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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act1 クローズド・ソサエティ
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 玄関先にロールを棒立ちにさせたままレイバが何をやってたのかといえば、くつろぎスペースを作るため、この家のどこかにあったはずのクッションを探していたようだった。スティアはそれに付き合わされて、物置にまで引っ張られたらしい。

 呆れながら、リリィは二人の客人にテーブルの席を薦めた。キッチンはリリィのテリトリーなので、それに面したダイニングは、この家の中では片付いている場所と言える。一瞬前まではレイバが積み重ねた設計図だとか依頼書だとかが溢れかえっていたが、とりあえずは問答無用で、まとめて彼の物置部屋の床に移動させた。

 できあがった急造スペースに腰掛けて、ロールの方はそわそわしていたが、スティアはこの状況を楽しんでいるように見えた。廊下の向こうで書類を崩し悲鳴をあげるレイバの姿を、にやりと意地悪く見つめている。

「……一体、何つながりの知り合いなの? あれと」

 リリィはキッチンのカウンターからその様子を眺め、スティアに向けて問いかけた。彼は声をかけられて初めてこちらを注視して、ああ、と一息おいてから、説明をする。

「客、かな。レイバの発明品に世話になったんだ。どこから話せばいいのかな……俺、つい先日まで入院してたんだ。それで今、仮退院なんだけど」

 唐突な単語だったが、その一声で、種明かしを聞いたような納得が下りた。ここから改めて見やっても、スティアの身体は体質の一言で片付けるには、あまりに細い。

「治療にレイバが作った器材がけっこう関わってたらしくて。医者や看護士を通じて、責任者である彼が病院に呼び出されるようになって。最終的には、二人目の主治医みたいな立ち位置で、リハビリに付き合ってもらったんだ」

「……え?」

 リリィは思わず、顔面を思いきり歪ませた。スティアがきょとんとする。

「驚くこと?」

「え、いや、だって……医療機器なんて、人命に関わるものを作って、その運用に携わってるなんて知らなかったから」

 レイバが営むのは自営業だ。おおまかには発明家、正確に言えば改造屋、広く知られている名称で言えばジャンク屋となる。社会情勢が急変したこのご時世に、特需景気に乗っている職の一つだ。

 今のデカルト・シティでは、さして珍しくない商売だ。この街の〈教区〉には、大陸先住民が暮らしていた遺跡が広がっており、大陸先住民の文明は、現在の技術レベルをはるかに超えた叡智の結晶と言われている。ここデカルト・シティには多くの学者や研究者が集い、協定のもとに遺跡を管理し、解析を日々推し進めている。

 ジャンク屋はそのおこぼれを預かって、もう少し身近な商売道具にする生業である。すでに多数の人間の手による解析を終えた遺跡の欠片の、その情報、複製品、時には高額取引される本物を引き取り、その骨髄にいたるまでしゃぶりつくすべく、他の利用価値を見いだして発明に転用するのである。職名は俗語であり、学歴や資格を必要とするわけでもないので、腕のいい者からそうでない詐欺師までが狭いフィールドでせめぎあう、チャンスとスリルに満ち満ちた地下商売なのだと言われている。

 カンパニーを始めとした開発陣の研究が、目下〈シェルター〉の改良や情報機器、通信技術に焦点を絞る中、ジャンク屋は、それぞれがテリトリーを張って様々なモノを開発している。起業して工場を立ち上げ、ブランドとして成功した例も多くある。カンパニーや自治体の監視を潜り抜け、非合法で銃器を開発し、ブラックマーケットで売りさばく者もいると言う。

 レイバがジャンク屋として所属する団体は特にないが、個人経営を営む同業者で場所を共有し、適当に協力をしている仲間がいるとは、以前に教えてもらった。具体的にどんな種類の発明を請けているかは聞いていなかったが、入院施設が整っているような大きな病院で、医者と対等に仕事をする叔父など、リリィにはまったく想像できなかった。

(だって、レイバって正装して仕事に行ったことなんてなかったし……)

 楽な格好を好む叔父は、常に作業用のツナギか、それに準ずるような、ゆったりとしたぼろ布を纏って家を出ていた気がする。

(大きな病院で、白衣のお医者さんにまぎれて、仕事……?)

 リリィは平静を装おうと努力をしたが、意識すればするほど、なんだかゾッとしてしまう。こちらの百面相を目の当たりにして、スティアもロールもきょとんとしていたが、スティアだけがすぐに笑った。可笑しそうに。

「表情豊かだね」

 揚げ足を取るような彼の言葉は、他の人間にもよく言われる。本当に頻繁に言われる。まさか、初対面の人間にまで言われるとは思っていなかった。

 嘘をつけない体質に自分を生んだ両親を心の中で呪いながら、リリィはごまかすように視線をそらして、手元を見やった。買ってきたばかりの卵が、紙のパックに包まれていた。

「でも実際、そんなに驚くことでもないよ。入院してみて分かったけど、ジャンク屋のおかげで医療機器もずいぶん進歩してるし、関わってる技術者はいっぱい見たから」

「そうなんだ……」

「レイバは腕もいいしね」

 それこそが何よりも意外な一声なのだが、確かに、リリィが物心ついて以来ずっと、叔父が金に困っていたことはない。自営業を続けるなら、腕前を信頼されることは必須だろう。

「それに……」

 スティアは話題を区切るように、息を吸った。

「怪我人だらけのこのご時世に、医療に利用しないでどうするって話さ。科学は、結局のところ魔法なんだから」

 リリィは思わず顔をあげて、卵のパックに触れたまま少し止まった。

 〈教区〉に広がる遺跡。遺跡を構成するジャンクパーツ。それらを解析して創り出した科学技術。すべての根源は、大陸の先住民が有していたという、現在の人類をはるかに凌ぐ未知の叡智だ。

 それは法則でありながら技術だった。知識であり、芸術であり、道具であり、武器であり防具だった。

 ……レイバの家には自動式の冷蔵庫がある。キッチンの隅に設置されているその箱を、リリィは横目でちらりと見た。この家に来る前は、家庭でこんな未来の機械を目にする機会はなかった。生ものは早くに加工して保存をしたし、どうしても冷却が必要な時は、井戸水を使ったり、冷暗所に設置した専用の棚に氷と共に置いたり、工夫をするのが普通だった。

 これを初めて見た時、魔法の箱だと思ったのをよく覚えている。

 畜産や小売の現場で、冷却技術が日々改良され続けているとは聞いた事があった。だが、目の前にすると未だに信じがたかった。それはちょうど今日、試験に臨んで、シェルターを目の当たりにした時の感覚に似ている。

 外から見ても、仕組みなどは分からない。

 ただ、ありえないことを当然のように叶える、そんな存在。

 この大陸をかつて支配していたと言われる、遺跡の元の主たちは、このような不思議な力を、感覚ひとつで使っていたと聞く。

 科学者はその復元者だ。レイバは言わば、現代を生きる魔法使いの一人なのだ。


 大陸の先住民は、〈森人〉と呼ばれている。

 森と共存していたのではなく、森を使役していたという言い伝えがある。自然の力を、手足の延長のように操り、その力と共存して文明を築いていった。現在は絶滅して姿を消したが……彼らはまぎれもなく、おとぎ話の中に登場するような、伝説の魔法使いだ。

 信仰を持たないリリィにしてみれば、それが調査に基づく史実だと分かった上でも、絵空事にしか聞こえない。だが、実際に彼らの文明が、続々と復元されているのは身近な現実だった。

 森人を偶像として崇拝しているのはテンプルだが、カンパニーの開発をはじめとした、技術革新の拠りしろもまた、森人が残したアニマ文明だった。

「世の中の物質を分解しまくると、原子やら分子になるってことは知ってるだろ? それくらいの最小単位で、世界のあらゆる所を漂ってる霊的粒子がいわゆるアニマなんだよ」

 若者の話題が自分の専門分野にかかったのが嬉しかったのか、レイバは子供のように顔を輝かせて演説を始めた。喋る口が止まらないので、食事に手をつけるスピードは、彼が一番遅い。

「森人は魔法の力でアニマを操作して、原子・分子レベルの干渉を起こして、様々な反応を呼び寄せたと言われているんだ。重要なのは、それが頭で思い描いた実在しない設計図をもとに、瞬時に実現されることさ。俺たち人類にはない特殊な能力、つまり魔法だ。でも、カンパニーによって〈ストーン〉が実用化されたことで、人類もアニマを扱える土俵に立った。これからはどんどん、魔法が道具として実用化されていく。科学者がそうするよ」

 買えた食材の量が少なかった事を気にする必要はなかった。病み上がりのスティアはまだ、普通の食事が摂れないらしい。

 四人で掛けたテーブルで、彼の前にだけ食事が置かれていないのを見ると、なんだか無性にいたたまれない。スティアはリリィの正面の椅子にかけ、レイバの言葉を聞き流しながら、手元の紙袋を開けていた。中には錠剤が入っているようだった。

「〈ストーン〉とは要するに、アニマを石に染みこませて定着させた人工燃料だ。あらゆるエネルギーソースとしていたる場面での活用が期待されている。身近なところで言えばまずは発電かな。急速に発展した通信技術、たとえば通話テレパス通文メールなんてアイデアは、森人が日常的に用いていたというテレパシー能力をモデルに開発し、拡大された電波制御によって支えてる。他の全ても同じさ。森人が風を起こして涼んでいた証跡を発見すれば、俺たちは、より高度な扇風機の着想を得て相応しい動力で実現する。彼らが敵を遠隔から撃ち抜いた仕組みが分かれば、俺たちは銃器の構造を作り上げる――」

「薬を飲むなら、なにかお腹にいれないと胃に悪いんじゃない?」

 説明に酔っている風のレイバはとりあえず無視して、リリィはスティアに問いかけた。

 たいして時間もかけられなかったので、結局の献立は、豪華なメニューにはならなかった。買ってきた野菜に、保存していたドライトマトを合わせただけの、レモン風味の炒め物。たまたま先日からタレに漬けていた塊のローストポークを、薄く切って野菜の残りと共に並べたもの。固形ブイヨンを溶かして残り具と煮込んだスープ。固く炊いたライス。……スープくらいなら、病人職にも良いのではないだろうか。

「遠慮しとくよ。来る前に魔が差して間食したら、ちょっと気分悪くなってさ」

「リゾットなら食べやすいんじゃないかな。このスープがベースでいいなら、すぐに作れるよ」

「うーん……やめておくよ。まあ、さっき食べたアイスが胃に膜とか作ってそうだし、たぶん大丈夫」

 大雑把な理論を展開してくれた。

 リリィが黙ってしまうと、スティアは苦笑した。

「用意してくれたのに、ごめん。でも俺が食えないぶんは、ロールが大量に食っちゃうからさ」

「そんなことないもん」

 ロールが食事の手を止めて、憤慨する。

「どうだか。さっきから見てればずいぶん手が早いじゃん」

「だって、おいしいから……」

 そこまで言ってから、ロールは視線をリリィに向けた。ちょっとだけ照れくさそうに。

「すごくおいしいです。お料理、上手なんですね」

「え? あ、いや別に、そんなことないと思うけど……」

「なんだかすっごく無視されてるみたいで気になるけど気にしないよ。リリィの料理は上手いぞー」

 レイバが口を挟んだ。

「小さいころから、親より家事やってたんだよな。確か」

「へえ」

「すごいですね」

「いや別にすごくないから! 母さんがそういうのダメだったってだけで……って、いやまあ、なんでもいいけど!」

 謙遜して照れくさいのをごまかそうとすればごまかそうとするほど、墓穴を掘っているような気持ちになる。レイバやスティアの目線を見れば、彼らはこちらの反応を楽しんでいるようだった。これだけ短い付き合いで、すでにこちらの性格を把握しているらしいスティアの事を恨みがましく思いつつ、唯一、純粋に尊敬の眼差しで見つめてくるロールを無下にすることができず――結局、リリィは小声で礼を口にした。「……ありがと」

「ガードになるために、この街に来たって聞きましたけど」

 スティアが聞いてくる。特に意識したわけではないのだろうが、その一声だけが敬語に戻っていた。なんとなく気が引き締まって、リリィは彼を見つめ返す。

「そうだよ」

「いつごろから?」

「二年前に、中等学校を卒業した時からかな。もうビーストも増えてたし鉄道は止まってたけど、実家も隣町だからフォレストバスが出てたし、短い旅ですんだんだ。スピノザって言う小さな街なんだけど、知らないよね」

「ああ。聞いた事はあるよ」

「あなたたちは、もしかして遠くから来てる? 銀髪の人って、こっちじゃあんまり見ないから」

 一般的に、南大陸サウスグラウンドに住まう人間は、リリィやレイバのような茶系の髪や赤毛が多い。北大陸ノースグラウンドに住まう人間は、金髪や銀髪が多く、肌が白いと聞く。人種による居住管理が存在していたのは今よりはるか昔の、大陸に帝国が存在していた時代に遡るので、血が混ざった今となっては傾向の問題でしかないが。それでも銀髪は絶対数が少ないこともあり、南大陸で見かける機会は少ない。

 だが、リリィは自分で問いかけておいて疑問に思った。入院するほど病弱な人間が、こんな時勢に長旅を歩くだろうか。街から街へ移動するには、機能している鉄道を使うか、ガードを護衛につけたフォレストバスに詰め込まれるのが一般的だ。個別契約でもしない限りは、優雅な旅には縁遠い。体力・精神共に、消耗も大きいだろう。

 そもそも、なぜ仮退院で自宅に帰らず、この家にやってくるのだろう?

 スティアは言葉を探すように、ゆっくり口を開く。

「生まれは北だけど、こっちに逃げたんだ。〈グランドクロス〉の爆心地に近かったから」

「…………」

 瞠目する。

 彼は反応を予想していたように、特に気にせずに続けた。

「しばらく、ここの近くの街に住居を借りて生活してたけど、家族で他の街に行く用事ができて森に出た。その時、群れからはぐれたビーストに襲われたんだ。親は死んだけど、雇ってたガードに助けられて、俺たち二人は一命をとりとめた。連れられたのが、この街の病院」

 リリィだけではない。事情を知るはずのロールも、レイバも、きっぱりとしたスティアの物言いに驚いているようだった。賑わっていた食卓の空気が、静かになっていた。

「ロールは左目が見えないんだ。それは、その襲撃のせい。俺は右腕を噛まれて死ぬかと思ったけど、ふたりとも助かった。けど変な病気もらったらしくて、今でも具合が悪いんだ。入院したのも、今回が初めてじゃないし」

 淡々とした口調のまま、なんでもない様子で言う。

 リリィが何も言えずにいると、レイバが横からまとめた。

「とまあ、そういうわけなんだ、リリィ。こいつら、退院した所で帰る場所がないんだ。数日間だしうちに遊びに来いよ! って話になって、今日来てもらったの」

「え? でも……」

 うまく口が回らず、しどろもどろに問いかけた。

「今までロールちゃんはどうしてたの? 入院してたのはスティアく……スティアだけじゃ」

「家がないわけじゃないけど、病人が滞在できる状態じゃないってところかな。仮設住宅の一番ランク低いアパートのせっまい部屋だし。ロールもほとんど病院にいさせてもらってたから、くつろげるような状態じゃないんだ」

 答えたのはスティアだった。「治安も最近、よくない地区だしね」

「そう……そっか」

 リリィが肩を小さくしていると、スティアが笑った。場を仕切りなおすように。

「ごめん。暗い話になっちゃったね。お宅に上がらせてもらうなら説明しなくちゃって思ったんだけど、どうも俺、物言いが上手くないんだよね」

「ううん。おかげでよく分かった。ありがとう」

「別に、絶望的な気分でいるわけじゃないよ。今はこんな境遇の奴、掃いて捨てるほどいる。比較の問題じゃないけどさ。医者にかかれただけ幸運だと思ってるよ」

 彼の言葉に、誇張は感じられない。本当に心の底からそう思っているのだろう。リリィはなんとなく、不思議に思った。自分と同じ歳であるというこの男は、奇妙に達観している。それは性格がもたらすものだろうか。苦労を経た結果だろうか。

 何にせよ、彼はどこまでもあっさり言うのだ。リリィが同じ境遇にいたとすれば、絶対に言えないであろう言葉を。

「起きたことを悔やんでもしょうがない。これからどうするかで精一杯だよ、いつも」

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