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第17話 帰るチャンスを逃しちゃった…




 昨日、二人でいろんな話をした。


 高校受験、大学受験のどちらも帰国を考えたこともあったそうだ。それでも残ったのは、自信を持てなかったからだという。


「当時はね、無理矢理帰ってもって思っていても決心できなくて、ずるずる引き延ばしちゃって。結局チャンスが無くなって、就職までしたけど、こうなっちゃって……。祐樹君に見つけてもらわなかったら、私どうなっちゃったんだろう」


 彼女だけが悪いわけではない。誰もが必ずジレンマや考えのループに陥ってしまうのだ。


 帰国したものの、日本の教育になじむことが出来ず、不登校になったり中退をしてしまった例も少なからず聞いたことがあった。


「由実、本当に遅くなってごめんな。もっと早く見つけていれば」


「平気。昨日、祐樹君に抱いてもらったよ。私、ここにいていいんだって。涙止まらなくて」


 ベンチで由実の肩に手を回してやる。


「私、きっとズレちゃってるところもあると思うんだ。祐樹君に迷惑かけなければいいけど」


「大丈夫。俺だってむこうの生活経験あるんだし、その辺はお互い様ってやつだ」


 平日なので、それほど多くの観光客もいない。


 人目がないことをいいことに手を繋いで宿まで戻ると、浴場が開いている時間になった。


 浴衣を借りてそれぞれの浴場に入り、まだ誰もいない大浴場で手足を伸ばした。


「由実……」


 半ば勢いはあったけど、告白して一夜にして恋人同士に近づけたことに後悔はない。


 むしろこれからの時間は、疲れきって傷ついている彼女を何とかしてやりたかった。


 あと数日で彼女は再び旅立ってしまう。


 今の家があちらにあるのだから、帰って行くというのが正しいのだろう。


 考え込んでいるうちに、長湯になってしまったようだ。


 急いで待ち合わせのロビーに戻ると、由実はお茶を飲んでいた。


「なんか、いつも由実を待たせてばかりだ」


「いいの。私ってきっとそういうキャラだから」


 夕食を食べて、もう一度温泉で温まって部屋に戻った。


 外はもう暗くなっていて、窓から里山の景色を伺うことは出来ない。


 二人でテレビを見ていたときだった。


「祐樹君……」


「んん?」


「ありがとう……」


 彼女は俺の前に椅子を持ってくると、突然顔を近づけて唇を合わせた。


 温かくて柔らかい感触。薄い塩味が残っている。


「由実……」


 よく挨拶のキスというのは聞くかも知れない。そういった習慣は実際にアメリカではよくある話だ。


 でも、このキスはそれとは違っていた。


 二人のお互いを知って、少しずつ近付いていくための入り口の儀式。そのきっかけを作った事への感謝だった。


「そんな事して、後悔しないか?」


「ううん」


 由実は首を横に振る。


「本当は、今回の帰国は乗り気じゃなかった。こんな姿を誰にも見せたくなかったし。親にも心配かけるだけだって思ったよ」


 やはり、昨日思った通りだった。あの違和感は間違ってはいなかった。


「祐樹君なら……、怒らないで話を聞いてくれるかもって思って。でも迷惑をかけちゃいけないって思ったし」


「俺が自分から泊まりに来いって言っちゃったからな」


 由実がこんなに落ち込んでいるとは思っていなかったから、きっかけは単なる俺の下心というのが正直なところ。


 でも、結果的にそれで由実を救う入り口に立つことになった。


「私の思い出の中にいた祐樹君だった。本当にいてくれたんだって。私も、もうあんな思いしたくない」


 由実は自分の中の何かを絞り出すように言葉を絞り出し始めた。

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