですか?もちろん聞きますけど…」
俺は、ぎゅっと目をつぶって言った。
「俺は…実の母から、疎まれていたんだ」