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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act6 ディパーチャーズ
33/36

 廊下の最奥にその部屋はあった。表札に書かれた文字は『キャロル』。

「あいつ寝てるけど、あんまり気にしないでね」

 レイバは作業着から再び取り出したカードキーで開錠をした。

 そこは病室か手術室のようだった。リリィが寝泊まりしているゲストルームとは雰囲気がまるで違い、むしろ途中で寄ったキメラ研究室の方が近かった。中心に寝具を置き、他のものでそれを取り囲むようなレイアウトを取っているにも関わらず、生活感が感じられない。設置されているものが家具などではなく、医療機器らしき機械であることが原因だろう。もちろん薬品の匂いがすることも。

 装置はいかにもジャンク屋が作り出したものらしく、スイッチやコードがたくさん接続されている。戸棚には薬品と思われるものが多く並べられていた。その隣の棚には大量のファイルや本。事務用机には、汚い字が綴られたカルテが数枚重なっている。

 部屋の中心にあるベッドに人が寝ているのは入り口からでも分かった。サンダル独特の扁平な足音を立てながら、レイバはそちらに歩み寄る。リリィも続いて、近寄った。

 点滴を接続されたまま熟睡しているスティアは、上半身に服を着ていなかった。腕の血管に沿って、いくつかガーゼが当てられている。レイバの言う所の検査をした後なのだろう。

 だが、叔父がわざわざ服を脱がせた理由はきっと他にもあった。思惑通りになっていることを理解しつつも、リリィは目をそらすことができなかった。きっと、レイバはリリィに、これを見せようとした。

「体重また減ってんだよね。できれば栄養剤を固形にしたいんだけど、まだ拒否反応が出る」

 右肩から先にある無骨な義肢とて、スティア自身の肢体にくらべればたいして目を引かなかった。見つめるだけで、こちらが罪悪感を覚えるほどには、やせ細っている。皮の下にある肋骨が、ここまではっきりと浮かび上がって見える人間を見たのは、初めてだ。

 彼が痩せていることなんて、服を着ている状態でも、見れば分かる。だけど、それでもこうして眠っている姿を見ると、印象が違う。

 二度と目覚めないのではないかと思えた。見た目には、昏睡する重病人そのものだ。とても、共に学校で走り回り、テッドに跳び蹴りを食らわせた人間だとは、思えなかった。

「隙だらけだろ?」

 レイバは、どこまでも軽い口調で言った。

「もうこうなれば、俺たちがここで騒いだくらいじゃ起きないよ。定着剤を投与すれば起こせなくもないけど、その負担はさっきも言ったように、次なる睡眠に繋がるから、意味がない」

「…………」

「殺そうと思えば、誰にだって簡単に殺せる」

 レイバは事務机に近寄って、ハサミを手に取る。

 寝ているスティアの側に移動し、ハサミの柄を握った。手を高く掲げて、振り降ろす。

「ちょっと!」

 思わず大声をあげたと同時に、レイバはピタリと手を止めた。空中で停止したハサミは、スティアの肌に到達することなく、ぎりぎりの所で浮いている。

「ほらね。抵抗なんかできっこない」

 ひょいと肩をすくめて、レイバはハサミを引いた。熟睡したスティアは、微動だにしていない。

「人間ってさ、頑張ればわりと徹夜とかできるもんじゃん。でも、こいつには無理なんだ。精神力とか気合いでなんとか出来るレベルじゃなく、そういう風に出来ていない。自分で自分の体調が管理できないくらいには、健康を害してる」

 リリィはレイバの言葉を、思わず反芻した。――そういう風にできていない?

 少なくとも三年前までは、外の世界を旅して普通に生活をしていた若い男に、言うような言葉ではない。

「でも、スティアの仕事はこれからが本番」

 ハサミを机に戻しながら、レイバは言った。

「〈キャロル〉の実働実験は、いまテンプルが進めている研究では、もっとも大規模なプロジェクトで最優先事項だ。ま、当然だな。アニマを操るには、頭ひねってプログラム組まなきゃいけないけど、魔法が使えたらその手間は一気に拭えるから、他の全ての研究をリードできる」

「何度も聞いたよ。それがどうしたの?」

「〈キャロル〉は人体に直接繋がっているから、扱えるのは被験者のスティアだけだ。設計者にだって、魔法を使っている本人の感覚なんて分かりっこない。主観の問題だからね」

 リリィは、外で話をした時のスティアの様子を思い出した。〈教区〉の空きスペースで魔法の練習をしたと言っていた。想像力で全てを構築しなければならず、森人の文献も含めて見本が何一つなかったとも。

「だから、動力であるカラーストーンをこれから回収するわけだけど、手に入れたらハイおしまい、じゃなくて、現品をスティアに渡して使用させなきゃ出力データはとれない。――だったら、スティア本人に石の回収もやってもらった方が効率がいい」

 話の矛先が変わった。

「カラーストーンは、五年前に兄さんに回収を頼んでから、全国のテンプル関係者が水面下で探してる。でもだめだった。レーダーで場所を特定したくらいで、即座に回収できるほど単純な話じゃなかった。誰かの所有物として、外から手出しが出来ない場所にしまい込まれてたり、手が出ないほど危険なビーストの住処に転がってたり」

「……うん」

「俺たちテンプルも、レアリス・カンパニーも、すでにそれぞれカラーストーンをいくつか所有してる。けど、あれは全部集めなきゃ意味がないんだ。〈キャロル〉に接続すればそれぞれの属性の範囲でなら立派に魔法が使えるけど、そもそもの目的である属性無視ってのは、すべての色が集まらないと出力できない」

 レイバは、首を動かしてコキッと鳴らした。

「だから、高いリスクをおかして取り合い合戦を始めるくらいなら、準備が整うまで潜伏しようって話になったんだ。こっちにはすでに〈グリーン〉と〈レッド〉があるわけだから、カンパニー側に全部揃えられるわけがないしね。機が熟してないなら、無駄に動くのは徒労だから」

 テッドが奪った〈イエロー〉。それを求めたセイ・ホワイト。

 カラーストーンの取り合いが続いている中で、父が所在を隠した〈イエロー〉だけが、双方にとってのイレギュラーだったのだろう。そして、手が届くところまで来たカンパニーが、スティアの登場に焦って行動を開始した。

 父が独断で所在を隠した理由が、なんとなく分かった。スティアは語らなかったが、たぶん彼にも分かっている。

 父は、レイバやテンプルと、カンパニーが正面衝突するのを避けたのだ。イレギュラーを投じることで、双方の行動を遅らせる。他の全てがそろってから、最後のひとつを秘密裏に合流させる計画を立て、テンプル側のスムーズな勝利への保険にしたのではないだろうか。

 敵を騙すために、味方から騙した。そして、種を明かす前に、勝手に命を落としてしまった。

 自分勝手な父親の、自分勝手な芝居だったのではないだろうか。

「カラーストーンは、手に入れたらすぐに力を発揮できるってわけじゃない。スティアのイメージが定着しないと、魔法の形にならないからね。だから、アニマを扱う練習をさせる意味でも、俺たちはあくまで支援役に徹して、スティア自身に回収をさせた方が効率がいい。そのために大陸を回ってもらうつもり。彼なら身元を隠せるから、多少強引な手段を取ってもテンプルのイメージに泥を塗ることがない。何より、こいつの側にはロールがいる」

 レイバはそう言って、なぜか得意げにスティアを見た。

「何度も言ったように、ロールは決してビーストに襲われない。どんな優秀なガードよりも、あるいはシェルターよりも優れた、ビースト対策の最終形だと言ってしまってもいい。――もっとはっきり言うか。大陸のすべての人類が、ビーストの脅威におびえて引きこもってるこの時代で、ロールだけは、自由自在に外の世界を歩き回ることができるんだ。そして、ロールの近くにいれば、敵が寄りつかないという恩恵を授かれる」

 リリィは驚いた。

 ガードを目指して、実際に外で演習もした身だ。ビーストを退けることがどれほど困難であるかは、よく知っている。だからこそ、シェルターを有するカンパニーが世界的な発言力を持っているのだ……

「ロールの持つ力を考えると、こんなのは付加価値にすぎないけどね。活用できれば、カンパニー側よりかなり優位に立てる。けど、ロールは一人で外を歩くには幼く世間知らずだし、本人にも、スティアの側を離れる意志がない。まあ、当然かな。スティアが実験体に甘んじているのはロールのためだからね」

「……つまり、父さんに石を回収させたように、今度はスティアとロールに石を回収させるの?」

「正解。もちろん俺たちは全力でバックアップする」

 レイバはにっこりとして、眠ったままのスティアに視線を移す。

「ここまでが現状の説明。お前をここに連れてきたのはこっからが本題。単刀直入に言うよ。スティアのガードになってくれないかな」

 ひどく普通の口調で、さらりとそう言われた。

 思わず、聞き流してしまいそうなほどに、なんの強調もなく。

 理解する前に、レイバは続ける。思いついたアイデアを自慢したくてたまらない、そんな子供のように。

「見ての通り、こいつは一人じゃ生きていけない。文字通り、生活に支障をきたすレベルで不安定だからね」

 いつものような笑顔。いつものような声。

「さらに、石の回収なんて始めたら、大なり小なりのトラブルが日常になるのは目に見えている。だから、戦闘の領域に踏み込める実力を持ち、かつ、こいつのフォローを手がけてくれるサポーターを探してた。〈キャロル〉が完成したら手配して、スティアとロールのフォローをさせて、一緒に出立してもらうつもりだったんだ」

 叔父は無造作に首筋を掻いた。

「サポーターをどこから引っ張ってくるかを考えると、裏ガードあたりから、適当に見繕うしか手段がなかった。でも、この任務の機密性を考慮すると、人材選びは慎重にならざるをえないから、なかなか難しくてさ」

 裏ガードという単語に聞き覚えはなく、ガード候補生としては気になったが、問いただすだけの時間はなかった。どんどん言葉が続いていく。

「でも、昨日の事件を見るに、お前は俺が思ってたよりずっと出来るみたいだし、何より、スティアの無茶な能力を短時間で把握してフォローできるくらいに柔軟だ。さらに、就職するはずだったカンパニーとは仲違いをした。加えて俺のかわいい姪だ。ずっと見てきたんだ。信頼できる」

 レイバは根拠を重ねながら、当のリリィの顔を見つめる。

 リリィはなんとか言葉を探して、うめく。

「……スティアに、そのアイデアは言ったの?」

「いや。あいつの了承をとる必要もないでしょ。雇用主はテンプルで、責任者は俺だしね。でも反対はしないんじゃない? 学校でうまく戦えたみたいだし」

 ――ガイルさんの娘に会うことも、ガイルさんの娘に彼と俺の関係を伝えることも、気が進まなかった。

 おそらくレイバには言っていないであろうスティアの言葉が、頭をよぎる。

「専属サポーターを最低一人は手配するとは伝えてる。それがリリィだった所で、特に問題じゃない。考慮すべきことは一つだよ。お前の意志」

 丸投げされて、リリィはぐっと口を閉ざす。

「労働条件を並べるよ。仕事内容はスティアのサポートとフォローをしながら、カラーストーン回収の補佐をすること。スティアにはこのまま、シェルター検問対策に兄さんのガードライセンスを渡す。もちろん死者のライセンスは無効だから、バレないようにしなきゃいけないし、同行者であるお前も含めて国やカンパニーを頼りづらい立場になる。けどそのへんは、テンプルが全力でバックアップをするから、不安に思ってもらわなくてもいい」

 指を折りながら、レイバは説明を並べた。

「仕事は臨機応変に行ってもらって構わない。給金は月賦で口座に振り込んでおくし、必要経費は申請してもらえればこちらで持つ。必要なら戦闘も禁止はしないけど、表沙汰にしないようには注意すること。あとは、そうだね。スティアの体調について、定期的な俺への報告もほしいかな。病人の自己管理ほど信頼できないものはないから」

 何も答えられずにいると、叔父は苦笑して腕を組んだ。

「即決できないなら、今すぐ答えてくれなくてもいいよ。でもそうだね、出来れば明日までに返事が欲しい。こっちもいろいろ準備があるから」

 無茶なことを、平然と要求する。

 リリィは結局、言葉を見つけられないまま、ただレイバの顔を見た。そして、視線を寝ているスティアに移した。

 これだけ騒いでも、起きる気配がまったくない。何も知らずに眠っている。

 電球の明かりの下で、右腕が冷たく光っていた。その光を見つめながら、リリィは苦し紛れに、一言だけを口にした。

「質問いいかな」

「どうぞ」

「〈キャロル〉の名前って、結局なにが由来なの?」

 黙ったままなのが悔しくて、苦し紛れに発した思いつきだった。そして叔父の返答には、さらに意味がない。

「キヤノン砲みたいでかっこいいじゃん?」

 家で日常的に見せていたのと同じほど、どこまでも軽く笑うレイバを見て、リリィはどっと疲れるのを感じていた。レイバにとっては、全ての現実はこんなものだ。父も、スティアも、ロールも、キメラも、リリィも。

 自分は同じようには考えられない。実感すると、明日に迫られた選択が、ひどく重かった。

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