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第15話 涙に負けてもいいよね




 突然の質問。「私との子どもだったら……」って。つまり、そういうことを聞いてきているのだと。


 俺は黙った。ここ数日、彼女と会えると分かってから、いやもっと昔から喉まで出掛かっていた言葉をここで出していいのか。


 本当だったら、10年前に出しておくべきだったのかもしれないのだから。


「なぁ、佐藤……」


「なぁに?」


 真っすぐに俺をとらえている視線。あの当時と変わらない真っ黒の瞳だ。


 そうだ。きっと俺の心中なんて、とっくに見抜かれているのかもしれない。


「前と逆の質問になるけれど、佐藤は今は誰とも付き合っていないのか?」


 その質問の意味を噛みしめていたようだ。


「うん……。誰もいないよ。今はひとりぼっち。大学が終わって、話し合って別れることにしたんだ……」


 昨日の夜に話していた、どちらの言葉で生きていくかを悩んだ結果なのだろう。


「そうか。本当は、あの日に言っておかなくちゃならなかった。遅すぎるかもしれないけれど。佐藤が……、好きなんだ……」


「波江君……」


 状況からして、出てくると分かり切っていた言葉なのに、二人とも顔が赤くなってしまう。


「だめ……だよ。波江君は優しいから、私を元気づけてくれるために……」


 当時だったら、そこで話が終わってしまったかもしれない。でも、今ここで終わってしまったら、俺たちはきっと後悔してしまう。


「遅くなってごめん。中学の時から、佐藤のことはずっと気になってた。でも、言えなくて。こっちに戻ってきてから後悔したんだ。ダメ元でも言ってくればよかったって。いつもくれていた手紙が嬉しくて、あのクリスマスのカードは受験の時もお守りにカバンにずっと入っていたんだ」


「確か、合格発表の時に電話くれたよね。嬉しかったよ。でも、きっといい女の子見つけちゃうんだろうなって思ってた。だから、私も言えなかった。『好きだから……、帰るまで待ってて』って……」


 あの当時、まだ中学生だった俺たちには、気持ちを続けさせるための手段も限られていた。若い二人をつなぎ止めるために、メールや電話だけでは足りなかったのだから。


「波江君……。本当に、私なの? 急に帰国して、その勢いだけってことない? 今の流行りの美人でもないよ。チビだし、髪もボサボサだし、子どもっぽいし……」


 目を真っ赤にはらして自分を卑下している。そんなところも10年前から十分承知の上だし、それが彼女の本来の姿なのだとも知っている。


「勢いはあるかもしれないけどさ。これだけ時間が過ぎても俺の知っている佐藤だった。素直で、優しくて、いつも頑張って、どんなに辛くても人懐っこく笑ってくれる佐藤が、俺は一番好きだ」


「また行っちゃうよ? 離れちゃうんだよ?」


「それも考えたよ。でも、今はこうして手元ですぐに使えるメールも顔を見なが話せるアプリもある。あの当時とは違う。先のことはじっくり話して決めよう。でも、気持ちを伝えなきゃ始まらない。佐藤、付き合ってくれないかな……」


 沈黙が流れた。実際にはほんの数分なのだろう。体中から汗が噴き出して、数時間にも感じた。


「ひとつだけ、お願いしてもいい?」


 静かな室内でなければ聞き取れないような小さな声だった。


「うん……」


「由実って、ファーストネームで呼んでくれる?」


「由実、付き合ってくれないか?」


 もう一度言い直す。再び彼女の顔が崩れた。


「涙に……負けちゃっても……、いいよね」


 この数日間、眠るときに繋いでいた手が、頬の涙を拭って俺に差し出された。


「ありがとう。よろしくお願いね」


 あの日、止まってしまった時計が、再び動き出した夜だった。

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