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序章① 少年は少女と出会う

「この世界で私の思い通りにならないことはない」


 少女は少年に不気味に笑いかけた。

 少女は年齢より背伸びした大人っぽい黒色のドレスを着ており、きらびやかな背の高い玉座の上に座っている。

 少女が片手を広げると、その手に高そうな洋菓子が現れた。少女は満足げに洋菓子をほおばると、少年を見下ろした。


 ここは常識外の法則が成り立っている広い空間のようで、少女が願えばあらゆるものが空間から現れる。そのせいか、空間にはぬいぐるみやお菓子、積み木などが浮いており、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような奇妙な空間だった。


「私はこの世界の神様なの。私にできないことなんてない。私の邪魔をするようなら、出ていって」


 少女はこの世界に突然入ってきた少年に言う。しかし、少年はひどく無愛想で顔色一つ変えず黙って少女を見ていた。少女は少年の反応が気に入らなかったようで、むっとした顔をし、足を組んだ。


「なに? 私の世界が気に入らないの? 間違っているとでも言いたいの?」


 少女は苛立ちながら少年に声をかけると、少年は無表情のまま言葉を返した。


「僕は何も言っていない。でも、そう聞くということは少なくとも君は自分でこの世界が間違ってると言ってるように聞こえる。理想郷を作ったみたいだけど」

「なっ!」


 少女は顔を真っ赤にしながら、言葉に詰まると、怒りに任せて少年を追い出そうと手を伸ばした。すると空間から、大きなくまやうさぎのぬいぐるみが現れ、少年に襲いかかってくる。

 少年はこの奇妙な光景に臆することなく、何かを願う。

 すると、少年の周囲からいくつかの蒼く光る文字列が現れた。その一つ一つの文字列が環のように丸まるとその中央から蒼く光る水の玉が現れる。内三つは膨張し氷柱となる。

 少年はぬいぐるみへ手を伸ばすと氷柱が飛び、ぬいぐるみを突き刺した。


「なんてことするの!?」


 少女は血相を変えて、体から綿が飛び出て動かなくなった家来達を見つめた。少年は少女の様子を気にすることなく、自ら生みだした水の玉を踏む。

 すると、水の玉は爆発し、少年をふっ飛ばした。少年は空中で水の玉に『願い』を込める。少年の側にあった水の玉は分裂し、先程より小さな氷柱が生成され、少女の四肢を突き刺し、椅子に固定した。


「嫌あああああ!」


 少女の絶叫が響く。少年は少女の悲鳴を無視し、少女の目の前に着陸すると、手を額にあてた。


「……目、覚めて」


 少年は静かに少女に言うと、目を閉じ『願い』を込めた。少女の叫び声がしばらく聞こえていたがだんだん聞こえなくなっていく。

 さらに『願い』を込めようとしたとき、少年は少女に腕を強く捕まれた。


「……ああ、知ってるぞ。お前は己の手で唯一の肉親である妹を殺したんだな」


 思わず、少年は目を開いた。その声は少女の口から聞こえてきた。しかし、明らかに少女でない何かが少年に語りかけている。


「お前はその罪に一生、苛まれている」


 少年はそれを聞くと恐怖するどころか薄く笑い、恐ろしいほど穏やかに言葉を返した。


「……ああ、そうだ」

「お前の妹、生き返らせてやろうか」

「その必要はない」


 少年は再び『願い』を込めた。すると、少女ではない何かが悲鳴を上げ、少女の中から何かが出てきた。それは形の定まらない黒い霧のようなものだった。


「ナイトメア」


 ナイトメアと呼ばれるものが少女の中から出ていくと、空間は元に戻り、どこかの家にありそうな女の子の部屋に戻っていた。

 ナイトメアは可視化されると逃げるように窓の隙間から外に出ていった。少年はすぐさま窓を開け、外を見る。


 ナイトメアは先程の黒い霧ではなく、黒い狼のような獣の姿となっており、向かい側の家の屋根の上を走って逃げていた。

 少年はそれを目視すると、部屋が二階にあるにも関わらず、飛び降りた。

 空中に水の玉を作り出すと、膨張させ、少年と同じくらいの大きさになる。少年がそれを踏むと、水の玉は伸縮しその反動で、少年を跳ね飛ばした。少年は空中で着陸予測地点に次々と水の玉を作り、それを踏みながら獣となったナイトメアを追った。


 ナイトメアが住宅街を抜けたところで、少年は空中から氷柱を放った。ナイトメアは全くこちらを見ていないが素早く反応し、氷柱をかわす。

 少年はそれを確認すると、今度は複数の氷柱を作り、ナイトメアの前方に向かって扇状に放った。氷柱は地面に突き刺り、ナイトメアの逃げ道を塞ぐ。

 しかし、ナイトメアは一・五メートルはありそうな氷柱の壁を跳躍で軽々と飛び越えた。けれども、少年はそれを予期していたようで氷柱に『願い』を込めた。

 すると、地面に刺さっていた氷柱すべてが、まるで電磁石の電流が流れたかのように急にナイトメアに吸い寄せられた。吸い寄せられた氷柱はナイトメアを串刺しにした。

 ナイトメアは奇声を上げながら黒い霧の姿に戻り、氷柱の蒼い光に照らされて消えていった。少年はナイトメアが消えたのを確認すると、地面に水の玉を作りそこに着陸する。水の玉は着地の衝撃を吸収し、消えた。

 少年は振り返り、自分が来た道を確認すると、住宅街は疾うに見えなくなっているのに気がついた。代わりにレンガが崩れた建物や、つる性の植物にのまれている建物が目に入る。昔の生活の痕跡はあるが、今は何もない。どうやらここは廃墟のようだった。


 少年はナイトメアを追っているうちにずいぶん遠いところまで来ていた。少年は少女のもとへ戻ろうと歩き始めると、目の前に濃い紫色の光る蝶が横切った。

 蝶が飛んでいることは別に珍しいことではない。しかし、この蝶はただの蝶ではなく、少年も使っていた異形の術、希灯術で作られているものだった。少年は不審に思い、蝶が飛んで行った方向へ歩いて行った。


 蝶を追っていくと広場へ出る。そこにはひび割れた水の枯れている噴水があった。その噴水の前に獣の形をしたナイトメア二体と噴水に座っている一人の少女が見えた。

 少女は濃い紫色の長い髪を持ち、その一部を三つ編みにしている。黒を基調とした紫色のリボンが映えるゴスロリ服を着ており、慈愛に満ちた目でナイトメアをなでていた。月明かりのスポットライトに照らされているせいか、少女は何か特別な神秘的なものに見えた。


 少年が立ち尽くしていると、少女が少年の存在に気づいたようで、少年に目を合わせる。美しい翡翠の瞳を持ったつり目の気の強そうな少女だった。少女は少年に妖艶に笑いかけると、濃い紫色の光を放ち、ナイトメアもろとも蝶の塊になった。

 蝶達は好き勝手にどこかへ飛んでいき散っていく。こちらに飛んできた蝶に触れると、蝶は濃い紫色の光となって消えていった。


 少年は少女の行方と正体が気になり、壊れた噴水へと近づいた。噴水は壊れていること以外、特に変わったことはない。しばらく辺りを調べたがこれといっておかしなところは何もなかった。

 少年はあきらめ、噴水から去ろうとしたとき、突如広場の床がひび割れ落とし穴のように崩壊した。崩壊した床の下には大きな空間が広がっており、大量のツタのようなものが少年に向かって伸びてきた。その正体は少年が使っていた文字の列、希灯式(きとうしき)だった。


 希灯式は蒼い光を放ちながら、少年の両手、両足に絡みつき、穴の底に引きずり込もうとする。まるで少年を飲み込もうとしているようだった。

 少年は抵抗しようと『願い』を込めるが、なぜか全く力が入らない。少年は希灯式のなすがままに空間の奥底に連れ込まれるとどんどん希灯式が少年の体に絡み付き、底に磔にされ身動きが取れなくなった。

 少年は仰向けのまま動かない体で、周囲を見渡すと、円柱状の壁に、不気味なほどびっしりと隙間もなく希灯式が書かれていた。希灯式が少年に絡みつかなくなると、壁一面の希灯式が蒼く輝きだし、ゆっくりと回り始めた。


 本能的に少年は危機を感じていたが、すでに体は動かず、頭がこれまで感じたことがないほど重い。逃げることなどできなかった。朦朧とする意識の中、壁から中央に集まっていく光を見ていた。

 しばらくすると、光は徐々に消えていき、代わりにぐにゃりと空間がゆがむ。それは雫のように少年に向かって落ちてきた。雫のようなゆがんだ空間が少しずつ剥がれていき、中に白い何かが見えた。徐々に空間が剥がれていくと、はっきりと中に入っていたものが見えてくるようになる。


 それは真っ白な髪、真っ白な肌の少女だった。落ちてくる少女はゆっくりと目を開く。大きな丸い真紅の瞳が少年の目を捕らえた。少年は驚き大きく目を開いた。少女も驚いたようで、大きな瞳がさらに大きく開く。少女を見た瞬間、少年の世界はゆっくりと時間が流れ始めた。少女の姿はあまりにも亡くなった妹に似ていたのだった。

 少年は何が起こっているのかわからないが、ただ、空間の歪みから落ちてきた少女に目を奪われていた。

 お互い見つめ合ったまま少年と少女の距離がゼロになったとき、頭をぶつけて激突した。少年が覚えている記憶はここまでだった。

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