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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act6 ディパーチャーズ
32/36

 食事を終えてから、ロールにレイバの居場所の心当たりを聞いてみた。スティアの様子を見に行っているのなら、地下室ではないかと彼女は言う。

「わたしは二階の部屋で寝泊まりしてるんですけど、お兄ちゃんは下にいるんです。大規模な実験については、地下ですることが多いから……頻繁に検診とかしてるみたいだし」

 情報の提供に感謝を告げてから、リリィは食器を戻し、施設の地下を目指した。だが、階段を降りた先には、番兵のように、ひとりの研究員が立っていた。

「悪いけど、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だよ。レイバさんの姪だとは聞いてるけど、君は研究員じゃないだろ?」

「レイバに用事があるんです。彼はここにいるだろうと思って、来たんですけど」

「だったら探して呼んでくるから、ここで待ってて」

 研究員が階段を離れ、リリィは廊下にひとり取り残された。この隙に勝手に探索をすることも不可能ではないだろうが、やめておく。

 とはいえ、機密保持の施設としては、不用心な対応だとは思う。ここにいる人間は、外界の侵入者などとは無縁なのだろう。

 伸びる廊下の先に視線を向けた。他の階と同じく初等学校のような構造だが、窓がない。電灯は一定間隔で設置されていて、しかもつけっぱなしだった。秘密基地だなんだと言っても、電力は引いているのだなと、今更ながらに実感する。

 今もっとも一般的な発電燃料は〈ストーン〉であり、すなわちアニマだ。

 スティアは〈ストーン〉を、〈カラーストーン〉の劣化版だと言っていた。

 〈ストーン〉が科学燃料として一般化してから、リリィを取り巻く文明は革命的に変わった。それ以上の質を誇るというのなら、カンパニーやテンプルが躍起になるのも、当然のことかもしれない……

「おまたせ!」

 見つめていた方向とは反対側から、明るい声をかけられた。

 戻ってきたのは、先ほどの研究員ではなく、探していたレイバ・グリーニッシュその人だった。

「以心伝心だな。迎えに来ちゃった。奥に来てくれる? 話したいことが色々あって」

「ここにいた人には、入っちゃだめって言われたよ」

「いいっていいって。ちゃんと言っておく。はい、リリィの入室を許可許可。おいで」

 適当な口調で言い放ちながら、叔父は廊下の先にリリィを手招いた。

 後ろにつきながら、長い廊下を歩く。通り過ぎた扉には、それぞれ表札がつけられていた。――ストーン・ガン保管倉庫、裏ガード資料室、シールド研究室、遺跡街経路管理室……

 見覚えのある名称もあれば、見覚えのない名称もあったが、どれもこれも街の商店街などでは見かけない類の文字であることは共通していた。寺院のイメージには、おおよそ結びつかないということも。そして。

 しばらく歩いて、リリィは思わず足を止めた。

 ――キメラ研究室。

 広い部屋だった。扉の間隔が他の部屋よりも長い。上の階の食堂くらいはありそうだった。

 視線をやれば、隣の部屋にも似た表札が並んでいる。キメラ研究室2。

 先を歩いていたレイバが、リリィが立ち止まっていることに気づいて振り返った。サンダルをペタペタと鳴らしながら、気楽な調子で戻ってくる。

「目的地はここじゃないぜー」

「分かってる、けど……」

 言葉を濁すと、レイバは笑った。

「そっか、お前ロールに助けられたんだもんな。キメラに興味あるなら見てみる?」

「いいの?」

「構わないよ。俺のポリシーだから。来るもの拒まず、去るもの追わず、ってね。学問系限定だけど」

 しごく当然とでも言うように断言しながら、レイバは作業着のポケットからカードを取り出した。ドアの取っ手近くに設置してあった、小さな装置に向けてかざすと、ピッと電子音が聞こえた。

 解錠した扉を押し開けると、レイバは先に入って明かりをつけた。リリィはあとに続いて、扉を閉める。ひんやりとした地下室の空気に、薬品の匂いが、混ざっていた。

 照らされた光景は予想外に狭かった。本棚を仕切代わりにして、細長い通路にしているらしい。左右に伸びる書棚と、納められた本やファイルの数に圧倒されるが、レイバはすいすい進んでいった。

 突き当たりで左に曲がると、とたんに視界が開けた。

 息を呑む。

「これがキメラ。ここにいるのはほんの一部だけどね」

 レイバの誇らしげな声が、耳から入ってすぐに抜けてゆく。

 広がっていた部屋の壁際には、巨大な水槽のようなケースが設置されていた。どれも物々しい扉がつけられていて、厳重に施錠されている。中にいるのは生物だった。だが、見たことも聞いたこともない、異形の獣だった。

 猿の手足を持った動物に、野犬の胴体と首が繋がっている。

 それは、鋭い牙を覗かせながら、細やかに手足を動かして、水のない水槽の中を動き回っていた。

 隣の槽には、また別の生物がいる。寝そべった猪の体に、熊のようなたくましく足。さらに隣には、また別の生物が。

 ケースは密閉されていたが、それらが息苦しそうにしている様子はまったくなかった。よく見れば、すべての水槽の外から、パイプが接続されている。先をたどれば、巨大な制御装置に繋がっていた。空気を送っているのだろうが、それだけの機能と考えるには大仰である。獣たちが、見た目に反して大人しいことも含めて、リリィはぞっとした。薬品の匂いも、この装置も。

「キメラってのは、異種のビーストを掛け合わせた生物の総称さ。形質を異とする動物を、人間の手で融合させる新技術だ」

 レイバの声は、あくまで誇らしげだった。

「異種間で子供は作れない。体の仕組みがそもそも違うからね。だけど、二種の動物を合体させることは実現できる。これは、アニマの性質を応用した融合の技術なんだよ。ユニオン現象を発生させたことで、類似した形質を接着剤に、生物と生物の結合を可能にした」

 とっておきの手品を披露するように、実に楽しそうに告げる。

「自我が崩壊して、破壊衝動の固まりになってしまったビーストの、その性質を調査する実験でもあるんだ。人間には知覚できないからピンとこないかもしれないけど、ビーストってのはそもそも、増えすぎたアニマの影響を受けて身体能力の異常増強をきたし、それを制御しきれずに自我を崩壊させた生物のなれの果てだ。あらゆる部品のスペックが無作為に上がったり、装置がものすごく活発に活動して熱暴走を起こしたりして、全体の制御が死んでる状態にある。それ自体で完結していた円が、ボッコボコに隆起したり削れたりで、足りなかったり、余計なものがついてたりしている状態なんだ」

 手振りを交えて、彼は続ける。

「完成品だった形質が変質したことで、隙間が出来た。だから、その穴を、他の生物でジグソーパズルのように埋め合わせることは可能か? という仮説が生まれた。実験してみたら、可能だった。そういうやつさ」

 リリィは言葉を探した。唇がかすかに震えた。

 学校で、翼の生えた狼を目にした時にも、確かに自分は未知の恐怖に怯えた。だが、それとは、違う。

「どうして……」

「ん?」

「どうして、こんなものを作ったの……?」

 恐ろしいのは、この生物の姿形以上に、それを自慢するように語る叔父だと思った。レイバの顔には、どこにも邪悪さがない。――それが信じられない。

 そのままの無邪気さで、彼は平然と言葉を返す。

「いけない? 革新的な発見をいろいろしてるんだけど」

「いいとかいけないじゃなくて! だって、こんなの、おかしいよ」

 意図が通じないことにひどく焦るが、レイバは特に困った様子もみせずに、軽く首をひねっていた。

「うーん、そう来るか」

 心外とでも言うようなニュアンスだが、怒りはない。

 たぶんレイバもまた、慣れている。なにせこの性格でこの性質だ。他人、主に常識人に、頭ごなしに否定されることは日常茶飯事だろう。

「まあ、正常な反応なんだろうな。だがお前だって、ビーストを掃討する仕事につきたかったんだろう?」

 説教と言うには熱意もない。世間話のような口調だ。

「今の大陸は獣の異常発生で、ただでさえ悪化してる治安がいろんな側面から脅かされている。それを解決したいなら、まずは敵を理解しなきゃ対策が練れない。それに現実問題、人間が狩った獣の数も増える一方で、死骸処理に困ってるのが現状だろう? 野ざらしにして放置したら他の生物の餌になって、さらなる動物の発生に繋がってしまうのに」

 リリィは言葉に詰まった。

「利害の一致さ。俺たちは一部のハンターと繋がってる。実験動物として、ビーストを仕入れてるんだよ」

「だからって……」

「動物愛護の心は大事だとは思うけどね。すべての学問や技術は、マウスの犠牲があって生まれてるってことは忘れちゃいけない。事実、この研究が進んだことで、俺らがユニオン現象を利用する際の、技術精度はかなり上がったんだ。このケースに限らず、ユニオンってのはどこにだって使われてる技術だし、可能性は全て試すべきさ」

「……さっきから、ユニオンって何なの」

「アニマの結合性質を指す専門用語さ。〈シェルター〉もこれで存在してるし、〈ストーン〉もそう。スティアの定着剤だって、大ざっぱに言えばこいつの働きかな」

 身近な単語が並べられて、リリィは目を見開く。

「粒子の配列さえ合わせられれば、アニマは結合する。だからこそ〈キャロル〉に混色機能があるんだ。森人だって、それを利用して〈ホワイト〉と〈ブラック〉を結合させようとしてたんだと思う」

 レイバの瞳の中で、実に生き生きとした光が躍っていた。話題の中心になっているセイやロールの眼球とは、比べようもないほどの充足感に満ちている。

「もちろん、異形の生物を世に流すのは、遺伝子的な混乱を生むし、最悪の場合は、種の滅亡につながるかもしれないとは分かっている。分かっているから、無作為に手出しはせずに節度は保ってるさ。だけど、勘違いしちゃだめだ。制限すべきは、できあがった発明の利用法であって、法則を解析する過程じゃあない」

 こちらが聞いていようが聞いていなかろうが、レイバにとっては、どうでもいいようだった。

「倫理にもとるという理由で、発想を捨てたりしたら、文明なんて何一つ残らないんだ。そういったことを考えるのは、政治家のお偉いさんか、思想家だけでいい。科学者は真理の追究と、それを組み合わせて可能性を生むことと、そのすべてを全力で制御する事が仕事なんだよ。だから、俺はこいつを使った実験をやめないよ」

 何も言い返せなかった。何を言っても無駄だ。彼には本当に、悪意がない。

 レイバは腕を広げて、部屋全体を指し示してみせた。

「俺の理想としては、こいつらを、人間の命令通り動かす事を可能にしたいんだ。そしたらバーサク症の制御すらも可能になるかもしれない」

 その腕をすぐに縮めて、自分の頭を指差す。

「実用化にはほど遠いけど、方向性は見えてる。脳の命令信号を、アニマの力でどうにかできないか? ってのが課題。森人が魔法を使っていたのは、自分の属性のアニマを使役していたから。つまり〈アニマ〉そのものを制御する手段は絶対にある。生物の命令信号を操れれば、電子を操ってコンピュータを動かすのと同じように、生物を制御下における」

 得意げに、笑みを深める。

「スティアの右腕を思い出してもらえれば、分かりやすいかな。あれは見ての通り義肢だけど、実際の手足に近い形で動いていただろ? 仕組みとしては、筋電位信号を測定して、その反応から擬似的に、本人の意思と同じ形で動かすことを可能にしているんだ」

 レイバはそう言って、自らの右腕を曲げて、伸ばした。

「理想としては、それと同じことをしたい。人が人を洗脳するのは高度だけど、ビーストってのは自我が崩壊してるから。キメラを作ることが出来たのと同じ原理で、隙間があるからいじりやすい。命令記号さえこちらが把握すれば、論理上、獣を使役することは可能なんだよ。『霊的粒子』であるアニマをなんとか機械で操れば、間接的に魔法が使えるわけだから」

 最後の言葉を、興奮するままに強調して、笑った。

「そう呼ばれてるんだよ。謎の定義だよね。アニマの正体や、発祥については何も分かっていない。だけど、それを利用することは人間にだってできるんだよ。これだから世の中ってのは面白い」

「……研究は、進んでるの」

 リリィが小声で問うと、レイバはいい質問をしてくれたとでも言わんばかりに胸を張った。

「ぼちぼちだね。信号を割り出すのも、機械仕様に作り替えるのも大変だし、そもそもアニマには属性の問題があるから、森人が妄想を実現するみたいに意志ひとつでとはいかない。だけど、この動物たちを利用する術も、今現在、なくはないんだ。こいつらは、ロールを怖がる。いや、畏怖してるとでも言うべきかな」

 水槽のひとつを見つめながら、うっとりと言葉を紡ぐ。

「ロールはすべてのビーストの発生源で、アニマの結晶だ。ビーストを含めたすべての獣は、彼女が王であることを本能的に知っている。彼女の宿すアニマの絶対量が膨大すぎて、潜在的な恐怖を感じるんだ。その習性を利用したプログラムは、簡単に書けた。彼女の意志に逆らわない延長で、彼女の感情に忠実であれと、特性を引き延ばしたんだ」

 リリィは、食堂で話していたロールの言葉と、学校での彼女の様子を思い出した。

「セイが魔法使いなのは知ってるよな? ロールだって同じさ。力が膨大すぎるのと、制御機能が著しく欠けていることで形にはなっていないけど、本当は歴史上で最も優れた魔法使いになるはずだったんだよ。それは叶わなかったけど、第三者が制御の補助をすれば、魔法に近いものを出せるだけの力は十分以上に持っている。この場合は、その援助役が、俺が生み出したプログラムなわけだ。リソースはロールで、式を書いたのは俺ってわけ。科学ってのは、そもそも魔法を疑似的に生み出すために作られたものだからね」

 レイバは、にっこりと笑った。

「森人の魔法は、自然を自在に操った。だけどキメラは、その魔法の力をうまく利用すれば、生物すらも制御できるという可能性を提示した。倫理的にどうこうじゃなくて、技術としては革新的だろ? 実際、なんの犠牲もなしにお前たちを学校から助けられたのは、こいつらがいたからこそだよ」

 言いたいことは、たくさんあるはずだった。

 だが、そのどれもが形にならない。言葉にならない。

 説明を終えたレイバは、何事もなかったような振る舞いで、リリィの顔を改めて見つめた。

「ちょっと話しすぎたかな。ま、難しいことも多いだろうけど、こいつは俺の自慢のひとつ。本題の方は、俺のもう一つの自慢についてだから、とりあえず、この部屋を出よう」

 その言葉を聞いて、リリィは、これからレイバが自分をどこに連れようとしているのか、予想をつけた。

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