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グレイゾーン1  作者: サヤカ
 
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エピローグ

 リリィ・ブルーノ。

 四月十三日生まれのA型。おてんばと言うには、もうずいぶんと落ち着いた。だが、子供のように感情を隠さず、子供のようにだまされ、子供のように落ち込むので、総じて印象は子供っぽい。

 性格には裏表がない。努力家で素直。相手によって態度を変えず、老若男女や立場の分け隔てなく人と接するから、話しやすい人間である。その点はガイルにもレイバにも、よく似ていると言えるだろう。

 学校成績はきわめて優秀だと聞いたし、それは横で見ていても納得できる。特に戦闘における視野の広さが目立った長所としてあげられる。敵や味方の能力を把握するのが早く、状況に応じた対応ができる。その点では頭の回転が早いのだが、口頭での説明を飲み込むのは、そう早いわけではない。彼女が感覚型であるか、自分の説明が下手なのかは分からない。おそらく、その両方だろう。

 女性にしては、どちらかと言えば身長が高いかもしれない。トレーニングを日常にしていたのならば、体重もそれなりだろう。だが、見た目には屈強な印象はなく、むしろもっと一般的な意味で、スタイルがいい。年頃の娘にしては飾り気に乏しいかもしれない。

 ルックスが父に似ているとは、まったく思わなかった。顔立ちに特に目立つ所はなく普通だが、どちらかと言えば目が大きいかもしれない。感情がくるくると動くから、そう見えるのだろうか。

 実用性を重視した動きやすい服装の上に、二丁のリボルバーを装着している。すぐ手に取れる位置に、真新しいライフルも。

 長い髪を、極めてシンプルにまとめていた。気取った所も、媚びるような態度も、何もない。

 だが、そうして仕事モードに入っている様を見ると、思い出す。借り物の寝間着に身を包んで、ベッドの中でぼうっとしていた顔。少し乱れた柔らかい髪。

「…………」

 後部座席についたスティアは、運転席でハンドルをさばくリリィの姿を見ていた。森に浸食された街道で、ガタガタと石を踏みながら、車は進んでいく。

 以前、外の世界を旅した時の運転手は、彼女の父親だった。そう考えると、悲しいような、感慨深いような不思議な気持ちが、そっと胸を撫でていくようだった。

 共に長い時を過ごすことになるであろう少女の姿を、張本人の視線がないのをいいことに、スティアはじっと観察し続ける。そして確認を反復する。ここ数日のつきあいで把握した彼女の性能と性格を。

 導き出せる結論は、とても無難なものだと分かっていても。

(一緒にいて、嫌な相手ではない)

 性格が悪いわけではない。仕事ができないわけではない。付き合いにくいわけでもない。生理的に受け付けないなどという、外的な要素さえもない。

(感情的で、素直で、愛されて育って、友達もたくさんいて、根が明るくて、金銭にも才能にも恵まれた、普通の女……)

 むしろ、レイバの言う通りというのもしゃくだが、かつて共に世界を歩いたあの男と比べると、場が華やぐような存在である。

 だからこそ。

(いっそ)

 スティアは思い出す。ガイルを己らの父と認め、ロールを妹だと言った、リリィの言葉。

 彼女には言わなかったが、ガイルも昔、自分たちふたりを家族の一員にすることにこだわった。ただし、彼の場合はもう少し、妄想の中身が直接的だった。 ――スティアがうちの娘と結婚すりゃあ、俺たちみんな家族だ。これで全部解決じゃん?

 ため息をつきそうになったが、ぐっとこらえた。喉の奥が、わずかに鳴る。

(似てない方がよかった)

 ――お前と一緒に仕事をするには、嫌われた方が効率があがるからな。

 スティアは己の性格を呪った。何もかもがあの科学者の言う通りだ。

 リリィがどうしようもない愚図で、性悪で、ひとつの好意も抱けないような相手だったら、まだ、やりやすかったんだ。

「スティアー」

 不意に声をかけられて、スティアは慌てて目を開けた。動揺が表に出ていないことを、バックミラーでちらりと確認しつつ、何食わぬ顔で返事をする。「なに?」

「道が二手に分かれてる。近道の方は地形的に坂とか多そうだけど、あなたはきつい?」

「それは平気。乗り物酔いとかはしないから気にしないで。よっぽど険しい山道だったら迂回するべきだと思うけど、このへんにそんなのないでしょ」

 頷いたのちに、彼女は妹の方の意向も確認をした。ロールはいつものように、曖昧に頷いていた。気分が暗くなるのを自覚する。

 妹の、すべてを受け流すような表情や仕草を見ていると、どうしても気は急いた。

 だが、どんな時でも、今できる最善を考えるしかない。

 スティアら三人を乗せた車は、街道をぐんぐん進んでいった。本当にビーストの姿はない。昔の妹にはなかった特技だ。これには未だに、実感がない。

 少し開けた窓から、風が入る。

 もうガイルの夢を見ている暇はないとは分かっていた。だが、リリィの後ろ姿を見ていると、どうしても、彼の言葉を思い出した。

 尊敬していた。憧れていた。その気持ちに偽りはない。

 だがこの現実に、もう彼はいない。

(あんたの言葉は、忘れてない)

 夢に見るまでもない。

 彼が自分に届けた言葉は覚えているし、いつだって正しかった。だけど。

(正しいやり方が出来ない人間にも、あがく手段があるってことを)

 証明したい。証明しなければならない。

 無言で、右手に触れた。機械でできた己の手。装着してからずっと、好きになれたことなどない不格好なフォルム。

(……俺はあんたに、逆らうよ)

 ぎゅっと、左手の握力を強める。不気味なほど細い腕。感触は冷たい。温度も、脈もない。

 天気は晴れていた。風が気持ちよく頬を撫ぜる。先日の雨に洗い流されたのだろう、空気はとても澄んでいた。

 遠くから聞こえる鳥の声を、ひたすらに懐かしく思った。

「グレイゾーン2」に続きます

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