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第1話 同棲の提案

 星歴1240年。

 小鳥のさえずりが聞こえる中、建物の吹き抜け部が飲食スペースになっているパン屋でクルミのスコーンとコーヒーで朝食を摂っていた。

 スコーンというのは少し重めのパンで100年位前に居たスコーン男爵の奥さんが作っていたパンが元なのだとか。

 面白いのは異世界転生者であるお父さんの世界にも同じ形でスコーンという食べ物が存在しているらしい。ただ、あっちにスコーン男爵が居たのかはわからないと言っていた。

 

 時間は朝の5時半。

 何故こんな時間にここで朝食を摂っているのかと言うと仕事の関係だ。

 

 仕事で遠出をして街に戻ってきたのがつい先ほど。

 家に帰っても早い時間なので家族を起こすのは気の毒に思えた。

 しかしお腹は空いている。

 

 ということでかなり早い時間から空いているこの店で軽く何かをお腹に入れようというわけだ。

 ちなみにこの店、朝がむちゃくちゃ早い代わりに昼過ぎには店を閉めていたりする。


「やあ、アリス。おはよう」


 聞き覚えのある声。

 見れば冒険者ギルドで働いているエミールが相席して来た。

 ちなみに彼とは現在交際中という間柄でもある。

 彼は店員にブルベリースコーンと紅茶を頼んだ。

 

「ああ、支払いは俺がするよ」


「そ、そう……その、ありがとう。ていうか、エミール。こんな時間にどうしたのさ!?」


「朝の散歩がてら腹が減って店に寄ったら君が居てね。この店、気に入ってくれたんだ」


 彼はなんだか嬉しそうだ。

 この店は彼が教えてくれた。

 彼と付き合いだすまでは行く店と言えば『酒場』『居酒屋』くらいだったからなぁ。

 

 運ばれてきたスコーンを口に運びながら彼は言った。


「なぁ、アリス。俺達付き合って結構になるよな?」


「えーと、1年ちょっとかな?」


「1年と4節だ」


 1年ちょっとであってるじゃん。


「それで思ったんだけど…………どうだろう一緒に住まないかな?」


「うぇへ?」


 思わず変な声が出た。

 彼はボクとの関係をまた少し進めたいと言っているわけだ。

 それはつまり、彼は結婚を意識しているという事なんだけど……

 まあ、確かにナダ人は交際から結婚までの感覚は短い。

 交際期間というのはあくまで世間体であったり親を納得させるクッションみたいなもの。

 例えば結婚して家を出ているリリィ姉は交際から僅か1節で結婚した。

 だから交際期間1年と4節というのは割とのんびりしている事になる。


「いやぁ、でもそう言うのは……」


 何とか話をそらそうとするが『結婚してないのに』とか言い出したらこの人なら『じゃあ結婚しよう』とか言いかねない。

 それは逃げ道が亡くなるので避けたい。


「そもそも君のご両親は結婚前から一緒に暮らしてたんだろ?」


「うっ……」


 確かにそうだ。 

 色々と事情はあったが簡単に言うとお母さんが転生してきたお父さんを拾って自分の家に連れ込んだ。

 そこへ後から追加で女性二人が入ってきて4人で生活。延長線上にあるのがウチの現在だ。


 ファーストコンタクトと家主だったという高アドバンテージを持っていながら3番手に落ち着いたお母さんは少しヘタレだなぁと思いつつも本人が幸せならいいんだけど。


 それにしても参ったな。同居かぁ……


「ボ、ボクはその……アル中だし、迷惑掛かるかも……」


「最近は飲んで無いだろ?」


「うぇ……」


 はい、飲んでません。

 彼と付き合い始めた当初は時々以前みたいに酒場で酔い潰れていたが飲む回数は段々減って今ではほとんど飲んでいない。

 まずいなぁ……


「エミール。あの、断っておくけど君の事が嫌いってわけじゃないよ?でも、一緒に暮らすって何か身構えちゃうっていうか………だから少し考えさせて欲しい」


「そ、そうだよな。ああ、考えておいてくれ」


「う、うん……」


 しばらく話をして彼と別れ、家路につく。


「うえぇ……ど、どうしよう……」


 家に戻ったはいいが先ほどの提案が気になり眠れない。

 彼の事は好きだ、と思う。

 だけど結婚、となると……


『躊躇っているんだね、アリス』


 声が聞こえる。

 僕にだけ聞こえる声。

 鏡を見るともうひとりの自分が笑っていた。


「チェシア……」


『何で彼の提案を受け入れなかったの?』


 鏡の中の『彼女』に隠し事は出来ない。


「ボクは……ボクの手は血で汚れている」


『そうだね。たくさん殺した。クズな連中大勢斬って来た。だけどそれはお前が作り出した『わたし』の仕業なんじゃない?』


 リリィ姉を酷く傷つけて一度は人生を諦めさせた元カレ。

 あいつを殺すためにボクは『チェシア』を作り出した。

 だけど……


「あいつらを殺した時、身体のコントロールはボクにあった。だから本当のところお前の役割っていうのは……」


『…………』


「ボクが暴走して無差別に人を殺さない様に抑えてたんだよね?」


 仇を見つけ出した時、ボクは確かに奴を斬ろうとしていた。

 弟が止めにやってきていたが本来ならばそれも間に合わずボクは復讐を果たしていたはずだ。

 だけど一瞬剣が鈍りそこに弟の介入を許した。

 その原因は……あの一瞬だけ、『チェシア』が身体のコントロールを奪ったからだ。


『お前はずっと身を焦がす程の怒りを抱えていたからね。お前がその熱で滅びない様にするのが『わたし』の本当の役目だった』


「ボクは……」


『わかってるだろ。時間は戻せないんだ。いくら自分を責めても『あの時』には戻れない。だけどもう十分だなんだよ。だから、先へ進みなよ』


「…………」


 本当は進みたい。

 だけどその先へ、踏み出して行くのは怖い。


『それなら、行くべきところがある。わかってるんだろ?』

 

 チェシアの言葉に頷き、ボクはある場所を目指すことにした。


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