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ピアス選びは一瞬で終わった。ごくシンプルな銀色のファースト・ピアスを無造作に選んで店を出たのち、スティアは苦笑して、値段で決めた、と言った。
その足で向かうことになったガード養成学校は、繁華街地区の裏手にある。
「特に、面白いものがあるわけじゃないからね」
敷地を囲う壁は高く、上部には有刺鉄線が張られていた。外部からの侵入に備えて、つねに厳重な警戒を敷いているのだ。学校と言えば平和な響きだが、要は戦闘訓練を行う施設で、銃器の保管もある。取扱注意の危険地帯なのである。
だが門は開きっぱなしだ。外壁の大仰さと比べると、この開放感は間が抜けているが、正門からのルートは受付にしか通じないためもちろん侵入には不向きである。門には警備員が常駐しており、休校日の今日も職務に励んでいた。リリィが軽く挨拶をして通り過ぎると、にっこりと手を振ってくれる。
校門から本校舎にかけての道を囲って、木やその他の植物がたくさん植えられており、緑が鮮やかだった。グラウンドを囲う鉄線を隠す役割も兼ねている。
「わりと綺麗だね。想像と違う」
「見栄えに気を遣ってるのはここだけだよ。本校舎の受付を越えれば道が割れるんだけど、その先は殺風景なんだ」
リリィは苦笑しながら、周囲の緑を飛び越えたグラウンドを指さした。
「踏み越えられないようにする狙いもあるみたい。グラウンドは、危険な武器の取り扱いとかにも使うから」
本校舎が見えてきた。五年ほど前に建てられたため、新しい。
シルエットは横よりもむしろ縦に長く、八階建てだ。都市部に立地する校舎が、限られた敷地を最大限に広く使う、苦肉の策だった。
入り口の扉をくぐる。スティアが目を見張るのを見てから、リリィ自身も、見慣れた校舎を改めて見つめなおした。
縦長の校舎は、そのまま吹き抜けになっており、一階から最上階の八階、そして天井までをすべて望むことが出来た。各階の床は、ロの字型、あるいはコの字型をとって、壁に張り付いているように見える。部屋は全て外側に配置されているので、ここからではよく見えないのだ。
所々に橋のような渡り廊下や階段を貫きながら、ひたすら上に積み重なっている建築様式は新しく、また珍しいものだ。
天井の一部は窓になっており、空に向かって開けている。本日は晴れなので校舎は明るく、空の色が直接望めて美しかった。
「……すっげ」
スティアは感嘆したとも呆れたともつかない声で、ぽつりと呟いた。
「なんでまた、こんなに縦長なの?」
「土地が狭いからじゃない? 授業でも何かと役に立つし。校舎を使って遠距離射撃の演習とかもするよ」
リリィは向かって右側を指差しながら、そちら側の窓がグラウンドに向けて開けていることを説明した。年に一度、ライフルを使った遠距離射的の大会があることなどを添えて。
「他には……確か、鳥型のビーストが街に入った時には、グラウンドに誘導して戦うことができるようになってた気がする。ならグラウンドには広さがいるし、校舎を砦にするならキャパシティが大きい方がいいしね。高さで戦略が増えることもあるし」
「頻繁に起こることでもないのに、わざわざ日常生活に響かせる程の利点かな。これじゃあ上の方の階に昇るだけで、疲れるでしょ」
「昇降機があるの。ほら、あれだよ」
リリィが指差した先には、吹き抜けになっている内側の空洞部分に沿って、透明な長い筒とでも言うような装置が、一階から七階にまで一続きに伸びている。内側には小さな部屋のように床と天井があり、今は一階に寄り添って停止していた。
「まあ、使用が許可されてるのは、教員とか事務員だけなんだけどね。私たちは訓練も兼ねて徒歩」
リリィが笑うと、スティアは想像しただけでもうんざりだと言わないばかりに、首を振った。
「俺には入学できそうにないわ」
スティアを連れて、リリィは一階にある受付に向かった。カウンターに座る事務員の女性に話しかける。
「一般客の見学ってできますか?」
「入学志望の方ですか?」
「そういうわけじゃないんですけど。あの、私が在校生なんですけど、友人を案内したいだけで……」
受付の女性は、学生証がなくても入れる範囲でなら、好きに見学しても構わないと告げた。
「ただし、今は試験の採点期間なので、在校生の方も職員用フロアには立ち寄れませんから、その旨は注意してくださいね」
「あ、そうか。そうですよね」
記名を終えて、スティアは事務員から受け取った外客カードのストラップを首から下げる。リリィ達は受付を後にした。
「職員フロアってのは、どこにあるの」
スティアが訊いてくる。
「六階と七階……だったっけな。六階だけだったかも。実は、あんまり行かないから知らないんだけど。教室は五階までだよ」
「でも八階建てだよね、この建物」
「一番上は、スタッフルームだったと思う。関係者以外立ち入り禁止で、専用の昇降機を使わないと入れないんだよ。階段が繋がってないの」
「じゃあ行けるのって、もしかして教室だけ?」
こころなしか残念そうに、彼が呟く。
「別棟に、部活で使っている旧校舎があるけど、そこは私が詳しくないから案内はできないかな。図書館やグラウンドは学生証が必要だし、グラウンド近くの武器庫は入場許可が必要だし……確かに、一階には医務室や事務室しかないから、あとは食堂くらいかも」
言ってしまってから、リリィは目の前の少年が食事を摂れないことを思い出した。だが彼は、まったく気にした様子もなく納得していた。
「レイバとロールが腹減らしてるだろうし、食べて帰るわけにもいかないね。なら、五階の教室で空いてる所を見たいな。できればそこからグラウンドを見てみたい」
「いいけど、階段が長いよ。体は平気?」
「せっかくだし昇降機で行こうよ。一般客と一緒なら、君も使用禁止なんて言れないでしょ」
スティアは悪戯っぽく笑った。
「誰かに怒られたら、病人の付き添いとか言っておけばいいじゃん? 間違ってはいないしね」
それから、リリィはスティアにつき合って、校舎を案内して回った。彼は教室の風景そのものよりも、外に見えるグラウンドの広さや校舎からの距離、渡り廊下や階段の構造などに、興味を持っているように見えた。
彼が満足するころには、夕方になっていた。受付に外客カードを返した後に、二人で帰宅した。
リリィにはその十七年の人生のうちに、父親と共に暮らした期間がほとんどなかった。
物心がつく前はよく可愛がってくれたと聞くが、ある程度、手がかからなくなった後は、母親に全てを任せて家を留守にすることが多かった。だが母は、時おり帰ってくる父親を呆れ顔になりながらも許して出迎えていた。文句をつけつつも、その奔放さが好きだったのだろう。だから勝手な振る舞いを許し、家庭をひとりで支え、自らの寿命を縮ませたのかもしれない。
――今さら、思い出すまでもない記憶だろうに。意識することが止められなかった。
「うわ、地味なやつ選んだな。お前の顔ならさ、もっとこう、サファイア的な何かが似合うような気がするんだけど」
「冗談じゃないよ、悪趣味だな。第一、どっから金が出てくるんだよ」
隣の部屋から、レイバとスティアの会話が聞こえてくる。
リリィはダイニングのテーブルに座り込んで、通信機を握りしめていた。
スティアの起床を待っていた朝から、彼と共に街を歩いた午後、そして帰宅した今、夕方まで。注意深くメールの受信を確認していたが、未だに続きの連絡はない。
だが、それはまったくおかしなことではないのだ。……家に着くまでの帰り道で、スティアの前で通信機を取り出した時も、とても驚かれた。すげえ、通信機なんか持ってるんだ、と。
ジャンク屋の叔父の元で、ガードの専門学校に通っていると感覚が鈍るが、普通の街の一般市民にとって、通信機は馴染みが薄い。通信波にアクセスして、個別に情報を引き出すというシステムそのものが、普及しているとは言い難いのだ。整備が進んでおらず、精度と値段が、釣り合わないのが現状である。
一般市民が通書という形で、文字のメッセージを送る手段はまた別にある。市民館などに置いてある〈メーラー〉から、その場で使用料を払って、文書を作成するのだ。送信先もまた、受取人が契約を結んだ公共施設であることが多く、受信した内容を局員が出力して、郵便物として受取人に届けるような形をとっている。レアリス・カンパニーの技術者は、目下この通信技術を、精巧で一般的なものにするべく活動しているという。甲斐あって、家庭用のコンピューターを用いて、個人で送受信を始める趣味人などは徐々に増えているらしい。
ガードの場合は、外を歩きながら、常に連絡をとれる状態にしておかねばならない立場にあるので、通書のように時間を選ばない通信や、通話のように場所を選ばない通信、そしてそれを手元にで行える道具が必要だった。
だから、周りの友人は学校に推進されて、学割価格で通信機を使っている(無論、それでも高いが)。レイバたちジャンク屋は開発に関わっているので、半ば趣味のようなものだろう。
(考えてみれば父さんだって、通信機は持ってないんだ)
仕事場から触れるメーラーから、時間を見つけては送信していると言っていた。そんなやりとりをしたのも、ずいぶん昔の話だった。
(……三年?)
母が死んだのは三年前。
父親から頻繁にメールが来るようになったのもまた、三年前だ。だが。
(違う。最後に会ったのはもっと前だ……)
通信機を握りしめながら、リリィは履いているズボンのポケットを意識した。すっかり持ち歩くのが習慣になってしまった例のお守りは、今もやはり共にある。
このお守りをもらったその日、母はまだ生きていた。
手の中で通信機が鳴った。心を読まれたようで、びくりとする。
届いた新着メールの送信者は紛れもなく父親だった。逸る気持ちで、開く。
「…………」
見間違いでないことをもう一度確認してから、顔をあげた。
時刻は夕方五時。まだ外は明るいが、夜の訪れはそう遠くない。
いや、大丈夫だ。――冷蔵庫には昨日の残りものが多くあるし、スティアの消費量を考慮すれば、レイバとロールの夕食に足りないこともないだろう。掃除は今朝に全て終えた。銃の整備だって、休暇中は、神経質になるほどのことではない。
レイバに告げるため部屋を出るが、それより早く廊下でロールにばったりと出くわした。すれ違うことすらもどかしく、リリィは口早に告げた。
「ごめん、レイバに言っておいてくれるかな。今から、友達とご飯食べてくることになったって」
「今からですか?」
「うん。帰る前に連絡するから、残り物でなんとかしてって伝えて。ロールちゃんも昨日と同じご飯になっちゃうけど、ごめんね。大事な用なんだ」
まだ半ば呆然としたままで「あ、はい」と言うロールにもう一度礼を言ってから、リリィは家を出た。背後から、スティアの耳に穴を開ける作業を実に楽しんでいるらしいレイバの、気楽な喋り声が聞こえていた。
レイバに報告をするのは、全てが終わった後でいい。その方がいい。まるで言い訳のように、胸の内で繰り返す。
リリィは家を出て歩きながら、通信機のボタンを操作した。短く返信をしてから大通りに出ると、今度はすぐに次の返事を受信した。
開いて、予想外の内容に驚いたが、すぐに納得する。父の仕事を考えればありえない指定ではない。
リリィは、それきり通信機を服のポケットに押し込んで、足早に大通りを歩いた。ポケットが小さいせいで通信機はうまく入りきらず、何度も落としそうになった。きちんとしたバッグを持ってこなかったことを後悔する。
調整する時間さえ惜しくて、最終的には、機体を手に持ったまま走り出した。
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Equ8/7/22 17:04
From: 父さん
Title: Re;Re;今日は暇?
レイバの家は、十八番地区だったよな。
そこから近い大通りの寺院の辺りから〈教区〉の遺跡へ入れるようになってるのは、知っているか?
父さんちょうどそこで休憩中なんだけど、今すぐ来られるなら、すぐにおいで。
鍵は開けておくから。
お守り、持ってきてくれると嬉しいな。




