第3話 この命にかえても
異世界ニルヴァーナから見た異世界『地球』。
1966年8月1日 ある事件が起きた。
男が大学の時計塔から無差別に銃を乱射し17名の犠牲者と31名の負傷者を出す大惨事を引き起こす。
警察により射殺されたその男は何の因果か異世界へと転生してしまった。
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時計塔の周辺には地獄のような光景が広がっていた。
何人もの人が血を流して倒れている。
倒れている人達の中にエミールの姿は……良かった。いないみたいだ。
「アリス!こっちだ!そんな所に居たら的だぞ!!」
建物の陰からエミールが叫ぶ。
「エミール!無事だっ……!?」
反射的に刀を抜き自分に向けて放たれた攻撃を弾く。
攻撃は遥か図上より放たれたもの。
フードを被った人が何かをこちらに向けている。
ボクは軽快しつつエミールの傍まで駆けていく。
陰に入ると同時にボクが立っていた場所に新たな射撃が着弾。
「アリス!お前何でこんな所に」
「だってエミールここで働いてるから……ヤバイって思って気づいたらここに来てた」
「そ、そうか。心配してくれたんだな……」
エミールはちょっと照れくさそうにしている。
ちょっといい雰囲気だけどちょっと場違いだと思うので気持ちを切り替える。
「あのさ。あれは何なの?」
「正直わからん。急に現れて無差別に攻撃してきたんだ」
「あれは……弓矢?いや、違うか……」
さっきボクを狙って来た攻撃はかなり速かった。
弓兵とは何回か戦った事があるけど次元が違う精度。
「ボウガンに近い速度、もしくは……遺産武器?」
言っている間にも撃ち抜かれてまた一人倒れる。
「何とか止めないと……」
「さっき上に何人か警備兵が上がっていったけど返り討ちにあったみたいで時計塔から投げ落とされてきたんだ。多分それなりに腕の立つ冒険者とかで無いと太刀打ち出来ない」
「……それなら」
「ちょっと待てよ。まさかお前……」
「ボクならあの攻撃を弾きながら近づける。放っておいたら犠牲者が増えていくばかりだよ」
「ダメだ。一人で行かせるわけにはいかない。それなら俺もついて行く」
「エミール……」
「勝手な言い分だとは思う。でも俺は」
仕方が無い。
ボクはエミールの鳩尾に拳を叩き込む。
「アリス……」
「ごめん。ボクの方こそ、君を危険に晒すわけにはいかない……ボクにとって大切な人だから」
彼を安全な場所に横たえるとボクは敵の攻撃に晒されている広場に身を躍らせる。
案の定、攻撃はこちらに向いてきた。
速い攻撃だが母親譲りの動体視力と剣聖としての技量なら対応は可能だ。
どうやらこの狙撃はそこまで連射が出来ない。
だから一撃目を弾き、相手の位置を確認。
2撃目の発射と同時に走り出し時計塔の中へ……ではなく。
「はぁぁぁぁ!!」
一気に展望台まで壁を駆け上がっていく。
「!?」
恐らく敵もそんな事をするバカは居ないと踏んでいたのだろう。
怯んだその一瞬のスキに斬撃を飛ばすと敵は展望台の奥へ逃げる。
同時に展望台にショートカット突入すると攻撃が飛んでくるがそれも弾く。
「やってくれる。その発想は流石にしなかったぞ?」
「中に入って上がってくるって手段もあったけどその間にまた誰か攻撃をされる。それならこうやって正面突破した方が被害は少ないからね」
「簡単に言っているがやってることは無茶苦茶だな……」
敵がフードを取る。
そこには漆黒の鎧を纏ったゴーレムが立っていた。
顔面に目や口は見当たらない。
「ゴーレム!?」
「我にはかつて人としての身体があった。だが死してこの世界へ転生した魂が新たに得た身体は遺産製のゴーレムであった」
こいつ、お父さんと同じ異世界転生者……まさかゴーレムに転生するなんて。
「何で、何でこんな事を!?」
「簡単な事だ。人生は生きるに値しない。それが我の出した結論。この世界に転生してもその考えは変わらない。新たに得たボディと力で魂を解放してやるこそこそ我に与えられた使命である」
「ふざけるな!お前が殺した人たち……あの人達が何をしたんだ!!」
「…………貴様のその目、なるほど、小娘かと思ったがお前もその手を血で汚した人間か。面白い」
ゴーレムは自分の獲物を構える。
それは『銃』と呼ばれる遺産武器。
お父さんが『もし一般化したら戦争の時代がやってくるかもしれない』と心配していたものだ。
「かつて我が異世界で名乗っていた名はチャールズ・ホイットマン。転生の際し得た新たな名はケラウノス!お前の魂も解放してやろうぞ!!」
ケラウノスが銃を構える。
その銃を手から出した糸魔法で絡めとる。
「なっ!?」
「こんな危ない物、使わせないっ!!」
銃を糸で奪い展望台の端へ追いやる。
「流星光底ッ!!」
武器を奪った所へ接近し、下から一気に斬り上げた。
タイミングもばっちり、しっかりと直撃した……はずだった。
「ぐっ………」
だけどケラウノスの身体はわずかに傷ついたのみ。。
逆に敵の右腕から現れた刃がボクの腹に突き刺さっていた。
「まさか古代ゴーレムである我がボディが傷つくとはな。しかし、ダメージは……」
ケラウノスが刺さっている腕を捩じった後引き抜くとボクをブレーンバスターで床に叩きつけた。
「そっちの方が大きかったようだな」
まずい!
身体の中で刃を捻られたせいであちこちの血管が傷ついている。
血が……止まらない。
「おっと、このままでも放っておけば死ぬが念を入れて悪い事をするこの腕は貰っておこうか」
ケラウノスがボクの右腕を取ると関節技を掛け力いっぱい捩じあげた。
「うぁぁぁぁっ!!」
折れた。
利き腕が……これじゃあ刀が持てない!!
「人を殺したことのある目だったから少しは期待したが無様なものだな。だが安心しろ。お前の魂は間もなく解放される」
今までこんな重い傷、今まで受けた事が無かった。
確かにこれは助からないかもしれない。
『アリス。無茶をするな。わたしが出血を押さえておいてやるから今は大人しく助けが来るのを……』
もうひとりの自分の声が頭の中に響く。
違うよ、チェシア。
確かにそうすれば助かる可能性はある。
だけどその間にまた誰かが殺される。
だったらすべきことは……
『アリス……』
この身体を限界まで動かすから、力を貸して。
『わかったよ。わたしは元々お前の一部だ。運命を共にしてあげるよ』
ありがとう、『チェシア』……
「何故、立ち上がる?もはや勝負は決したというのに。お前に出来るのは涙を流しながら死を迎えるだけだ」
「誰が……誰が泣くものか。お前を止めないと人がたくさん死ぬ。どうせ助からないなら、この命を全部使い切ってもお前を止めてやる!!」
ケラウノス目掛け突撃する。
「死を前に気がふれたか。それも人の性というわけか」
バランスを取りつつハイキックをケラウノスの顔面に叩き込む。
これでも剣を手にするまではボクだって格闘主体だったんだ。
まさか蹴りが飛んでくると思っていなかったのか被弾した敵はのけぞって体勢を崩す。
まだ生きている左腕にエネルギーを溜め地面に叩きつけた。
「シェイキング、ビィィィム!!!」
「!?」
至近距離からビームの直撃を受け最初に刀で斬った場所を中心にひびが入る。
「こ、この女!」
まだ倒せない。
ならば残された手はひとつ。
被弾覚悟で組み付きブレーンバスターの態勢に担ぐ。
「馬鹿な!腕は潰したはずなのに何故動かせる!?」
それはチェシアがサポートしてくれているから。
本当にダメになる限界まで……
「行くぞぉぉぉぉ!!」
全ての力を振り絞り、展望台から空中へと躍り出た。
下に誰も居ない事を確認しそこ目掛け体重をかけ落下していく。
「はぁぁぁ!?待て、このまま落ちればお前自身もただじゃ済まないぞ!?」
「転落死上等!この命にかえてもボクはお前を倒す!!!」
「馬鹿かぁぁぁぁ!!」
直後、ボク達は地面に叩きつけられ身体がバラバラになるような衝撃が全身を駆け巡った。
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チャールズ・ホイットマン
1941年6月24日 - 1966年8月1日
『テキサスタワー乱射事件』を引き起こし合計で15人を殺害。
負傷した女性の胎児も死に至らしめた。最期は警察官に射殺された。