夕焼け怪談
夕べの味噌汁に
小さな父親を入れたのは誰だ
母親はそっぽを向いて
大根を千切りにしている
弟は縁側で誰もゐないところに向かって
楽しそうに話しかけてゐる
仏壇に花を
そうしたら、枕元で鬼の仮面を被って手招きする子供は
毎晩やってこないから
黙って作文をやっていると
潮騒が聞こえた
腹切り御免、武士の幽霊が
頭上からじっと見つめてくる
ここは白熱球に蠅が飛んでいる便所
お爺ちゃんの家は大きな武家屋敷
怖いものは縁側まで逃げれば追いかけてこないよ
そう云っていた妹の影が障子に消えてゆく
あれ?私に妹なんていたっけ?
縁側に落ちたビー玉が、人知れず転がりだす
乗車の折には切符
拝見はい、黄泉路への切符拝借
此処からだと、三途の川を渡ってすぐになります
他の乗車客にご迷惑をかけないよう
みなさん、半分腐っているので
棺桶をここに置かないでください
懐刀と六文銭の持ち物は忘れておりませんか?
海のそばを通るこの電車は帰りの電車は御座いません
夢の里では、亡者が病人の脳を喰らう
病んだ人々は夢の絵を描き、
絵は座敷の隅の方で幽かに光っている
普通じゃないって、半分死んでいること
人じゃあらざりしか
もう、死んでしまった人々が、夢の中で呼んでいる
座敷の上では、麻を吸った人々が交霊術を行っている
まったくもって、此の世は闇
父親とは…小さなパラドックス
メビウスの輪が破綻をきたすとき、世界は滅びる
ほれ、あの蔵の中の小さな小匣につまった妖怪のように
地蔵菩薩が林の中を歩くと
小さな炎が後をつけてゆく
あれは幼子の魂
どうして君の脳は緩いんだろうね
幻覚に弱いが故に苦しむ羽目になるのじゃ
呪い婆は嗤った
まどろみの後に
世界が燃えさかる竈の夢
苦しいんです苦しいんです
遊女の涙は墓石を濡らす
もうすぐ春は来ますよ
そう云っていた先生は雲の彼方
昔の人に会いたいんです
そして吉祥を貰うんです
遠き日は昔日
夢は幻
泡沫は夢
どこまでも幻を見て居たいんだ
炎は蔵の中の小匣の中で燃えゆく魂
まどろみの後に
世界が燃えさかる竈の夢
苦しいんです苦しいんです
遊女の涙は墓石を濡らす
もうすぐ春は来ますよ
そう云っていた先生は雲の彼方
昔の人に会いたいんです
そして吉祥を貰うんです
遠き日は昔日
夢は幻
泡沫は夢
どこまでも幻を見て居たいんだ
炎は蔵の中の小匣の中で燃えゆく魂
君の眼差しは、遠い日の面影
苦しんで苦しんでも、追いかけてくるあの黒き幽霊は
風鈴の裏に隠された隠の里
櫻の下には狐狸の類
幻を、見たいんだ
そう言い残して、神隠しに逢った姉が、
ひっそりと蔵の中で赤子を産む
家の裏の川には、人魚が泳いでいて
酒盛りの時にはくちづけを
幽霊は昼なお
そこの曲がり角を曲がったら
櫻の枝を持った小鬼に会える
夏はまだか夏はまだか
冬を閉じ込めた水瓶の中で、鯉は泳いでいる
君、名前はなんという?
何者にもなれないけれど、
赤に呪われた世代とでも語ろう
天井裏の幽霊がぼんやりと光っている
夕べの味噌汁には、小さな父親が入ってゐた
櫻には櫻の魂があるんです
だから、みだりに櫻の木の下で約束事をしないで
密かに秘密事を聞いていた櫻の精が
片割れの人を殺して埋めてしまうから
櫻の木の美しい事
魔物の美しさ
山の主が
櫻に恋をして
沼の主が恋をして
深く地の底へ連れていかれた夜
伊邪那美が、亡霊を連れて蘇る
妖しい櫻夜
汽笛が鳴って
一人一人連れていかれる
其処は地獄
校庭の二宮金次郎が
夜出歩くのだって
誰かに遊んでいるところを
見つかるのが怖いから
人には一つや二つ
隠したいことがある
開かずの扉の開かずの匣の中
覗きたいと思った事はないかい?
秘密はまた甘美な魔物の誘い
願わくば君が呪われないように
蔵の中に懐かしき金の数珠
祖母の残した般若の根付
瞳の処が水晶になっている
好いた人を亡くして
悲しみに暮れる娘を映しだす水晶の珠
やがて君は死んでしまうだろうから
せめて薄羽蜉蝣に蘇って
娘を慰めておやり
今ではもう人の言葉も分からない娘の周りを
赤蜻蛉の群れ
夕暮れだけが知っている
想い出はいつも母のお腹に宿る
子供らの笑顔と風車
風に廻ってねんころり
懐かしきはびい玉の光
病の様にいつまでも日溜まりのなか
君の笑顔は開かずの匣の中に
古い写真は想いの欠片
夕暮れ街道の影の様にひっそりと色褪せている
ねえ、君は誰なんだい?
何者にもなれなかった
そんな人生もいいものさ
昔の子供達は静かに海の中で眠っている
レトロな写真の中で蝉を虫籠の中に
刻の止まった迷路の中で
出口を探してさ迷い歩く影
校庭に響き渡る笑い声は
サイダーの瓶の底で弾ける泡
おばあちゃんの皺の年輪は
深く深海に眠るアンコウのように
君は誰なんだい?
カンパネルラに問われて
答えられない、夏
街角のあの子の赤いスカートは
因果論をくっつけて星の旅
過去へと舞い戻る夜行列車のなかで
愛を紡ぐ亡くなった人たち
夕べの夢の中で
あめふらしが味噌汁の中に入ってゐた
海の貝殻の中で眠る瞳のある真珠のまばたき
赤に呪われた世代の僕らは
川べりで朱のリボンをひるがえして交霊術
凡ては夢
春はうらら
幽玄の舞いを踊る娘は
小さな小匣のなか
骨だけになっても愛しき青年を想う
泡沫は瓶のなか
金魚の目玉は過去と未来を映す
久遠の屋敷では
物の怪たちで宴会を開いて
阿弥陀様が妖しく嗤っている
怪しきは懐かしきかな
学校の開かずの扉の中で
永遠にトランプのジョーカーを
集める遊び
運命論を書いた秘密のメモは
宿場町の街角の電柱に張り付けておいた
ここはどこまでも空が青いから
泣く必要なんてないんだ
吹き抜ける風は
鬼やらいの袖を揺らし
行灯の火をふっと消した後には
想い出というアイロニックが
縁側で、暖かな日差しを浴びている
塵は琥珀のように煌めき
安らぎを
そこの角から、ひょっこり、小鬼
着物問屋のビオトープの中の
金魚を食べようとしている
骸骨が西陣織の着物を着て
ガラス戸の中で舞っている
裏路地には、懐かしいモノが紛れ込む
切り取られた夕空には
赤蜻蛉がくるくる回っている
夢の中みたいにあの日のヒーローが
泣いている子を助けに来る
夕焼け小焼けのチャイムが鳴るころ
私は鬼となり、逢魔が時の空を駆け回る
開かずの扉で消えたはずの先輩が
亡くしたはずの赤いリボンを腕に巻き
軽やかに舞っている
黒板に残された、フロムヘル、の文字が
逆さになって血が滴ってきても
私は見ざる聞かざる言わざるを貫いて
一人で棺桶の中
雨ふり小僧が袖引き小僧と
賽銭をねだりにやってきた
賽の目は真っ赤な壱で、不吉だと
祖母が燃やして仕舞う
寝ている祖父の鼻の孔から
金色の獅子がこっそり顔をだしていたから
私も押し入れの中の座敷童を叩きだす
おういおうい
山彦に返事を返すと
不吉な事が起こるから
達磨さんが転んだはしない
武家屋敷に行くと
いまだに血痕の後が天井なんかに
落ち武者の幽霊なんかでたりして
嗤って仏壇の花を引きちぎって遊んでいた妹が
神隠しにあってから私は
目に見えないものを信じるようになった
風に混ざって聞こえる
潮騒の音色は
いつだって海から呼ぶ
まじないものの調べ
呼んでいるんだ