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「俺、別におかしいこと言ってなかったよな」
「まあ、怪しくはなかった。詰めが甘かったからヒヤヒヤしたけど」
「どのへんが?」
「『変な病気』とかさ。詳しく尋ねられたらどうするつもりだったんだよ。スルーされたから良かったけど、興味あったらつっこんだと思うよ」
「いや、そういうのはあんたがフォローしてくれる領域じゃないのかよ」
「科学者には、空言の証明はできませーん。もっと具体的にお願いします。意味のない嘘が多かった気がするけど、逆にそれ怖くない?」
「長い付き合いにならないなら大丈夫だよ。バレた時のリスクを考えたら、バレてもいい嘘で紛れさせた方がいいじゃん」
「曲がってるなぁ。どうしてこう育っちゃったんだか」
「曲がった大人たちに囲まれてたからね」
「ま、今回は相手が騙されやすいから、相性も良かったな」
「ああ。でも騙す騙さない以前に、あの子、俺に同情しまくってたから。何を言っても信じたんじゃない」
「踏み込まなかったもんね。いきなり不幸な身の上話されりゃ、反応にも困るだろうけど。あれも作戦?」
「やぶれかぶれだったけど。わりといい手じゃなかった? 昼に思いついて温めてたんだ」
「まあ、ある意味事実に近いし、喋りやすかっただろうけどな。しかしうちのかわい子ちゃんにあんな目で見られて、罪悪感はないの?」
「あんたの指示なのによく言うぜ。哀れまれるのは嫌いだけど慣れてるよ。今さらなんとも思わない」
「そこまでキッパリ言われると、叔父としてはしょんぼりだな」
「本当のことを話して変に巻き込むよりは、嘘を貫いた方がよっぽどいいし」
「お、そういうこと? うちの子、気に入ったの」
「久しぶりにまともな人間と会話した気がする。あんたの家族にしておくにはもったいない」
「違いないけど。もっと言い方ってもんが」
「そんなことより本題。動作は自然だった?」
「オッケーだ。俺の目から見れば多少、右側がぎこちないけど許容範囲。思ったより外見の違和感もないし。お前が寒がりなのはラッキーだったな」
「自分で動かす分にも違和感はない。部屋の整理とか、皿洗いとか、寝床の準備とか、そういうのが自然にできる程度には感覚が戻ってる。走ると疲れるけど」
「立ちくらみとか貧血はない?」
「薬を変えてから調子いい。……あ、一個だけ不満があった」
「?」
「新しい定着剤が、すげーマズイ」
「配合成分のなに一つとっても変えられないな。そればっかはガマンしてよ」
「それにしても、今度は何企んでるんだよ。なんで唐突にピアス?」
「買って来たら教えてやるって。いい機会だから、このあたりの地理を覚えておけよ」
****
母が死んだ日の夢を見た。
それが奇しくも、〈セカンド・グランドクロス〉とほぼ同時期の出来事だったことを、リリィはよく覚えていた。
世界中が歴史的な事件に震え上がる中で、物言わぬ母の寝床に立っていたリリィの心は、とても静かだった。――闘病生活は短くなかった。ずっと覚悟していたから、事前に想像していたよりは落ち着いていられた。
父が旅先で〈セカンド・グランドクロス〉に巻き込まれ、生死不明であると言う情報が入ったのも、ほぼ時を同じくしてのことだった。
身寄りの全てが、家族という共同体から離れた。
世界中が混乱していたから、寄り添う場所もなかった。
それでも、リリィの生活は、それまでのものと大して変わらなかった。父親が旅に出て家に帰らないのは、もっと幼い頃からのことで、母親が一日の大半をベッドで過ごすことも、自分の面倒は自分でみることも、当たり前の事になっていた。
今までだって、一人で生きてきたようなものだ。
色々なものが麻痺して、痛みをうまく感じられなかった。
――父からのメールが届いたのは、そんな折だったのだ。
そして、お守りが届いたのは、もっと前――
〈グランドクロス〉が世界に与えた激震と、途絶えた情報と、錯綜する悪い想像の中で。
旅の空にいたはずの父親が、顔を見せてくれたその日から、小さな宝物はこの手を離れなかった。
夢から覚めたリリィは、目覚めた現実もまた、同じ夢なのではないかと疑った。
朝食の準備をするために台所に立ったが、頭が切り替えられない。通信機に届いた言葉を、何度も反芻してしまう。
(どういう……意味?)
――お前に、会えるかもしれない。
もう一度、ポケットから通信機を取り出して画面を見つめた。
今、俺はデカルトのすぐ近くにまで来てる。
正確にはもう市内にいる。仕事の関係で、場所は明かせないけど。
まだ色々と作業がある。すぐにでも飛び出して行きたいが、そういうわけにもいかない。
お前、試験が終わったなら、しばらく時間があるんじゃないかな?
俺の方が、時間取れるのがいつになるか分からない。分かったら、連絡をする。都合がつくなら、会いに来てくれないか。
ちょっと、疲れてるんだ。こんな事を書くと照れくさいし、年頃のお前にはやはりウザいとか言われてしまうのかもしれないけれど、でも。
できることなら、今日にだって、今すぐにだって会いたいんだ。
「おはよー、リリィ」
はっとして、通信機をキッチンカウンターに置いた。
レイバはあくびをしながら、新聞を片手にダイニングにやってきた。寝起きはただでさえ無造作な髪がさらにぼさぼさだ。まったく見慣れた、いつもの彼である。
「……レイバ」
「ん~?」
反射的に名を呼んだが。ぼんやりとこちらを見るレイバを見て、リリィは冷静になった。
レイバは楽天的な性格だが、ものの考え方は徹底して現実的だ。事実の全てに好奇心を示すが、事実以外にはまったく関心を示さない。
リリィは八年前に、それを思い知らされた経験がある。この家に来たばかりの日、この家に来る前の日々……
——そう。この家にやってきてフランクに歓迎されるその時まで、リリィはずっと叔父のことを『近寄りがたい人』と思っていた。
「ううん。なんでもない」
ごまかすと、レイバは特に気にせずテーブルに着いた。新聞を広げて、黙々と目を通す。
レイバに報告をするのは、全てが終わった後でもいい。言い訳のように、そんな言葉が胸の中で溢れた。
「スティア君はまだ寝てるの?」
リリィは意図的に話題を変えた。思いのほかレイバは大きく反応した。新聞をめくる手がピタリと止まる。
「結局、客室にはロールちゃんしか入らなくて、あなたの部屋に押し込めたんだよね?」
「あー。うーん……」
叔父はうめいて、頭を掻いた。
「あいつ、朝ダメなんだよ。しばらくは地震が来ても津波が来ても、起きないと思うぞ」
「へ?」
この場で聞くには、壮大な比喩だった。
「悪いけど、寝かせてやってよ。まだ体力が戻ってないから、人より多くの休息を必要とすんのよ」
「それは構わないけど……」
リリィは卵を割りながら、眉根を寄せた。
「困ったな。こんなことなら、昨日の晩のうちに今日のスケジュールを決めておけばよかったよ」
ロールが起きて、三人で朝食を終え、やがてレイバとロールの二人が連れ立って出かけても、スティアが起きる気配はなかった。
リリィはその間、食器を片付け、洗濯を片付け、自分のテリトリーの掃除をして、時間があったから窓まで拭いた。
それでも、彼の眠る部屋の扉が開くことはなかった。
「…………」
時計が昼前を指す頃に、さすがにやることをなくしたリリィへ、我慢の限界が訪れた。
普段は決して入ることのない――惨憺たる状況が容易に想像できるからだ――レイバの寝室の扉の前に立つ。深呼吸をして、派手に二回ノックした。
「おーい」
コンコンと、もう二回。反応はない。
彼が客人であり異性であることを考えると少し迷ったが、学校では男性に囲まれて同列の扱いを受けているリリィだ。遠慮の意識は低かった。
「入るよ」
大きな声で宣言して、十秒だけ待ってから、扉を開く。
部屋の汚さは、床に毛布が敷けていたので予想よりはマシだった。ただし、それ以外のスペースには、元は床にあったとおぼしきものが大量に積み上げられていた。机の上から書棚の上まで、ぎゅうぎゅうである。確かに地震が来たら起きないだろうと思った。確実に生き埋めになる。
床に敷かれた布の上は空っぽで、部屋にひとつきりのベッドに、人を包んだ布団のふくらみがある。
どうやらレイバは客人にベッドを譲って、自分は床で寝たらしい。それを理解してリリィはようやく、スティアに悪いことをしたかもしれないことに気づいた。客人の寝床の準備くらいは手伝うべきだった。見た目は一応普通だが、このベッド、大丈夫なのだろうか。
あまり考えないようにして、床に放置されていた毛布をどかす。カーテンが開け放された窓から、燦々と日差しが差し込む中で、スティアは布団に包まって熟睡していた。
あんまり寝相は良くないんだな、と思った。
薄手の掛け布団の中に包まって、上半身の全てを縮こまらせるように、顔まで半ば埋めている。そちらに引っ張りすぎたのだろう、仰向けでもうつぶせでもなく、壁と向き合うように崩れた体勢のまま、足を布団からはみ出さていた。棒切れのような素足がわずかに露出されていて、初夏だと言うのに寒々しさを感じる。
ふと、右腕の露出を拒んだ彼の様子を思い出して、リリィはほっとした。そして軽挙に侵入をしてしまった自分を恥じる。もしも、布団が剥がれていて、服もはだけた状態であったら、彼の心を傷つけてしまっていたかもしれない。
「……もしもーし、起きて」
生半可なことでは起きないようだから、思い切って顔面攻めを決行した。指先でピタピタと、軽く瞼や頬の近くを払う。
だがスティアは一切動じなかった。ひたすら深い寝息を繰り返すばかりで、まったく体勢を変えない。
「手強いなあ」
最終手段である、デコピンの構えを作ってみる。その際に、ふと彼の顔を改めて見た。――本当に綺麗な顔だ、と思った。
リリィが所属するのは、ガードの養成学校だ。入学するのは当然ガード志願者であり、必然的に、リリィの周囲には健康で屈強な男が多い。
眠るスティアの顔を間近で見ると、不思議な感じがする。脂肪が極端に少ないこともあって、女性に見えるというわけではないが、リリィが知る男性像とは大きくかけ離れていることには違いない。昨日からずっと、初対面にしては共にいる緊張感が薄いのだが、それも理由のひとつかもしれない。
しかし奇妙な感じがした。目の前で寝息を立てていてなお、生き物じゃないみたいだ。
喋ってくればそんなことはないのだが、黙っていると彫像のように冷たく見える。人間同士が付き合いを続ける上でついてくる、温度や匂いのようなものが希薄に感じられる。
そんなことを考えて、指が止まっていた、その間に。
スティアが、不愉快そうにリリィの手を払って、そのまま寝返りを打った。
「あ」
ただでさえ、ベッドの縁の近くに寝ていた彼が、さらに転がってしまえば――それは当然。
引力と言うものがある。
スティアはリリィが立っている方の縁に転がって、無警戒でいたリリィは受け止める手の準備もできないまま、その重さに押されて身を引いてしまった。結果、彼はリリィの足元にずるりと落下した。ごつん。硬い音がした。
あっちゃー、と思った。だが。
スティアはそれでも起きなかった。何事もなかったようにひたすら寝息を繰り返し、くるまったまま動かない。ずれた布団から、肩がわずかに覗いた。昨日と変わらぬ、長袖の服だ。
リリィは思わず、大きく瞬きをしてしまう。
街の外で鐘が鳴った。正午を告げる鐘だった。
――結局、彼を起床させるまでに、それから十分あまりの時間を要した。
デカルト・シティの二十番地区は、大型商店や多くの施設が集う繁華街だった。
リリィはスティアを先導する形で歩を進めていた。遠くに望めるバス・ステーションから道が放射状に伸びていて、ぱらぱらと露店や行商が並んでいる。
多くの同世代が、連れ立って歩く姿とすれ違った。リリィの通う学校はここから近い。遊びに行く場所が限られるのは、みな同じだ。
「すげえ。こんなに若者見たの、久しぶり」
後ろを歩くスティアが、観光客のようにそう言った。
「『若者』って言い方もないでしょ。私たちと変わらないのに」
「病室から出してもらえなかったし、ずっと学校も行ってないから、ついね。なんか懐かしいわ」
「お昼を回っちゃったからかな。ご飯を食べて、これから遊ぶぞーって人が多いんじゃない?」
「……すみません」
即座に謝ってきた。その言い方がおかしくて、リリィは笑ってしまった。
時刻はとうに昼時を過ぎていた。スティアを起こしてからの戦いもまた、長かったのだ。
寝起きの彼は、昨日のさばさばした態度とはまるで別人のようにぼんやりとしていて、とにかく行動が遅かった。食べ物でも与えれば目を覚ますのではないかと思い準備したが、昨晩を抜いたにも関わらず、やはり食べる気がしないのだと言う。エネルギー補充もなしに、動き回れるはずもなく。
友人のエミリも低血圧で寝起きが悪いが、彼ほどひどくはなかった。リリィは最終的には、腹を立てることも忘れて、心配になってしまった。ひょっとしたら、薬の副作用ではないだろうか。ならば、リハビリを急がず、寝たきりでいた方がいいのではないか。しかし主治医でもあるレイバは何も言っていなかった。どうすればいいのだろう。電話した方がいいのかな――どんどん不安になっていった折に。
唐突に意識を覚醒させたスティアが、ものすごい勢いで謝ってきたのだ。ごめん、と。
なにが起きたのかと戸惑っているうちに、彼は遅刻の恐怖におびえた学生のように、時計を見て悲鳴をあげた。手元にはいつのまにか、液体の入ったボトルを持っていた。枕元に置いていたそれを、習慣的に飲んだようだった。服用している薬の一種なのだという。
「朝はあれを飲むと目が覚めるの。頼りすぎてもダメなんだけど」
あとで彼は、そんな説明をした。
「また目を覚まさなくて迷惑かけたら、むりやり飲ませてくれるとありがたいです。本当、ごめんね」
それから先は、特に調子を崩した様子もない。
リリィは顔をあげて町並みを眺めた。目的のアクセサリーショップは、バス・ステーションより手前にあるので、もうすぐ着くはずである。
思った矢先に、見えてきた。ほっとして、息を吐く。
「よかった。潰れてなくて」
店は小さく、注意して見なければ通り過ぎてしまうほど目立たなかった。古いビルの二階を借りているのだが、入り口の階段が非常に奥まっているのだ。
「ここ?」
スティアもまた、初めてこの店を訪れた時のリリィと似たような反応をした。よく気づいたなと目線で語りながら、案内人を見つめている。
「中に入れば綺麗なお店だよ。個人経営なの。目立たないから、知られてないんだけど」
「通なんだね。アクセサリーとか好きなの?」
スティアは意外に思う気持ちを隠そうともせず、何の気なしに訊いてきた。昨日も今日も、実用性を重視した服ばかり着ているこちらの姿を目の前にすれば、当然の反応ではあった。――すこしは複雑だが。
「私はそこまででもないんだけど、知り合いがね。買い物によく付き合ってたから」
「おーい! リリィじゃん!」
突然、背後から聞き覚えのある声。
振り向くと、男性がひとり、手をあげながら近づいてきていた。後ろに続いて、もう一人。――ジャンとリック。
「わ、びっくりした」
「こっちの台詞だよ。街の案内ってこの辺りの地区だったのかよ」
ジャンはいつも通りの軽薄な笑みを浮かべながら、さりげなく視線を隣に移した。ぱちりと、瞬きをする。
「あ、いや、これはこれは」
無遠慮に見られて、スティアは少し驚いたようだが、それ以上の動揺はなかった。むしろ、見つめてくるジャンの顔を、同じくらいに見つめ返していた。
ジャンは珍しく、歯切れの悪い様子で唸りながら、それ以上の言葉を続けられないようだった。
「うーん。そうか、なるほど」
「……顔に、なんかついてますか?」
スティアから声をかけると、ああ、と我に返る。
「いや、そんなことはないんだ。ごめん。父親の心境。だってリリィが俺に嘘をつくなんてさあ」
「は?」
リリィは声を裏返らせた。ジャンの後ろで、リックがため息をつく。
「『レイバさんの客人』な」
含みのある口調でそう言って、こちらを見る。
「別にそんな言い訳作らなくても、詮索しないのに」
「なんの話よ」
「あー、もう。エミリも彼氏と出かけるとか言ってたし、俺たち悲惨!」
ジャンがそんな世迷い言を叫びだしたあたりで、ようやくリリィは把握した。感想として、ため息をつく。
「ちょっと、なにを勝手に盛り上がってんの」
「いや、いいんだ何も言うな。ここで立ち去るくらいの男気は俺にもあるから。いやあ、しかしキレーな男捕まえたな。ねえ、住所どのへん? 見かけない顔だけど」
「えっと……」
「あ、ごめんね。俺はジャンでこっちはリック――」
「男気はどこいったの?」
膨らみかけた会話を断ち切る形で、リリィは吐き捨てる。ジャンが背筋を固まらせた。
「スティア君は本当にレイバのお客さまだし、私たちはそういう関係じゃないし、彼は病み上がりで、あんた達の遊びにつき合えるほどの体力が戻ってないんだよ。よりによって、その失礼な絡み方はないでしょ」
「スティア君」
ジャンが予想外の箇所を反復する。
「……彼の名前?」
「そうだけど、何?」
「いや、俺の友達にも同じ名前の人がいるから、懐かしくて」
あいつ元気かなー、とか言いながらジャンはスティアに笑いかける。スティアは特に困惑するでもなかったが、曖昧で無難な愛想笑いを浮かべていた。
リックが腕時計を確認し、ジャンに「行かないと」と耳打ちする。
「あ、いけね。……そうだな」
「待ち合わせ?」
何の気なしに訊くと、ジャンは苦笑した。
「お前たちが来られなかったから、他の奴呼んだの。リリィは来ない方がいいよ」
「…………」
言葉に詰まってしまった。
そのまま彼らは軽く手を振って、来た道を引き返していった。聞きたくないことを聞いてしまった。そう思った。
「学校の友達?」
スティアが問いかけてくる。リリィは頷いた。「うん」
「なんか誤解を招いたみたいだけど、いいの?」
「別に平気だよ。違うってちゃんと言ったし。私の友達が失礼なこと言ってごめんね」
「いや、俺はべつにいいけど……余計なことかもしれないけどさ」
スティアは、二人が消えた道の先を眺めた。
「さっきの二人、ずいぶん君のこと意識してるように見えたけど、ほんとに平気?」
「平気だよ。あの二人が私の事どうこうって、そんな話はあるわけないから」
「言い切っちゃうんだ……」
「違うの。前にね」
リリィは言葉を切った。言わなくていいはずのことが喉からこぼれて、不思議な苦笑が浮かんでしまった。
「付き合ってた人の友達なの。ふたりとも」
スティアは少し驚いたようだった。いきなりこんな話をされれば、当然かもしれないが。
「その人を通じて知り合ったんだ。今はあの二人とだけ同じクラスで、すっかり別個に仲良くなったんだけど……向こうの友情が切れたわけじゃないからね。今も私の交友関係を、彼の友達として変に気にしちゃってるみたい。それだけだよ」
好きだった人とお別れしたのは、そう遠い昔の話ではない。さらに言えば、交際を始めたのも、ぜんぜん昔の話ではない。こんなにも淡く消え去ってしまった短い時間を、交際なんて呼んでいいかも、リリィにはよく分からない。
初めての恋愛に戸惑った幼い熱は、忘れてしまうにはまだ新しすぎる思い出だった。振られてしまえば、どうしようもないのだが。
リリィは思いを馳せる。ジャンとリックが消えていった先に、誰がいるのか。ずいぶん長い間会ってない気がするが、それは間違いなく気のせいだ。人が変わるほどの歳月じゃない。きっとなにも変わってなんかいない。
このアクセサリー店に初めて来た日に隣にいたのも、その男だった。
その日に買ってもらったプレゼントは、通信機のストラップとして、今でも手元に輝いていた。
「……ごめんね。何を話してるんだろ、私」
なんだか照れくさくなって、リリィは髪を整えながら、もう一度笑った。
「さ、ピアス選んじゃおうよ」
「ねえ」
提案を無視する形で、スティアが口を開く。
「学校はここから近いの?」
「え? うん。二十番地区の端にあるから、歩いていってもすぐだけど」
「行ってみたい」
今度はこちらが驚いて、目を丸くしてしまった。
「ガードの専門学校って言うと、大きな施設だよね。見学くらいはできるでしょ」
「それは、できるだろうけど……どうして?」
「興味が沸いたんだ」
それ以上は言わず、彼はただ微笑んだ。




