第1章① 蝋燭の町
翌日、セレスはルチャーナに向けて一人で出発するつもりだった。ルチャーナまでは距離があるため、グローが馬車を手配している。馬車が止まっているところまで移動すると馬を見るなり、セレスと一緒にいた少女スゥが馬に向かって走り出した。
「すごい、力持ちだよ、セレス! これなに?」
「馬」
「お馬さんが連れてってくれるの?」
「うん、そう。早く乗ってスゥ」
「うん、わかった。よろしくね」
スゥは馬を撫でるといそいそと馬車に乗り込んだ。セレスもスゥの後を続く。御者に行き先を伝えると馬車は走り出した。スゥは御者の馬の扱いや馬の様子、外の景色などいろいろなところを見たいようで落ち着きがなかった。スゥとは正反対にセレスは荷馬車の端にじっと座っていた。
遡ること数時間前。
「俺、学園行くから、家にいないぞ」
「……あっ」
間抜けな声が響く。セレスはローウェルにスゥを頼むつもりだった。しかし、学生のローウェルにとって学園に行くのは当たり前のことだった。学生でない以上、スゥを連れていくことはできない。かといってスゥを家に置いていくのは心配であるし、監視しておけとグローに言われていた。
「セレスが連れていけばいいんじゃないか。セレスの実力じゃあ、ナイトメアから女の子一人を守りながら戦うくらい余裕だろ」
「……そう言う問題ではない」
「どういう問題だよ」
「……あんまり、危険なところには連れていきたくない」
セレスは目を反らしながら言った。
「一人でいるよりかはお前の側の方が安全だと思うぞ」
「…………」
セレスは黙った。自分の力を過信している訳ではないが、それ以上の良案は思いつかなかった。
「じゃあ、決まりだな」
そして、今に至る。
セレスが座ってじっとしていると、スゥがセレスの方を振り返り声をかけてきた。
「ねえ、セレス、ルチャーナってどんな町なの」
「蝋燭の町らしい」
「ろうそく?」
スゥが首をかしげると、セレスは片手を広げ、小さな水の玉を作り上げる。水の玉は形を変え、細い円柱になり、先っぽにひものようなものが出た。
「こんな感じのやつ。先っぽのひもに火をつけて光源として使用される」
「じゃあ、ルチャーナはとっても明るい町なんだね」
「いや、逆だ」
スゥはセレスの言葉を聞くと首をかしげた。
「どうして、蝋燭は明るいんじゃないの?」
セレスは顔を険しくしながら、静かに説明する。
「蝋燭は光源としてはそんなに明るくないんだ。それに今の光源の中心は希灯だ」
セレスが希灯術で作った蝋燭は全体が蒼く光っていた。
「蝋燭はこれよりずっと暗いんだ。だから、ルチャーナの町の人は希灯師を嫌っている。蝋燭の廃れる原因を作ったものだから」
スゥは人差し指を口に当て、上を向きながら答える。
「でも、セレス(希灯師)は悪くないと思うんだけど」
「うん。希灯師は悪くない。でも、それで、納得できるかできないかは別の問題だ」
「そうなの」
不思議そうにスゥはセレスに詰め寄った。
「そう」
セレスは無機質に答え続ける。
「だから、ルチャーナに着いたら僕が希灯師ということは隠しておいてほしい。その方がたぶんスムーズに事が進む」
「うん、わかった」
スゥは大きく頷いた後、馬を見ようと移動した。その直後、馬が鳴き始め馬車が大きく揺れた。目の前にいたスゥはバランスを崩し、向かい側にいたセレスに頭をぶつけた。セレスは額に手を当てるが、特に気にするほどの痛みではなくすぐ手を放す。
「……大丈夫か」
スゥは起き上がるとセレスに言う。
「えへへ、ごめん」
スゥに怪我はないようだった。無邪気に笑っているスゥを見ながら、セレスは思う。スゥをルチャーナに連れていきたくなかったのはセレスの個人的な理由ではなく別の理由があった。
ルチャーナから帰ってきた希灯師はいない。
誰も帰ってこないのだから何があったのかは何もわかっていない。
そうグローは言っていた。そんな危険な町にスゥを連れていきたくはなかった。
黙っているセレスを見てスゥは声をかける。
「セレスは大丈夫?」
「……平気だ」