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序章③ 少年は少女と出会う

 ローウェルがドアをノックをし、部屋へ入ると、その後に続き、鈴風、セレスが入っていく。

 中に入ると、大きなベットが置いてあり、その近くにはタンスや本棚、ランタンなどがおいてある。普段から寝室として利用されている部屋なのだろう。そのベットの上で体を起こして、不思議そうにこちらを見ている真っ白で小さな少女がいた。

 少女は真ん丸の真紅の瞳でこちらをずっと見ており、セレスは少女と目が合った。セレスは少女と目が合うと少女から目を離すことができなかった。

 初めて会ったときは一瞬だけだったが、今は違う。少女の姿は妹と瓜二つと言ってもいいほどよく似ていた。きっと、妹が生きていればこの少女と同じくらいの大きさ、姿になっていただろう。

 少女は三人入ってきたのにも関わらず、なぜか最後に入ってきたセレスをずっと見ていた。

 少女は見知らぬ人が三人も入ってきたにも関わらず怯えているようすはない。きょとんとした顔でセレスを見ていた。

 鈴風がベットの前にしゃがみこみ、視点を低くして、少女に話しかけた。


「初めまして。私は鈴風・リンドール。よかったら、あなたの名前を教えてくれると嬉しいな」


 少女は鈴風を見て首をかしげながら言った。


「なまえ?」

「うん。そう。あなたは普段、なんて呼ばれているの?」

「うーん、呼ばれたことないからわからない」


 少女以外の三人は眉を潜めた。少女の発言が予想外すぎたからだ。忘れたならわかるが、そもそも名前を持っていないということになる。

 少女の言葉を受け、鈴風の一歩後ろにいたセレスが少女に声をかける。


「どこにいたとか、わかるか」

「どこにいたって……?」

「さっきまでいた場所の地域名とか特徴、生まれた町とか」

「うーん、白い部屋にいたよ。いつも、真っ白なんだけど、蒼い光が見えてね、なんだろうって触ってみたらここにいたよ」


 少女はにっこりとセレスに笑いかけた。セレスは少女の言っていることが何一つ理解できず黙っていた。すると、隣にいるローウェルが耳元で小さくささやく。


「さっきからずっとセレスを見ている気がするんだけど、なんか知ってるのか」

「僕は何にも知らない。彼女と僕が会ったのは意識のあったほんの一瞬だけだ。今初めて会ったといっても過言じゃない」

「そうか。にしてはなんかおかしいな」


 セレスとローウェルがこそこそ話していると少女はセレスを見て声をかける。


「あなたにも名前があるの? すずかぜ・りんどーる? みたいに」


 考えている途中に、突然話しかけられたセレスは、思考が停止する。そして、少女が言った言葉をもう一度脳内で再生した後に答えた。


「……僕は、セレスだ」

「せれすって言うんだ。よろしくね」


 少女は両手を合わせて幸せそうにセレスの名を呼んだ。


「あなたは?」

「ローウェル・プロークだ」

「ろーうぇる・ぷろーく?」

「ローウェルでいい」

「わかった。ローウェルくん」


 少女はきりっと敬礼するかのように可愛らしく答えた。

 その様子を見て、ローウェルは警戒していたようだが思わず顔が柔らかくなった。それを見ていた鈴風は羨ましそうにローウェルと少女を眺めていた。すると、何かを思いついたようで、両手を合わせ、わくわくした様子で少女に言った。


「私のことは、鈴姉って呼んでね」

「すずねい?」

「そう、鈴姉」

「鈴ねえ」

「………………」


 鈴風は頭を下げて、体を震わせた。そして、興奮気味に後ろの二人に向かって振り返った。


「ねぇ、聞いた? 私にかわいい妹ができた。かわいい」

「そうか」


 セレスは冷めた目で鈴風に適当に相づち返した。鈴風は適当にあしらわれたのを気にしていないようで、少女を見ながらにこにこ話した。


「私の妹なら名前が必要ね。セレス、つけてあげて」

「は?」


 突然の無茶振りに思わず声が出る。鈴風が横暴なのは今に始まったことではないが、いくら何でも、ひどすぎる。名前がないからつけたいなら、鈴風が自分でつければいい。それに第一、セレスは少女の面倒を見るつもりはない。

 セレスは嫌そうな顔をするとその場から去ろうと踵を返した。しかし、少女から予想外な言葉が聞こえてきて、足が止まってしまう。


「え、セレスがつけてくれるの? うれしいな」


 セレスが振り返ると、少女はにっこりと今日一番の幸せそうな笑顔をしていた。


「………………」


 セレスは少女の笑顔を無下にすることはできず、その場に留まった。その顔でそんな顔をされると、セレスは断ることはできなかった。

 この状況を作った鈴風を見ると親指を立ててウインクしていた。

 セレスはそれを睨みつけた後、仕方なくけれども本気で少女の名前を考え始めた。一分くらい経過したころにセレスはぽつりと呟く。


「…………スゥ」

「え、なんて」


 鈴風は人の名前と認識できず、聞き返した。


「いくらなんでも、ネーミングセンス無さすぎるだろ」


 ローウェルが少女に聞こえない程度の声で言った。

しかし、少女の反応は違った。


「すぅ?それがなまえ?」

「うん、そう。今日から、君はスゥだ」


 少女は自分の両手を見た。しばらく眺めた後に、大切なものに触るように、両手で包み込み、胸の辺りに持っていった。


「うん、わかった。今日からスゥはスゥだね」


 少女は満開の笑顔をセレスに向けた。セレスの目はいつもと変わらない眠そうな瞳だったが、その瞳孔は開いていた。

 鈴風はそのわずかなセレスの変化に気づいたようで驚いていた。鈴風は嬉しそうな顔をした後、スゥへ向き直る。


「スゥちゃん。いい名前をもらったわね。今日からよろしくねスゥちゃん」

「うん、よろしく」


 スゥは笑った。

 鈴風はスゥに笑顔で返すと立ち上がり、セレスとローウェルの方を振り返った。


「さて、これからどうしようか」

「スゥの行方?」

「うん。お家もわからないし、頼れる人もいないみたいだし」

「居場所なら、俺の家を使うといい。どうせ、部屋も余ってる。知らない町に女の子一人、宿に泊まらせるのも心配だしな。セレスも光壁襲撃事件が収まるまではルーメンウルブスにいんだろ」

「おそらく、そうなると思う」

「なら、セレスも適当に俺の家を使うといい。そうすれば、俺とセレスが面倒見れるだろ。まあ、試験近いから俺は学園にいるときが多いと思うから、ほとんどセレスが面倒みることになりそうだけど」

「わかった。提供してくれるだけありがたい。あと、」


 セレスはスゥの方へ一歩足を動かした。


「スゥ、君はどうしたい? 君がどこから来て、何者なのか僕は知らない。でも、何かやりたいこと、望みはあるだろ。今までいた場所に帰りたいとか」


 セレスが訪ねるとスゥはうーんと言いながら、上を向いた。けれども、すぐ何かを思い付いたようでセレスの方を見る。


「スゥはセレスと一緒にいたいな」

「……僕と?」

「うん」

「どうして」

「うーん、側にいたいからかな」

「……それは、最初の答えと変わっていない」


 セレスは何かを見通した目をして、突き放すようにスゥ言った。それを見かねた鈴風がセレスとスゥの間に割り入ってきた。


「まあ、いいじゃない。セレスはスゥちゃんと一緒にいて都合悪いことあるの?」


 セレスは目を反らしながら答えた。


「……ない」

「じゃあ、決まりね。スゥちゃんはセレスの側にいてあげて。セレスにちゃんと三食食べるように言ってあげてね」

「うん。わかった」


 スゥはうれしそうだった。鈴風はセレスの腕をぐっと掴む。


「スゥちゃんはまだ本調子じゃないと思うから、ここでゆっくりしててね。私はセレスと話があるから。また後でね」

「うん、またね」


 鈴風は笑顔でスゥに手を振った。スゥも笑顔で手を振り返していた。

 それとは反対にセレスは半ば強引に鈴風に腕を引きずられスゥのいる部屋から、セレスがもともと眠ってきた部屋に移動する。ドアを閉めると鈴風は口を開いた。


「セレスがなんとなくスゥちゃんと一緒にいたくない理由はわかるわ。だって、スゥちゃん、そっくりだもの」


 セレスはベットに座り、口をつむいだ。


「セレスも起きたばっかりだし、少し休んでるといいよ。スゥちゃんにセレスが聞きたいことは聞いておくから」

「どうして」


 セレスは鈴風の睨んだ。


「どうして、僕にスゥをくっつけたがる」


 鈴風はふふと楽しそうに笑った。セレスはその様子が気に入らず、さらに睨んだ。


「勘よ。勘。知ってるでしょ、私の勘、よく当たるの」

「その勘の内容は説明できないのか」


 鈴風はいたずらを思いついた子供のように笑う。


「それは、教えないわ。だってその方がいいでしょ」

「僕は何もよくない」

「あはは。まあ、スゥちゃんのことお願いね」


 そう言うとセレスの返事を待たず、鈴風は部屋から出ていった。

 セレスはため息をし、ベットに倒れた。ぼふっと勢いよく布団から空気が出ていく音が聞こえた。


「めんどうなことになったな」


 窓の外とにいる光る白い鴉を見ながら、セレスは言った。

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