第2話 守る為に振るった力
たどり着いたのはある一軒家。
扉を叩くと顔を見せたのは……
「アリス?どうしたの!?」
結婚して家を出たリリィ姉。
リリィ姉はボクの顔を見ると何かを察したのだろう。
快く招き入れてくれた。
ベビーベッドには数節前に生まれたリリィ姉の娘、ヒイナちゃんが横たわり大きく両眼を開けてこちらを見ていた。
名前は去年亡くなったお祖母ちゃんの名前『ヤヨイ』と関連付けられているらしい。
ボクにとっては姪っ子にあたる。
リリィ姉は我が子を抱き上げると愛おしそうに見つめる。
「ヒイナー、アリスおばちゃんよー」
「あはは、おばちゃんかぁ……間違っちゃいないけど複雑な気分……」
苦笑しながらヒイナちゃんの小さな手を握る。
この子は旦那さんと共にリリィ姉にとって幸せの象徴。
「それじゃあ、ちょっとヒイナをお願いね。コーヒーでいい?」
「う、うん」
リリィ姉からヒイナちゃんを受け取ると抱きかかえた。
子ども、か……
もしエミールと結婚したらやっぱり子どもとか生まれるのかな……
いや、確かに付き合っているけどエミールと結婚するとは限らないわけだし何を早まっているんだ。
そもそも、その事で悩んでいるからここに来たんじゃなないか。
□
向かい合って座ったリリィ姉はしばらく何も言わずボクを見ていた。
こちらから話し出すのを待ってくれている。
「あのね、今日の話。仕事帰りにパン屋で朝ごはん食べてたんだけど……そこでエミールにばったり会って。それで……一緒に暮らさないかって言われた」
「そうなんだ……それで、あんたはどう答えたの?」
それはボクが望んだ反応だった。
誰に相談しようかと迷った時、リリィ姉ならこういう反応をしてくれる。
一番上のケイト姉なんかもよく相談に乗ってくれるが恋愛偏差値は驚くほど低いので今回は正直アテにならない。
四女のメールは割と脳筋なので繊細な話題は無理。多分『筋トレしよう!!』とか言い出す。
末妹のリムは超絶恋愛脳なので『結婚ですわ~』とか大騒ぎになる。
「考えさせてって言った」
「それは賢明ね」
リリィ姉は紅茶を一口飲むと何度か頷き、
「あんた、迷っているんでしょう?それならすぐに答えを出さない方がいい」
「う、うん……あのね、エミールの事は一緒に居てまあまあ楽しいし、好きだとは思う。でも一緒に暮らすってなると……正直。どうしようって」
「大切なの事は一緒に居て楽しいんじゃなくて『離れたくない』か。そして『許せるか』よ」
「え?」
「私がユリウスと付き合い始めた時に母様から貰った言葉よ。母様が父様と結婚した理由でもあるわんだって。リズママもそう。父様や、他の皆と離れたくなかった。だからあの人たちは『家族』になったの」
確かにウチの母親達はお互いに凄く仲が良い。
お母さんは『ちょっと依存しあってるけどね』と苦笑していた。
離れたくない、か……
「そう考えると確かに私も夫と離れたくないって思っていた。だから、あいつが多少変態でも許せたのよね」
「いや、変態な部分についてはきちんと手綱を握ってあげようよ?」
「変態といっても私に変な事を要求してくるとかじゃなくて脱ぎ癖があるだけじゃない。別に犯罪じゃないわ」
「リリィ姉、ユリウスと長く居すぎて感覚が麻痺してるよ。外で脱ぐのは犯罪だからね?」
この間も街にモンスターが出た際、リリィ姉の傍に虎のマスクをかぶった変態が居たらしい。
間違いなくあれはユリウスの事だと思うが何故かバレておらずリリィ姉は変態に襲われて腰を抜かしていた女性という事になっている。
違います。多分、のんびりと座っていただけです。
「離れたくないか、か……」
「まだまだ若いんだし急ぐ必要も無いわ。自分で納得いく答えを出せたらいいと思う。あの、ところでさ…………間違っていたらゴメンなんだけど、あんたが彼と進むにあたって悩んでいるのは、今までその手で人を殺してきた事についても、あるんじゃないの?」
その言葉に心臓が撥ねるのを感じた。
「リリィ姉……知ってたの?」
リリィ姉は小さくうなずく。
「あんたの所の団長から聞いていたよ。山賊を皆殺しにしたり、人身売買してた孤児院の悪党どもを皆殺しにしたんでしょ?私とケイト、後はお父さん達は知ってる」
「そっか…………実はお母さん達の故郷に行った時も、革命を起こそうとしてた連中をね……」
しばらく沈黙が続く。
そして……
「アリス、あんたは人を殺すのが楽しくて殺したの?」
「それは違う……」
「でしょうね。元々私を守る為に、そしてルークを殺すために剣を学んだあんただもの。誰かの為に振るった刃なのよね?」
「う、うん……」
「あんたのした事は裁かれはしない。やや過剰ではあるけど、それでも多くの人達を救ったわ……だから過去にとらわれないで。生きている限り前に進むしかないの」
かつてのボクは悪い連中何か全部殺してしまえばいいと思っていた。
それで死後、皆と同じところに行けなくても別にいいと。
それはかつてリリィ姉が人生を諦めていた頃の姿勢に似ているのかもしれない。
すでにこの手は汚れている。
だから結局は皆と同じところには行けないかもしれない。
それでもいいと思っていた。けど今は……
「あら?」
いつの間にか外が騒がしくなっていた。
「どうしたのかしら?まさか火事?」
リリィ姉が外へ出て様子を確認しようとした瞬間、玄関から一人の男性が飛び込んで来てリリィ姉に抱き着き家の中へ押し込む。
リリィ姉は反射的に彼の身体を反転させるとドラゴンスープレックスで夫を床にたたきつけていた。
まあ、この光景は学生時代から嫌という程見てきた。
多少過激だが二人にとっては愛情表現の一種だ。
「ちょ、ユリウスどうしたの!?」
「そ、それはだね……あぁ、アリス君久しぶりだね」
ドラゴンスープレックスで投げられ無様な姿を晒している義理の兄が笑いかける。
「ちょっと緊急事態なので扉を閉めてくれると嬉しい」
「あ、うん」
言われた通りボクは玄関を閉める。
ホールドを解かれた義兄は何事も無かったかのように立ち上がる。
もう投げられすぎて受け身が完璧になりつつあるなこいつ……
「それで、いったいどうしたのよ、この騒ぎは何?」
「ああ、実は先ほどから時計塔からボウガンか何かで下にいる人達を無差別に撃ってくる奴が居るみたいなんだ」
「やだ何それ。時計塔からって結構な高さがあるじゃない」
時計塔というのはここから数ブロック先にある塔の事だ。
下側は冒険者ギルドの出張所となっており屋上は展望台になっている。
「警備隊が出ているが上から狙撃されて次々に倒されているらしいんだ。だから今外に出るのは危険だよ。まあ、家の中に居たら安心だからアリス君も騒ぎが収まるまでゆっくりしていってくれ」
「あ、うん……」
だがふと気づく。
「ちょっと待ってよ。確か時計台にあるギルド出張所って……」
そうだ。あそこはエミールが働いている場所だ。
気づけば外へ飛び出していた。
背後からリリィ姉の声が聞こえたがそれを振り切り時計台へと急いだ。