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グレイゾーン1  作者: サヤカ
Act2 ホワイトアウト
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11/36

5

 ――事態に気づいたきっかけは、性悪科学者の悪行にあった。

 スティアは、洗面台の鏡を借りて、自分の耳をじっと見つめていた。

 自分の顔が中性的と呼ばれる類に属する――むしろはっきりと女顔である――自覚は、もちろんある。両耳にひとつずつ開けた銀のピアスも、妙に似合ってしまっているのが複雑な心境だった。無論、望まぬ路線である。

「で、このピアスがなんなんだよ」

 機嫌の悪さは特に隠さず、鏡越しにレイバに向けて毒づいた。彼は上機嫌だった。

「画期的な発明品を取り付けた。もうほんとに、かなり傑作」

「発明品?」

 気味が悪く、スティアは鏡を見ながらピアスを手で触ってみた。

「別に、なにも変わってるように見えないけど」

「キャッチを本来のものと入れ替えたんだ。そっくりな別物を、スーパー科学機能を添えつつ短時間で作ったんだから、俺の器用さって本当に天才だと思わない?」

「誉めるかどうかは、スーパー科学機能とやらの中身による」

 レイバは洗面所から出ると、笑って手招きをした。

 呼ばれた先は、物置部屋のひとつだった。混沌と、様々なものが積み上げられているその部屋の隅で、暇を持て余していたらしいロールが雑誌を眺めていた。彼女はスティアの耳のピアスを発見すると、顔色を明るくした。

「いいなー、かわいい」

「兄として妹に言われたくない言葉ランキングとか作ったら、それかなり上位に入りそうだね」

 軽口をたたいている間に、レイバは棚から目的のものを発見したらしく、スキップして持ってくる。

「これが受信機!」

「受信?」

「えっと、お前のピアスはこれじゃなくて、もっと精巧なやつなんだけどね。これはプロトタイプなんだ。だいぶ前、実験的に作ったんだよ」

 レイバが持っているその機械は、板状の四角いモニターだった。電源は入っていないようだが、画面そのものに、座標軸と思われる線が書かれていた。

「リリィが通信機を持ってたの、覚えてる?」

「ああ。見たよ」

「あれを勝手にいじって、電池の所に発信機をつけたんだ。このモニターの縮尺はデカルト・シティのこのあたりの地区と同じにしてあるから、今からこれのスイッチを入れれば、リリィがいる場所が点滅して光るんだよ!」

 朗らかで、清々しい声が響いた。

 ぽかんとしているロールを後目に、スティアは呆れを全面的に押し出しながら、ため息をつく。

「それ、最近の法律ではプライバシー侵害って言うって、知ってる?」

「大丈夫だろ、動作を確かめたかっただけだから、別に普段は見てないし。リリィも若いんだし、俺に言わない秘密の恋とかそういうので、びっくりするような場所に行ってた所で気にしないって」

「気にしないのはあんただけだろ、それは」

「友達と食事に行ったって言ってたんだよね。だったら確か……十九番地区にある大衆食堂によく行くみたいだから、そのへんが光るんじゃないかな。あ、うちはここね。スイッチ入れるぜ」

 こちらの指摘はどこ吹く風で、レイバは装置の電源を入れた。

「ん?」

 彼が指した自宅の位置とも、十九番地区とも離れた場所が、小さく点滅した。

 予想が外れただけなら、それほど大事ではないはずだ。だが、レイバは目を見開いて驚いた。常に飄々とした態度を崩さない彼にしは、珍しいリアクションだった。

「どうしたんだよ」

 スティアはレイバと同じ方角から装置をのぞき込んだ。だが、座標の見方が分からないので何も言えない。

「……スティア」

 レイバは、声のトーンを落として、珍しく真面目な表情でこちらを見た。

「今からこの場所に行ってみてくれないか。ここに本当にリリィがいるなら、わりと本気で洒落にならない」

「……彼女のプライバシーは侵害しないって言ったばかりだろ。どういう種類の洒落かは知らないけど、気は進まない」

「俺たちのいる〈居住区〉がここまで。この印が寺院。発信機が指すのはその奥。――〈教区〉の中だよ」

 さすがに、言葉を失った。

 黙って話を聞いていたロールも、眼帯のない片目を大きく見開いて、レイバの方を見つめていた。

 レイバも、半信半疑といった様子ではあった。モニターを見つめながら、眉を寄せている。

「学生のイタズラで侵入できるような場所ではないはずだし、単に故障かもしれないけど……見ちゃった以上は、確かめないと」

 スティアは、今日の昼間のことを思い出した。

 リリィに連れられた二十番地区。途中で出会った男の二人組。

 彼ら二人の、態度や言動、目線。

「――分かった」

 何を理解したわけではなかったが、直感的に答えていた。

「今すぐ行く。反応があるのは〈教区〉のどのへん?」

「ほとんど入り口近いね。縮尺が原因かもしれないけど、今のところは動く気配がないな。念のためにモニターごと持っていってくれ。ここを基準にすれば見やすい」

 レイバが指さした寺院の座標を心に留めつつ、スティアはモニターを受け取った。

「あ、そうだ」

 まさに出発しようとしたその時に、レイバが後ろから声をかける。

「体力は平気? 今日は、昼も歩き回ってたんだろ」

「これが最後のお遣いなら、平気。だけど……」

 なぜか、頭をちらつく光景がある。

 ジャンとリック。

 奇妙に印象に残って、覚えてしまった、その名前。

「念のため、昨日くれたものより濃いめの定着剤を作っておいて。今朝、起きられなかったんだ」

 それだけ言って、家を出た。

 最後に見たロールの視線が、不安げに細められているのが、嫌に目に焼き付いた。


 少し期待したのだが、最寄りの門はいつも通り、がっちりと閉ざされていた。

 西日を遮った鉄柵の長い影を見つめながら、スティアは肩を落とす。大通りに面した〈教区〉の入口。資格とアポイントがなければ、侵入できる場所ではない。

 とはいえ、正面から入ることが出来なくとも、〈教区〉に侵入する方法なんていくらでもある。

 スティアは後方を振り返る。大通りを挟んだ〈居住区〉の行き交う人数はまだ多い。だが、込み合っている時間帯は、逆に人々の視界を狭める。堂々としていれば、大丈夫だろう。

 向かうのは門ではなく、寺院の方角にした。そこならば一般人が近づいても不自然でない。

 テンプルの寺院は森人信仰の教義に即して、遺跡をモチーフにした古い建築様式を再現している。遺跡街と隣接するこの街においては、本物の側に寄り添う新しい仲間のような、森の古木にまぎれた若木といった趣があった。立ち位置禁止区画の外側にあるにもかかわらず、間違い探しのように遺跡と一体化しているのだ。遺跡の内部と同じく、目を引く彫刻や、いくつもの大型の柱などといったものが、夕刻の今は多くの影を生み出していた。

 死角を確保してからの行動は素早かった。スティアは、彼にしかできない方法を淡々と実行し、時間にして一分もかけることなく、〈教区〉の内側への侵入を果たしていた。


(人気がない……)

 侵入口からモニタを確認し、リリィの居場所を目指して遺跡街を歩いた。だが、通り全体から物音ひとつしない。

 他人の気配を読むなどという超人芸は使えないが、学生たちが戯れに侵入を果たしたのだとしたら、この無音の街並みで、物音や声を隠せるはずはないだろう。こちらの追跡を読んで、物陰で息を潜めているのなら話は別だが。それこそありえないことだ。

(一応、調べてみるか)

 もう一度モニターを見て、座標の示す場所に見当をつける。候補は多かったが、スティアは最初に目に付いた建物から覗くことにした。

 排水溝を跨ごうとして、その隙間に、ストラップと思われるものがひっかかっているのに気づいた。

 白の遺跡街の中で、確実に存在が浮いた、シルバーのチャーム。

 見覚えがあった。

 スティアはその場にしゃがみ、確認した。隙間に落ちた通信機が、絡まったストラップに支えられて、中途半端な直立で引っかかっている。複雑に絡んでいるわけでもなかったので、すぐに取り出すことが出来た。

 今日見たばかりだ。間違えなどしない。

 リリィ・ブルーノの通信機だ。

 ――機体のスイッチを押した。躊躇なく。

 通信機は馴染みのない機械だったが、市営のメーラーとたいした違いはなさそうだった。着信の履歴や、メールの中身を検分しようと、適当に手を動かす。

 そして。

 完全に予想外の名前を目にして、思考が停止した。

 貪りつくように、文面に視線を落とした。次から次へと、メールを開いた。

 開いた口が塞がらなかった。


Equ8.7/22 17:04

 From: 父さん

 Title: Re;Re;今日は暇?

 レイバの家は十八番地区だったよな。

 そこから近い大通りの寺院の辺りから〈教区〉の遺跡へ入れるようになってるのは、知っているか?

 父さんちょうどそこで休憩中なんだけど、今すぐ来られるなら、すぐにおいで。

 鍵は開けておくから。

 お守り、持ってきてくれると嬉しいな。


Equ8.7/22 2:18

 From: 父さん

 Title: こんな時間にごめん

 今朝は早速の返信をありがとう。そんなに喜んでくれるなんて嬉しいです。

 試験の手ごたえはどうだった? 俺の激励が功を奏しすぎて、燃え尽きていないことを祈ってる。

 そのことについてもじっくり話したいけど、このメールでは大切な用件をひとつ。

 父さんのことを話させてくれ。

 大きな任務に関わっているって言ったよな。

 本当に大きな任務になってきた。予想外の展開にコトが運んで、こっちの仕事は増えるばかりだ。

 すっげぇ大変だけど、でもそれはラッキーな事だった。

 父さんちょっと興奮してるから、思わずこんな時間にメールしちゃいます。寝てたらごめんな。起こしちゃったならもっとごめん。

 でも、このお知らせを聞いたら、お前も許してくれると信じたい。

 ――お前に、会えるかもしれない。


Equ8/7/21 7:23

 From: 父さん

 Title: おはよう

 少し久しぶりだね。ここの所、ちょっと仕事が忙しかった。変わりなく元気でやっていますか? 父さんの方は元気です。でもすっげぇ疲れています。疲れてると、お前にメールをしたくなります。もうウザいって言われちまう年頃なのかな。

 俺の仕事の話なんかどうでもいいよね。でも、リリィが就職したら、似た土俵に立つことになるんだよなぁ。もうそんなに時間が経ったんだと思うと、不思議な気持ちです。

 お前、そろそろ試験があるんじゃないのか? 真面目に頑張ってるだろうから心配はしていないけど、一応エールは送っておきます。ここでまさかの成績低迷といったら、今までの努力がパーだしな。全力で挑め。な。

 それでは、今回はこの辺で。ちょっと今大きな任務に関わっているのでどうなるか分からねぇけど、できれば近いうちにまた連絡したい。

 吉報を伝えたいんだ。

 もしかしたら一つ、いい事があるかもしれない。まだ不確定だけど…。待っててくれると嬉しい。


Equ7/10/04 21:11

 From: 父さん

 Title: よっ!

 未来のガード諸君、健康でやっているか。

 そろそろ入学して半年かな? それでもまだ、新しい友達が出来るって言うんだから、街の生活ってのも捨てたもんじゃねぇな。まあ、俺はやっぱりブラブラしてる方が合ってるんだけど。

 最近仲良くなったの、誰だっけ、ジャン? そいつみたいなお調子者くらいの方が、お前みたいにマジメな子にはちょうどいいんじゃないかな。あ、でもお前って、ラルフ君のこと好きなのかな。なんか勝手にそんな気がしてるんだけど。

 戦闘の専門学校なんざ、辛いことの方が多いだろうけど、やっぱり学生生活は楽しんでくれ。焦りすぎず、その中で、お前の真面目さを大事にな。

 頑張れ!


Equ7/3/05 09:46

 From: 父さん

 Title: お父さんです

 これはリリィのメールアドレスで間違いはないかな。

 通信機とか買っちゃうと、本当にガードって感じで新鮮な気分だろ。父さんも昔そうだった。通信機をぶっ壊してからもう二年近いのか。となると、〈セカンド・グランドクロス〉からも二年近いんだな。早いのか、遅いのか……

 でも、あの事件をきっかけにお前と話す機会も増えたんだ。

 世の中、暗えニュースばかりだが、その全てが悪いものでもない。

 俺はいつでも、そう思っているよ――



 メールを閉じた。

 そのまま、通話スイッチを入れた。

 呼び出し音が何度か響いた後に、レイバの声が聞こえた。

「あ、リリィ、よかった連絡ついて! 今」

「どういうことだよ」

 声を作る余裕はなかった。

 レイバは話し相手が違っていることに気づいたのか、困惑の沈黙をおいた。

「どうしてあんたの姪が知らないんだ。どうして今まで教えなかった」

「スティア? その通信機リリィのだよな。リリィはどこに」

「ガイルさんは三年前に死んだんだ」

 唾棄すると、受話器の向こうのレイバはきょとんとした。沈黙の間合いで、表情までも浮かぶ。

「今さら、何を言ってるんだ?」

 舌打ちして、通信を切った。

 ここで怒りをぶつけた所で埒があかない。持ち帰って、メールの全てを見せつけた方がよほど早い。

 リリィ・ブルーノの顔を思い出した。感じるままに笑い、悲しみ、無知ながらもまっすぐに夢を追いかけていた、同じ年の女の顔を。

 悔しさに頭が眩んだ。――彼女の裏に隠されていた、ろくでもない現実を見抜けなかった。

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