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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act5 フラジール・マジシャン
29/36

 リリィは、しばらく言葉を失った。正面にいるスティアを、ただ見つめることしかできなかった。

 過去を語り終えた彼は、テーブルに肘をついて、背筋を丸めた。

「今のが、俺が体験した限りの〈セカンド・グランドクロス〉。ガイルさんは、この時の爆発に巻き込まれて、亡くなったんだ」

 淡々とした口調は相変わらずだが、それを、そのままの意味で受け取ることができなかった。

「だから、〈セカンド〉以降にあんたに来た、『ガイル』からのメールは偽物だよ。全部、例外はない。本人が認めたんだから、テッドのイタズラなんだろうね」

 スティアは視線をあげた。リリィの方を、まっすぐに見る。

「一般的にも知られているように、〈セカンド〉は〈グランド〉に比べて、被害規模がはるかに小さかった。理由は分からないけど、人間や建物が跡形もなく溶けたりするようなレベルではなかったって聞いてる。さらにガイルさんが反射的に崖から飛び降りて逃げてくれたから、俺は色んな奇跡が重なったおかげで、助かった」

 そっと、自らの右肩を押さえるような仕草をみせた。

「けど、盾にするはずだった崖が粉々に崩れたんだから、もちろん完全には逃げきれなくて、ガイルさんは俺を庇ったんだ。全身でね」

 機械で出来たその肩に触れる、左手の指に力がこもる。

「俺がこの身に受けるはずだった衝撃を、あの人は自分の背中で受けた。勢いだったから完全にはうまくいかなくて、あの人の身体からはみ出ててた右腕だけは死んだけど。でも、あとは大怪我だけで助かった。うまい具合に土砂に隙間が空いてたんだから、運もあったけど」

 スティアの声は、恐ろしく静かだった。

「死体に抱きしめられたまま、救助が来るまで過ごした。だから断言できるよ。あの人は間違いなく死んでいた。あんなに冷たくて、あんなに固い生者がいてたまるか」

 そこまで語って、はたと気づいたようにリリィを見た。気を遣うような、なんだか悲しい顔をした。

「……ごめん。これはあんたにするような話じゃなかった」

 リリィは無言で首を振った。

 スティアはしばし、言葉を探すように間を取ったあとに、元のような淡々とした声で、続きを口にした。

「とにかく、どんな形であれ、ガイルさんは仕事中に亡くなった。不幸中の幸いというか、彼の足跡がたどれなくなったことに、雇い主のレイバが気づくのは早かったんだ。カラーストーン・レーダーが示したガイルさんの居場所まで救助が来てくれたから、瀕死の俺と、無傷のロールは救出されたんだ」

 スティアは肘をテーブルから離して、今度は背もたれに寄りかかった。

「セイたちはもう、その場にいなかった。けどやっぱり、ガイルさんと同じような体勢で、カンパニーの連中もひとり死んでたらしい。俺はその時、ちょっとひどい状態だったから、よく覚えてないんだけど」

「右腕は使いものにならなかったし、打撲や骨折はいくつもあったし、精神状態も最悪だったしなー」

 レイバが、気楽な調子で口を挟んだ。

「ちなみにその時のこいつの担当医、俺だったのね」

「治療を受けながらレイバに事情を聞いた。俺たちが土の中にいる間、ロールは無傷のまま現場に残されてた。何日も何日も茫然自失状態のまま、だけどなんの身体異常も起きないままで、あいつはひたすら、あそこにいた。そしてあいつの左目は、なぜかあの日から真っ黒になった」

 スティアは一度、長い息をついた。

「その辺りの事情は、レイバが詳しかった。最初に説明をしたんだから、あんたにも見当はつくんじゃないかな」

 リリィは、押し黙った。

 森人の遺産、カラーストーン。その前身であり、魔法文明を滅ぼした要因でもある究極生命、〈ブラック〉と〈ホワイト〉。

 過去のスティアが聞いたという会話。〈ブラック〉と〈ホワイト〉は人間の身体に封印されている。無尽蔵にアニマを生み出す、壊すことができない爆弾である。

 学校でリリィ自身が聞いた会話。セイ・ホワイトとロール・アリビート。白い瞳と黒い瞳。得体の知れない力。

「セイ・ホワイトは〈ホワイト〉をその瞳に持っていた。……そしてロールちゃんが、〈ブラック〉っていうのを、持っていたってこと?」

「そう」

 スティアはきっぱりと肯定した。

「森人の社会が消えてから今まで、数え切れない人間の間をさまよっていたアニマが、うちの妹の代で覚醒したんだ」

「ロールに自覚はなかったらしいけど、〈グランドクロス〉が起きたってことは、八年前になんらかの刺激を受けて、無意識のうちに大量のアニマを呼び寄せてしまったんだろうな。だから八年前からこれまで、徐々に獣の凶暴化が進んでいる。動物は森人ほどではないにせよアニマの変化に敏感だからね。そして、セイ・ホワイトと接近した三年前に、ついに発眼して〈セカンド・グランドクロス〉だ」

 レイバが補足する。魔法の説明をする彼は、不謹慎なほどに生き生きとしていた。

「〈ブラック〉と〈ホワイト〉は、もともとはふたつがひとつになるために生まれてきたものだ。だから、互いに惹かれあう。発眼してしまえば、互いの存在を強く感じられるようになるし、発眼する前なら、片方が完全な状態で近くにあるだけで、封印が解けるほどの刺激を受けてしまう」

「ハツガン?」

「封印の解放、お目覚めの事さ。厳密には、〈ブラック〉や〈ホワイト〉が、瞳を出力器官に変じてしまう現象の定義だ。つまり、ロールの左目が、青から黒に変わった瞬間。俺は、力の自覚と同時に起こる変化だと仮定してる。この変化が起こらない限りは、いたずらに力を持て余すこともなく、普通の人間でいられるんだよ。今までの宿主が、そうして死んでいったようにね」

 ひたすら気楽な声で、説明を続ける。

「森人の魔法は、もともと色彩感覚を拠りしろとしていた。つまり視線を媒体にしていたんだ。〈ブラック〉も〈ホワイト〉もしょせんは魔法だし、変化が目に現れるのはその名残だろう。瞳の色が変じれば、宿主の目を媒体に、体中から溢れる力を現出させられる」

「学校でのセイ・ホワイトは、あれでもこっちの手に負えない能力をいろいろと持っていたんだよ」

 スティアが口を挟んだ。

「だけど、視線の届かない場所に逃げれば、それは封じることができる。室内戦みたいな障害物の多い場所でなら、俺でも、時間を稼ぐことくらいは出来たでしょ」

 リリィは、セイ・ホワイトの行動を思い返した。〈教区〉の入り口で瞳を覗かれたと同時に、意識が飛んだこと。スティアの熱線を無力化したこと。拳銃を越える破壊力の光線を、一瞬で生み出したこと。

 スティアやエルクは、小火の鎮火もセイがしたと言っていた。消防団も呼ばずに、ひとりで、跡形もなく火を消したということだろう。

 この調子ではおそらく、ロールが現れた際に、割れた天窓が飛び散らないように防御をしたのも、彼なのではないだろうか? 誰よりも早く、伏せろと叫んだのは彼だった。

「ま、原理はとにかくとしてね。ロールの〈ブラック〉が覚醒したことで、俺たちの生活はすべてが変わってしまったんだ」

「え?」

「当然でしょ。〈グランドクロス〉と〈セカンド・グランドクロス〉を起こしたのはロールなんだ。そしてカンパニー側もそれを把握した」

 スティアは、淡々と吐き捨てた。

「これまでの俺たちの生きる糧は、保護者の存在と、社会の庇護と、他人からの同情がすべてだった。未成年の上に学歴も能力もないガキが二人なんだから。だけどあの日を境に、そのすべてがなくなった。『かわいそうな災害孤児』ではいられなくなったんだよ。世界が混乱している事件の犯人は、間違いなくうちの妹なんだからね」

「でも、そんなのロールちゃんのせいでも、あなたのせいでもないよ」

「ロールが原因で死んだ人間は大勢いる。ガイルさんもその一人だ」

 スティアがきっぱりと言ったので、思わず言葉を失う。

「これからだって、あいつの存在が、どれだけの人間が殺すかが分からない。カンパニーだって国だって、たったひとりの人権と人類全体の存亡を、天秤にかけてはくれないよ。くわえて、瞳が真っ黒になるなんて分かりやすい目印つきだ。おまけにセイ・ホワイトが天然のレーダーになってる」

 レイバも、ごく当然と言うように頷いた。

「そういうこと。セイが〈セカンド〉の日にロールの前に現れたのは、きっと偶然じゃないんだよね。〈ブラック〉はアニマの増幅をお役目とするから、ひたすら増幅連鎖の無差別破壊を得意とする。それに対して、制御担当の〈ホワイト〉は、アニマの流れに対して、感覚が鋭敏になる」

「レイバから聞いただけだから、俺にはよく分からないけど、セイ・ホワイトはアニマの劇的な変化を、事前に体が察してしまうんだってさ。予知夢に近いものも見るらしいから、それこそ〈グランド〉や〈セカンド〉レベルの爆発なら、かなり前から気配を察してしまう。〈グランド〉の時にハウアーに現れた怪しい二人組も、たぶんその力で事件を見越した上で、事前に派遣されたんだと思う」

 スティアは肩をすくめた。

「もっと言えば、現在の市場がカンパニーの独占状態なのも、その力のおかげだと思うよ。シェルター、シールド、通信技術に、移動手段と制度……まるであらかじめ用意していたように、時代が必要とするものに手を伸ばしてるでしょ? 先見の才能で片づけるには極端だ。〈グランド〉や〈セカンド〉が起こる日も、その結果も全部、セイは昔から知ってたんだ。交通インフラはあえてほったらかして、住民を街の中に閉じこめてるのが、カンパニーの悪意なんだよ」

 学校の中でも聞いた言葉だ。そして、テッドはそれを否定しなかった。

「まあ、カンパニーさんの商売事情はとにかくとして。ロールが何かをやらかす前に、セイはおそらくそれを予知する。カンパニーは俺たちがどこに逃げても居場所を知ることができるし、事前に対策を練ることもできる。〈セカンド〉の被害規模については予測が甘かったし、完全なものでもないんだろうけどね」

「…………」

「カンパニーが〈ブラック〉を確保して、何をしたいのか、俺は知らない」

 スティアの肩にわずかに力が入ったのを、リリィは見逃さなかった。左手が、ぎゅっと握られている。

「もしかしたら、本当に適切な処置を知っているのかもしれない。だけど、ガイルさんを撃ったり、俺の故郷が根こそぎ滅ぶのを静観してた企業の主張なんか、信じる気はない」

「うん……それは分かる」

 テッドの顔を思い出しながら、リリィは思わず口にしていた。

「だけど今さら、国を頼れる気もしなかった。最高権力機構に譲渡するには、ロールの力は大きすぎるし、カンパニーと利権ズブズブな今現在なら、方向性を見失って暴走するのが目に見えてる。まあ、そんな理由とは関係なく……俺も、口封じに抹殺されたくはないしね」

 話が絶望的な雲行きになってきて、思わずリリィは黙り込む。スティアは軽やかに笑った。

「そんな顔しないでよ。あの事件から三年経ったけど、俺は生きてる。必要なものを確保できたから」

「必要なもの?」

「隠れ蓑だよ」

 言いながら、スティアは建物全体を指し示すように、左手をあげた。

「テンプルの話に戻るよ。そもそも、レイバがカラーストーンを回収していたのはなぜかと言えば、森人の目指した理想の魔法技術を、科学の力で再現するためなんだ。こいつは、現代に魔法を蘇らせることが仕事なわけ」

「そういうこと。テンプルはそもそも帝政を解体させるきっかけになった発言力のある宗教だったけど、カンパニーが台頭してからは地位が弱っている。科学の発展ってのは、人間を良くも悪くも自立させるもんだからな」

 レイバが補足した。

「テンプルはずっと、かつての権威を取り戻したかった。だが、一般人たちに『アニマが氾濫して世界が狂い始めている』なんて事実が正式に認められたら、アニマを信仰する宗教として今よりもっと風当たりがキツくなることは目に見えている。そうなる前に信頼を得て、もっと入信者を集めることと、部外者からのイメージをよくする事が必要だった。そのために、一番手っ取り早い方法として、信仰のシンボルを捜していたのさ。シンボルはなにかって言われたら、そのままだ。森人信仰の寺院が信じる奇跡――魔法」

「カンパニーの科学力で地位が危ぶまれたテンプルは、それ以上の科学で、精巧に魔法の奇跡を復活させる必要があった。……ループしてて馬鹿げてるけど。そういうことらしい。そのために雇われているのが、ここの施設を使っている科学者たち。レイバはそのチームリーダーなんだよ」

「働き口に困ってる時に、拾ってもらったんだ。俺も魔法の再現には興味があったし」

「だからレイバにしてみれば、〈ブラック〉を宿したロールの身柄が手に入ったのは、棚ボタだったんだ」

「そりゃそうだよ。本人にはいい迷惑なんだろうけど、アニマの結晶体なんて科学者の夢だ。なにせ魔法そのもの、森人の遺産そのものだからね」

 得意げに笑って、胸を張りながら続けた。

「兄さんのおかげで偶然に転がり込んできた〈ブラック〉の身柄を、一刻も早く丁重に保護すべしという俺の主張を、テンプルは全面的に応援した。破壊兵器と言えば聞こえが悪いけど、そう表現されるのはエネルギーを秘めているからだ。研究対象としては、じつに魅力的だ。……たぶんカンパニーも、俺と同じようなことを考えて、〈ブラック〉を確保しようとしてるんだろうな」

「だから、ロールがカンパニーに捕まってしまうのは、テンプルやレイバにとっても、嬉しくない事態だったらしいよ。……だから俺は、救助してくれたレイバが出した条件に、乗ったんだ」

「条件?」

 リリィがつぶやくと、スティアは笑った。

 自分を嘲るような、そんな顔で。

「レイバは俺たちの身柄を預かることと、カンパニーや政府には引き渡さないこと、生活と報酬を保証するということを約束した。その代わりに、労働条件を三つあげたんだ」

「労働?」

「そう。タダで子供を保護しようなんてバカなことを考えるのはガイルさんくらいだからね。レイバは俺たちに仕事を与えることで、双方の利害一致を計ったんだよ」

 スティアは、何か含みをもたせた声でそう答えながらレイバの方を見た。だが、彼は特に気にした様子もなく、堂々とうなずく。

「我ながらナイスアイデアだったね」

「くそったれ。――えっと、レイバが出した条件は、ひとつ目には〈ブラック〉やロールの情報・身柄を、他の権力機構に譲渡しないこと。ふたつ目は〈ブラック〉を科学や医学の視点から解析できるように、研究に協力をすること」

「みっつ目は」

「俺の身体を、好きにいじらせてやること」

 低い声で、スティアはそう言った。

 意味を計りかねて、リリィはレイバの方を見た。彼はいつものように楽しそうに笑って、世間話のように口を開いた。

「あの時の俺は、カラーストーンを出力するための装置を開発することに夢中だったんだ」

「カラーストーンは、六つすべてを集めて、しかるべき装置に設置すれば、どんな魔法でも使うことができる道具になるはずだった。だけど、森人はそれを実現する前に、研究途中の装置を失ってしまった……それが、森人の終末」

 スティアの補足に、レイバは頷いた。

「俺はその、失われた装置を再現したかった。森人が目を媒体にしたように、何かを媒体にしてアニマに行使できるイメージを生む道具が必要だった。そのアイデアに煮詰まってた所で、スティアとロールが転がり込んできたわけだ」

「その時の俺は、右腕が死んでた。完全に使いものにならなくなってたんだ」

 スティアは淡々と言った。

「そんな俺の姿を見て、レイバがひらめいた結果が、これだよ」

 そして、右腕をそっと持ち上げる。

 長袖の上着を、肘のあたりまでまくった。昨日に何度も見た、不格好な機械の義肢だ。

「そ」

 レイバが不適に笑う。

「この右腕が、天才レイバちゃんの発明した、カラーストーン出力型、疑似魔法実現装置なんだ。とりあえず今の段階の名前は〈キャロル〉かな」

「キャロル?」

「レイバのネーミングセンスは、突っ込んだらキリがないから気にしない方がいいよ」

 スティアは冷淡にそう言った。

「この右腕は、あんたが学校で見たように、魔法が使えるんだ。設置したカラーストーンの属性が出力できるし、混色もできる」

「そういうこと。森人が目指した究極の魔法は、すべての属性を自在に操ることだったからね。この右腕はそれに限りなく近づいた、大きな一歩目なんだ」

 レイバは自慢をするように胸を張った。

「兄さんが死んだことにより、〈ブラック〉ことロールとその兄が、俺たちのもとに転がり込んできた。兄妹には家族がなく、保護者もなく、社会的な地位もない。〈セカンド〉に思いきり巻き込まれたんだから、公式には行方不明扱いで、身元を隠蔽するのにこれ以上なく適している。親族もいないから、第三者に反対をされる筋合いもなく、当人の意志さえ通ればいい。おまけにアニマへの適応が高い銀髪種で、確かにふたりとも血が繋がっている。比較対照実験には、これ以上ない条件がてんこもりだった」

「〈ブラック〉を越える魔法を作るための実験体として、〈ブラック〉の兄である俺は、レイバにとってもっとも都合のいい材料だった」

 対するスティアの声は、憮然としている。

「被験者が隻腕だったという事をも生かすために、レイバが思いついた発明の形が、これ。腕にカラーストーンを装着してアニマを蒸留させて、身体全体に定着させたうえで、手を媒体に魔法を使う」

「正確にはプロトタイプだ。こんなのはまだ完成型にはほど遠い。これからどんどん改良していかないとね」

「ちょっと待って」

 リリィが口を挟むと、レイバはきょとんとした。

 当然のようにそんなリアクションをとった叔父を見て、逆にこちらが焦る。

「つまりレイバはスティアに、身柄を保護する代わりに、人体実験の材料になれって言ったの?」

「そう」

 堂々と肯定され、言葉を失った。

「そういう仕事だよ。十分な報酬はちゃんと払ってる。衣食住つきで、何もしなくていいんだぜ? 素敵な待遇だと思うけどね」

「そんな、脅迫するみたいな……」

「いいんだよ。この契約を承諾したのは俺とロールだ」

 スティアもまた、断言した。

「それに、俺としても使われることに異論があるわけじゃない。レイバはもう一つ、俺にとって魅力的な餌をぶら下げやがったからね」

「餌?」

「〈キャロル〉を出力するにはカラーストーンがいる。ガイルさんが志なかばで死んだから、カラーストーンはまだ大陸中に散らばっていて、回収できていない。けど、この右腕にそのすべてを集めることができたら、すべての属性を自在に操って、イメージのすべてを魔法にできる。……願いが何でも叶うんだ」

 落ち着いているはずの表情の奥で、瞳だけがぎらりと輝いていた。

「俺には、どうしても叶えたい願いがひとつある」

「……それはなに」

「ロールの左目を元に戻す」

 リリィは目を丸くした。

「レイバに約束させた。〈ブラック〉の身柄は引き渡す。好きなように実験も研究もさせてやる。だけど、カラーストーンを用いることで、俺の右腕が、完全な魔法を制御できるようになった暁には――〈ブラック〉を超えたその時には――用済みになっているはずの〈ブラック〉を、この世から完全に消し去ってしまうのが絶対条件だ、てね」

「もったいないのは確かだけど」

 レイバが肩をすくめる。

「でも、この〈キャロル〉を汎用化できる日が本当に訪れるなら、そのくらいの代償は確かに安い。俺にしてみれば〈ブラック〉よりは〈キャロル〉が理想型だしね。エネルギーは制御して初めて、文明と呼ばれるんだし」

「え、でも、待って」

 リリィは戸惑った。

「〈ブラック〉は絶対に除去できないからこそ、古代からずっと残ってて危険だって、さっきから言ってたでしょ。消し去るなんて可能なの?」

「不可能を可能にする。それが魔法だよ」

 スティアは苦笑した。

「強く願って、それを確信すれば実現できる。森人にそれができなかったのは、属性の壁を超えられなくて〈ブラック〉のアニマの量についていけなかったからだ。カラーストーン六つの力を使えば、〈ブラック〉は消せるはずなんだ」

「理論上はね。あとは術者の努力次第」

 レイバが軽い調子で付け足した。

「とにかく、スティアが出した条件はそんな所だ。人体実験に参加する代わりに、実験が成功した暁にはその力を最初に使わせろ、そして妹の力を消させろ、てね。ま、〈ブラック〉は許可したけど、〈キャロル〉はもらうよ。そうじゃなきゃ困るし」

「だから俺は、〈セカンド〉が落ち着いてから、レイバに引き取られた。ずっとこの街にいたんだよ。教区の奥にあるこの施設で、治療や実験を受けながら生活してた。ちょうど二年くらいかな」

「二年前……」

 自分がこの街に訪れた時と、ほぼ同じだった。〈セカンド・グランドクロス〉の影響で治安が悪化したことは、確かに進路を決める要因として大きな役割を果たした。

 レイバもスティアもロールも、その〈セカンド・グランドクロス〉の中心にいて、同じ街にいた。なのにガイルの娘であるリリィは、ずっと何も知らなかった。

「で、ついこの前にやっと、レイバからオーケーが出た。これならきっと、街に出て一般人にまぎれて生活しても、旅に出て仕事に精を出しても、なんとかなるだろうってね」

「万全を期すために、最後にひとつ、テストをすることにしたんだ。俺の知る限りもっとも嘘がつけない人間の前で、普通の人間のふりをして、普通に生活ができるかどうか」

 レイバがそう言った途端に、順番に話し続けていた、彼らふたりの説明が止まった。

 リリィはきょとんとする。そしてすぐに、ふたりが自分を、不自然に見つめていることに気づいた。少し時間をかけて、会話の内容を思い返し――

「……私⁉︎」

 素っ頓狂な声をあげると、二人は同時に頷いた。

「そう。いきなりあんたの家に泊まることになったのは、そういうわけ」

「リリィのリアクションほど信じられるものはないからね。言い方を変えるなら、まあリリィにすらバレるようじゃ問題外だよなってことだけど」

 レイバが笑う。なんの悪気もなく。

 リリィは、愕然としながらも、スティアが言っていた言葉を思い出していた。――レイバは好奇心でしか動かない。誰にだって平等に手を差し伸べるし平等に見捨てる。

 レイバにしてみれば、同居人のリリィですらも、効率のよい物差しでしかないのだ。きっと、あらゆる人間が彼にとっては、本当にそう認識されているのだろう。

 怒りは沸かなかった。まったく悪びれないレイバを見ていると、むしろ力が抜けてゆく。

「そろそろ話が繋がったかな。俺とロールは一昨日レイバに連れられて、あんたの家にお邪魔することになった。数日滞在して、必要な検査を終えて、それに合格したら、すぐに離れるつもりだったんだ」

「そういうこと。俺はお前がカラーストーンを持ってたなんて知らなかったから、ちょっと話がややこしくなったんだけど。カンパニーが、兄さんの消息とカラーストーンの存在を重要視していたのに対して、テンプルは、兄さんやリリィをこの件については部外者と認識していた。だから、行動の指針が双方ズレたんだと思う。テッドだかセイだかは、俺の知らない所でリリィをマークしてたみたいだし、リリィ・ブルーノと〈ブラック〉一味が接触するなんて何事だ⁉︎ 装置が完成したのか⁉︎ くらいの焦りはあったんじゃないかな」

「リリィと〈イエロー〉を人質にとることで、俺を確保するっていう狙いもあったみたいだよ。願わくばロールもって所じゃない」

 スティアが補足をすると、レイバは納得した。

「こんな所かな。ずいぶん話が長くなっちゃったけど。まとめるなら、俺たちテンプルとカンパニーは、〈ブラック〉や〈ホワイト〉の存在に関心を示している点、カラーストーンを回収しようとしている点で、対立しているんだ。もちろん、ビジネスでは互いの存在や権威を利用しているし、表面上は友好関係になるから、喧嘩の様子は表沙汰にできない状況なんだけどね」

 肩をすくめて、手振りをまじえた。

「カンパニーが、どういう意図で石を集めようとしているのか、俺は知らない。完全生命の具現が狙いかもしれないし、テンプルの台頭を防ぐためかもしれない。セイ・ホワイトの予知能力が関係していることは確かだけどね。ロールとセイは、人間の治世するこの大陸に生まれてしまった異質な力の結晶さ。誰もがそれを利用する方法ばかりを考えている」

 説明の傍らで、張本人であるレイバが、他人事のように頷いていた。

「獣と森に表れた異常は、ロールが生まれたことと、ロールの中にある〈ブラック〉が目覚めていったことが原因さ。アニマが増えたことで動物や植物が狂った。――そしてカンパニーは、その窮地を利用して、情報を統制するための体制を敷いたんだ。それがいわゆるシェルターで、奴らが世界を掌握した足がかり。ビーストに対する恐怖や、議会に対する不信を、全てカンパニーに対する信頼に変えた上で、さらに魔法の存在を隠蔽したり邪魔な人間を消したりの、情報遮断に利用している。

 学校で話したよね。カンパニーは森やビーストを利用して情報を統制し、自分たちの計画を遂行しやすいように細工をしている。だけど、そのカモフラージュ役のビーストってのは、うちの妹が偶然に生み出したものなんだ。カンパニーが自分でバラ撒いてたなら、もうちょっとシンプルだったんだろうね。自然災害すらも利用してしまうそのたくましさが、人間の手に負えないところなんだと思う」

「その場しのぎってのは、成功すれば奇跡に見える。今の状況はまさにそんな感じだな。逆境を逆手にとろうとして頑張ってるから、今だけ見ればちょっと良さげだけど、全体としてはマイナスにマイナスに動いてしまってる」

 レイバが付け足しながら、笑った。

「我ながらいいフレーズだな。『その場しのぎってのは成功すれば奇跡に見える』」

「この前のラジオで誰かが言ってたそのままだろ、それ。とにかく」

 スティアが、仕切りなおした。

「そんな馬鹿げたスパイラルに、身を任せるのは御免なんだ。だから俺は、ロールの力は断ち切るべきだと考えているし、ロール本人もそれを望んでいる。〈ブラック〉は決して砕けないから、壊れない。だからあいつは、風邪を引かないばかりか、殺されても死なない体なんだ。長くこの世にとどまらせるべきじゃない。……たぶん、あいつが成人するまで成長を終えたら、年もとらなくなるんじゃないかって言われてる。一刻も早く、なんとかしたい」

 そこまでを力強く言い切ってから、スティアはふっと、顔から力を抜いた。

 突然の変化にリリィが驚くと、彼は苦笑した。

「……ごめん。また話がずれた。あんたにとってはこんな話、どうでもいいよね。だいぶ長くなったけど、一番言いたかったことは、こっちさ」

 息をためて、一気に言葉を流しこんだ。

「あんたの父親は、俺の妹が起こした爆撃に巻き込まれ、俺を庇って死んだ。あんたの家庭から父親を奪ったのは俺たちだし、あの人を殺したのも俺たちなんだ」

 リリィは呆然と彼を見つめ返した。怖いくらいに、まっすぐな目だった。

「その過去があって、今の俺がここにいるんだから、俺の口からは謝れない。これから先も、ガイルさんの名前を利用させてもらうつもりだから」

 言いながらスティアは、リリィがテーブルに置いたガードライセンスを、手を伸ばして拾い上げた。

 銀色のブレスレットは、彼の銀髪やシルバーピアスに誂えたように、恐らくは飾り気のなかった父親よりも、よく似合っていた。

「シェルターを管理しているのはカンパニーだけど、シェルターを越える方法がないかと言えば、そうじゃない。そのためには、このガードライセンスが要る」

 リリィが言い返せないことを、見越したように、すらすらと言葉が続く。

「俺とロールは、体調が整って、必要な準備が終わったらこの街を出るよ。カラーストーンの回収に一役負わせてもらう予定なんだ。そのためにこいつは、返してもらいたい。申し訳ないけど、これだけは譲れない」

 手にしたライセンスを握りしめて、スティアは立ち上がった。

「あんたには迷惑ばっかりかけたし、詫びる方法も思いつかない。恨まれることに文句は言わないけど、恨むならガイルさんじゃなくて、俺かロールにして欲しい」

 リリィは思わず、唇をわずかに開いた。

 言葉を選ぶより先に、スティアは笑った。穏やかに。

「説得力はないかもしれないけどさ、ガイルさんは最初から最後まで、あんたのことを大事に想ってたんだよ」

 引きずった椅子を元に戻して、スティアは席を離れた。軽く手をあげて、レイバに向けて「あとはよろしく」とだけ言い残す。

 いつもと変わらない、軽い足音が遠ざかっていった。リリィは動けなかった。

「若いくせにせっかちなんだよな、あいつ」

 レイバが、しごく気楽に言った。

 言葉を見つけられず、彼を見つめると、まるきりいつものように笑っていた。

「追いかけたら?」

 ――逡巡した。だが。

 すぐに、リリィは立ち上がった。そして席を立って、急いでスティアの後を追った。

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